四十.袁術の最期
それは一種の満漢全席であった。
面前には豪華絢爛な財宝という御馳走が広がっている。
そして、そんな御馳走を狙わぬ者たちが乱世にいないはずがなかった。
どこからか鬨の声が上がる。
その声に合わせて、一彪の軍馬が野を駆けて袁術軍の中軍を猛襲して来た。
盗賊である。
彼らの生活は常に命がかかっている。
『殺し殺され奪いとる。』
それが彼らの仕事であり、全てであった。
そんな彼らの面前に満漢全席が並んだのだ。食い散らかさんとするのは当然の流れ。
「命の一つや二つや三つや四つ!惜しくも何ともねェ!奪い取れ!!」
盗賊たちは袁術軍の内部を暴れ回り、財宝や婦女子たちを略奪していった。
外部より劉備軍。
内部より盗賊。
二軍により袁術軍は散々に蹴散らかされ、初日より数万の兵を失うという大損害を被ったのであった。
―――袁術軍は命辛々逃げのびた。
しかし、逃げのびた先に希望があるとは限らない。
彼らの逃げた先は希望ではなく絶望であった。
やはり財宝が目につく。
これだけの財宝を運ぶ行列が、盗賊や強盗たちに狙われぬわけがなかった。
「うひょひょひょひょ!泥棒サイコ―!犯罪サイコ―!真面目に生きる奴は馬鹿じゃーーい!!」
夜は強盗と盗賊に襲われ、昼は劉備軍の追撃にあう。
次々と味方の数が減っていくが、それでも歩む足を止めるわけにはいかない。
兵がいなくなり、残った者たちが一族とか女とか役に立たないダメ人間であっても道を歩み続ける他なかった。
―――時は大暑の六月である。
炎天が容赦なく焦りつけてくる。
「み、水・・・」
世紀末の戦士のように皆が水を欲しがる。
「もう動けぬ・・・」とヘタる老人。
「もうアカン・・・」と倒れる女。
「もうダメ・・・もうダメ・・・ダメだこりゃ(笑)」と死ぬ子供。
十里行けば十人減り、五十里行けば五十人が脱落した。
それでも袁術は歩みを止められない。
一族を切り捨て、忠義を尽くしてきた部下を捨てて彼は歩んだ。
―――兵糧が尽きた。
袁術は野に生えている草の根を噛みしめ飢えをしのいでいたが、それも三日も持たなかった。
餓死する者が増えた。
今、自分の周りに何人いるのか?誰がいるのか?敵か味方かもわからない。
ふと意識してみると、自分の側には甥の『袁胤』しか残っていなかった。
「もう・・・お前だけなのか?」
まるで悪い夢でも見ているかのようであった。
輝いていた栄光の日々は既に過去。
落ちた皇帝は一人の家来と共に荒野を彷徨い歩いた。
すると・・・
「あっ!? あそこに一軒の農家が見えます!あの家で休ませてもらいましょう!!」
地獄に仏である。
二人は互いに肩を貸し合いながら、息も絶え絶え、炎天の下を歩んで農家へとたどり着いた。
コンコンコンッ!
ノックの音を聞き、家主の男が家の玄関ドアをガチャリと開けた。
「どなたかな?」
「皇帝の袁術じゃ。余に水を与えよ。・・・蜜水はないか?」
男は驚いた。そして笑った。
「蜜水だと? そんなモノはない。あるはずがない。お前さんたちに全て取られちまったからな。」
「俺たち民に残っているのは、この体だけさ。」
「それともなんだい? 今度は俺の体を斬り刻んで、血でも飲んでみるかい? さぞかしおいしいだろうよ。」
皮肉で冷酷な言葉に、袁術は両膝を地につけ、完全に項垂れてしまった。
「ああ・・・余はもう一人の民も持たぬ王となってしまったのか。」
「一杯の水も恵んでもらえぬとは・・・それほど民の心は離れてしまっていたのか。」
「今の余は一体何者であろうか?」
涙を流したかと思うと、袁術はかっと口から血を吐き、バタリと倒れてしまった。
「叔父上!」
袁胤が慌てて近づき、彼の体を起こすと、彼は一言こう呟いた。
「全ては偽りであった・・・。」
二言目は無かった。
袁術は再度血を吐くと、そのまま無言で死んでしまった。
これが袁術の最期であった。
『偽皇帝 袁術』
彼の人生は偽りで出来ていた。
彼が得た地位や権力、その他諸々の財は全てお飾りで、彼はそれを崇高な様に見せかけていただけであった。
そんな彼が最も偽っていたモノ。それは自分自身であった。
第二章 完




