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 ピンが弾け飛ぶ快音と、若者たちの歓声が響き渡る週末のボウリング場。

 しかし、俺たちに割り当てられたボックス席だけは、まるで重役会議の直前のような異様な緊張感に包まれていた。


「――それでは! これより第一回・稜風学園親睦ボウリング大会を開会いたします。皆様、まずはご起立ください」


 静寂を破ったのは、メガネを押し上げた真面目そうな『委員長』こと、藤堂栞とうどう しおりだった。

 彼女はおもむろに立ち上がると、どこから取り出したのかバインダーに挟まれたメモ帳を開き、ピシッと背筋を伸ばして咳払いをした。


「ほ、本日は男女の相互理解を深めるため、有意義な意見交換の場としたいと存じます。つきましては、まずは各々の所信表明から……」

(((……所信表明!?)))


 俺たち底辺カルテットは心の中で総ツッコミを入れた。

 ボウリングの合コンに来て「所信表明」なんて言葉を聞くとは思わなかった。どうやら彼女は何か盛大に勘違いをしてこの場に臨んでいるらしい。


 栞の暴走気味な仕切りに従い、俺たちも順番に立ち上がったが、入学直後の自己紹介リレーで大スベリしたという強烈なトラウマがあるため、余計なことは一切言わず、とにかく手短に終わらせた。


「では、効率的に親睦を深めつつ投球を行うため、私の方で厳正なるあみだくじにより、2人1組のペアを作成してまいりました。発表します」


 かくして、強引に男女ペアが組まれた。

 レーンの組み合わせは以下の通りだ。

 ・篠山 朔太郎& 藤堂 栞(委員長)

 ・氷室 蒼牙 & 白雪 凛(氷の女王)

 ・真須 剛太 & 望月 葵(天然たわわ)

 ・結城 悠馬& 高梨 結衣(絶壁幼馴染)


 これは、俺たち底辺カルテットが、女子という名の圧倒的強者に一人ずつ各個撃破されていく、悲惨極まりない処刑の記録の始まりである。



【第1レーン:篠山 vs 栞】


「本日はお日柄もよく、このような素晴らしい会にお招きいただき誠にありがとうございます。藤堂栞と申します。ふつつか者ですが、本日はよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げる栞。ボウリング場には似つかわしくない、完全にお見合いの席の挨拶だ。


「あ、ああ。篠山です。よろしく」


 一番手のペアとして投球の順番を待つ間、篠山は首から下げた高い一眼レフカメラを弄りながら、隣に座る栞に話題を振った。


 篠山は今日、ボウリング場だというのにガチガチのテーラードジャケットにスラックスという『婚活スタイル』で決めている。相手の栞もお見合いモードなため、なんだか奇妙な波長が合っている気がしないでもない。


「えっと、藤堂さんは普段、休みの日は何してるの? 何か趣味とかある?」

「趣味、ですか。……特にはありません。強いて言えば、図書室で勉強を少々」

「そうなんだ。じゃあさ、もしよかったら、一緒にカメラとかやってみない?」


 篠山が少し低めの声で、プロフェッショナル感を出しながら語りかけた。

 その瞬間、栞のメガネがキラリと光った。


(来ました! 男性の趣味の話! ここは女子の基本『さしすせそ』を使って、相手をいい気分にさせる場面ですね!)


 栞は膝の上で拳を握り締め、勢いよく食い気味に返答した。


「さ、『さすがです!』」

「……えっ?」


 篠山は目を瞬かせた。「いや、一緒にカメラやらないかって誘っただけなんだけど……何がさすがなの?」


「いえ! 深い意味はありません! 続けてください!」

「お、おう……」


 少し調子が狂った篠山だったが、気を取り直してトークを続ける。


「この前、休日にな、景色いいとこあるっていうから頑張ってちょっと険しい崖を登ったんだけどさー」

「し、『知らなかったです!』」

「いや、そりゃそうだろ。今日初めて話したんだからな!?」


 篠山のツッコミをガン無視して、栞は額に汗を浮かべながら必死に相槌のタイミングを計っている。


「……で、まあ、その時に足滑らせて、少し怪我しちゃってさ」

「す、『すごいです!』」

「なんでだよ!? 怪我したのがすごいってどういうこと!? 普通に痛かったんだけど!」

「あ、いえ! その、果敢なチャレンジ精神がすごいなと!」


 無理やりなフォローを入れられ、篠山は完全にペースを乱されていた。


(なんだこの女……会話のドッジボールにもほどがあるだろ。でも、俺のトークに一生懸命リアクションしてくれてるのは確かだ……ここはカメラマンとしての機材トークと失敗談でウケ狙いでいくぞ!)


「し、しかもさ。その時、メインで使ってたカメラが岩にぶつかって壊れちゃってさ〜。実は今首から下げてるこれ、予備なんだ〜」

「せ、『センスいいですね!』」

「だからなんで!? メイン機ぶっ壊して予備機持ち出してるのがセンスいいの!? そもそもカメラのどこ見てセンスいいって判断した!?」

「そ、『そうなんですね!!』」

「会話のキャッチボール放棄すんな!!」


 篠山は息を荒くした。


「なんか会話噛み合わねぇな……。でさ、新しいレンズも欲しいんだけど、高くて買えなくてさ。最近マジで金欠で……」


 篠山が苦笑いしながら、少し自虐気味に愚痴をこぼす。

 その瞬間、栞は内心で強烈なパニックに陥っていた。


(ど、どうしよう! さっきので『さしすせそ』を使い切ってしまいました! ……でも、合コンはとにかく『さしすせそ』で喋ればいいんですよね!? ええと、他に『さしすせそ』から始まる言葉……!)


 栞はテンパった頭をフル回転させ、とりあえず思いついた「さ行」の言葉を真っ直ぐに篠山の目を見つめて言い放った。


「さ、『最低ですね!』」

「えっ!?」


 篠山は耳を疑った。


「い、いや、カメラのレンズが高いのはメーカーのせいであって、俺が最低なわけじゃ……」

「し、『死んだ方がマシです!』」

「ファッ!? な、なんでレンズ買えないだけで死ななきゃいけねぇんだよ!!」


 あまりの暴言に、篠山はソファーから腰を浮かせた。しかし、栞の「さ行検索」の暴走は止まらない。


「す、『救いようがありません!』」

「お、俺の趣味、そんなにダメか!? 崖から落ちてカメラ壊したの、そんなに救いようがないか!?」

「せ、『性格終わってますね!』」

「レンズ買えないだけで人格まで否定されたァァ!?」

「そ、『存在が不快です!』」

「グハァッ……!!!」


 ただ趣味のカメラの話をしてレンズが買えないと愚痴っただけなのに、圧倒的な語彙の暴力と理不尽なコンボで完全論破された篠山。

 首から下げた一眼レフカメラと、大人の余裕を演出した婚活ジャケパン姿が、今はただひたすらに悲しく見える。


 自慢のプロフェッショナルなオーラは跡形もなく消え去り、心がバキバキにへし折られた篠山は、ソファーの隅で小さく体育座りをして完全に沈黙したのだった。


(……一人、死んだな)


 遠くからその惨劇を眺めていた俺は、静かに手を合わせた。


 第1レーンで篠山が理不尽な語彙の暴力によって息絶え、完全に体育座りのオブジェと化していた頃。

 残りのレーンでも、底辺男子たちによる血みどろの自爆テロが本格的に幕を開けようとしていた。



【第2レーン:氷室 vs 白雪】


 隣のレーンでは、母の力で一人だけ『爽やかで清潔感のある好青年』の服を着せられた氷室蒼牙が、ガチガチに緊張してソファーで硬直していた。


 無理もない。隣に座っているのは、クラスの絶対的ヒロインである『氷の女王』白雪凛なのだから。

 氷室は手汗でズボンの膝を何度も擦り、チラッ、チラッと不審者のように横目で白雪を盗み見ては、無意味に喉を鳴らしている。


 そのあまりに挙動不審な様子を気遣ったのか、あるいは単にこのいたたまれない沈黙に耐えかねたのか。白雪の方から、ふと彼に向かって声をかけた。


「氷室くん。今日は……その、まともな格好してるじゃない。いつも学校でつけてる趣味の悪いドクロや鎖がないから、少し驚いたわ」


突然氷の女王から話しかけられ、しかも服装に触れられたことで、女性免疫ゼロの氷室の脳内キャパシティは一瞬で限界を突破した。

パニックと照れを誤魔化すため、彼は己の最強の防壁である『中二病』へと全速力で逃げ込んだのだ。


「フッ……ある組織の干渉のせいで、服の封印は解けちまったがな」


前髪をファサッとかき上げ、氷室は必死にキメ顔を作った。外見が爽やかな好青年なだけに、口から飛び出す痛すぎるセリフとのギャップがすさまじい。


「だが、俺の右腕に宿る暗黒竜(ダーク・ドラゴン)の疼きまでは誤魔化せねぇ。気をつけな、不用意に俺に近づくと、その身を灼火で焼かれるぜ……」


しかし、白雪は無表情のまま、小首を傾げた。

彼女には、底辺男子の痛いノリを察して愛想笑いで流すような、便利なコミュニケーション能力は備わっていない。


「……暗黒竜? 何それ、聞いたことないんだけど。新種の爬虫類? だいたい、人間の右腕に竜が宿るなんていう科学的根拠、どこにあるわけ?」

「えっ」

「右腕が疼くなら、どう考えてもただの腱鞘炎か神経痛でしょ。……MRI、撮ってみる?」

「え? いや、ちが、そういう病気じゃ……」

「うちの実家、総合病院経営してるのよ。なんなら腕のいい脳神経外科医と整形外科医にパパッと相談してあげよっか? 今すぐ紹介状書くけど?」

「い、いや、マジで大丈夫だから!」

「…………」


白雪はジッと、真顔で氷室の右腕を見つめる。

そして、逃げ道を塞ぐように静かに念を押した。


「……で、撮るの?」

「撮りません!!」


氷室は慌てて物理的な痛みの話題から逃れようと、設定をスライドさせた。


「こ、これは物理的なものじゃなくて! 俺の体内に張り巡らされた『魔力回廊』が暴走を……!」

「魔力回廊? それ、具体的にどの器官のこと言ってんの?」

「えっ? いや、だから体内に流れる目に見えない力というか……」

「だから、体内の『どこ』を流れてるかって聞いてるの。臓器? 神経系? それとも血管? リンパなの?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

「……なんで黙るわけ? 自分から言い出したことでしょ?」


マジレスの千本ノック。

中二病というフワッとした『設定』の中でしか生きられない氷室にとって、解剖学を用いたガチの追及は息の根を止める猛毒(致死毒)であった。


「ち、違うんだ! 俺の魔法は血統によって開眼する、古き血の定めによるもので……!」


氷室は最後の命綱である『血統能力』という設定にすがりついた。だが、氷の女王はこれすらも冷酷に切り伏せる。


「血統による開眼……。優性遺伝? それとも劣性遺伝による発現? そうやって血統重視で発現する魔法って、ハプスブルク家みたいに近親婚でしか強化できないわけ? 遺伝子疾患のリスク高すぎない?」

「うっ……!!」

「魔法も竜も、現実世界には存在しないの。いい加減、現実見なさいよ」


医療と遺伝学の用語を用いた、完全無欠の論破。

白雪の冷たくも、どこか哀れむような純粋な視線に耐えきれなくなった氷室は、ついにポロリと大粒の涙をこぼした。


「うぅっ……! ち、違うもん……! 闇の力は……!」

「ないわよ」

「ト、トトロ……」

「は?」

「ととろいるもん……!!」


 完全敗北した元・中二病が、指を咥えんばかりの勢いで幼児退行を起こし、ボウリング場のソファーで泣き崩れた。

 その横で――白雪凛の様子がおかしくなっていた。


「(……っ、ぷっ)」


 白雪は、先ほどから隣の第1レーンで繰り広げられていた『委員長の理不尽なさしすせそ(存在が不快です!)』という惨劇の音声をバッチリ耳にしていた。そこに加えて、目の前で『近親婚のリスク』を説かれた末に『ととろいるもん』と泣き出した大きな男児。


 このシュールすぎる地獄の落差に、不器用な彼女の笑いのツボが完全に、そして致命的に刺激されてしまったのだ。


「ひっ、くくっ……ふふっ……」


 白雪は慌ててテーブルにあったボウリング場のドリンクメニューを両手で持ち上げ、顔をすっぽりと隠した。

 声を殺して必死に笑いを堪えようとしているが、肩から指先までが限界を迎え、小刻みに、いや、激しくプルプルと震えている。


 普段は誰にも笑顔を見せない『氷の女王』の絶対的な仮面は、合コン開始わずか10分で崩壊の危機を迎えていた。



【第3レーン:真須 vs 葵】


 一方、アシンメトリー半ズボンでIT社長のようなデカい十字架のネックレスを下げた真須は、隣に座る天然たわわの望月葵に向かって、自慢の肉体をこれでもかとアピールしていた。


「――とまあ、これが俺の毎日の筋トレのルーティンってわけ。触ってみるか? 俺の大胸筋」

「わぁ〜、真須くんの腕、丸太みたいですごーい。胸もピクピク動いてて、なんだか生き物みたいですねぇ〜」


 葵がふにゃっとした笑顔でパチパチと拍手をする。

 とりあえずの「すごーい」という上辺だけの称賛に気を良くした真須は、さらにワイルドさをアピールすべく、己の得意分野である『サバイバル』の話題へと足を踏み入れた。


「フッ、筋トレだけじゃないぜ。俺はサバイバルも得意でさ! 山で遭難しても自給自足できる知識があるんだ。例えばキノコ! 縦に綺麗に割けるキノコは毒がないから安心なんだぜ?」

「えぇ〜? そうなんですかぁ?」


 葵は小首を傾げ、人差し指をふっくらとした頬に当てた。


「でもぉ、ドクツルタケとかツキヨタケみたいな、食べたら内臓がドロドロに溶けちゃう猛毒のキノコも、すっごく綺麗に縦に割けるんですよぉ? 縦に割けるから安心って、迷信じゃないですかぁ……?」

「えっ」


 真須のドヤ顔がピタッと止まった。サバイバーとしての薄っぺらい知識を、おっとりした女子にさらりと否定されてしまったのだ。


「ま、まあキノコは奥が深いからな! ははは! でも俺は狩猟もできるぜ! この前も河原で野生のハトを捕まえて、自分で羽を毟って捌いて食ったんだ! どうだ、ワイルドだろ?」

「ハトさん……! ご自分で……!」


 葵は両手で口を覆い、目を丸くした。


(よし、食いついた! やはりメスは本能で強いオスに惹かれる!)


 真須が大胸筋をさらにパンプアップさせた、その時だった。


「野生って、すごいですけどぉ……」


 葵は一切の悪意がない、純度100%の透き通った瞳で真須を見つめ返し、ふんわりとした声で言った。


「人間には色々な過去があって……昔の人たちが野生のものを食べていっぱい死んじゃったから、みんなでお勉強して、私たちが安全に生きられるように『文明』とか『スーパーマーケット』を作ってくれたんじゃないんですかぁ……?」

「えっ」

「わざわざ先人たちの努力を無駄にして、河原でハトさんを捕まえて食べるなんて……真須くんは、文明を否定して原始のお猿さんになりたいんですかぁ?」

「げ、原始のお猿さん……ッ!?」


 天然風のニュアンスで放たれた、あまりにも重すぎる正論。

 筋肉とサバイバルにアイデンティティを見出していた真須の存在意義が、根底から粉砕された瞬間だった。

 しかし、葵の純粋すぎる追撃はまだ止まらない。


「それに、野生の鳥ってバイ菌がいっぱいなんですよね? 寄生虫のリスクとか大丈夫でしたか?」

「き、寄生虫……?」

「鳥インフルエンザとかも怖いですし……野生のお肉は中心部までしっっっかり加熱しないと、寄生虫が体の中を這い回って、最後は脳髄まで食い破られちゃうかもしれないんですよぉ? 病院、行った方がいいんじゃないですか?」

「の、脳髄……食い破られる……?」


 真須の顔面から、スッと血の気が引いていく。

 河原で拾った枯れ枝で焼いたハトの肉は、思い返せば中心部が少し赤かったような気がしてきた。


「あっ!」


 葵は、真須の下半身を見てハッと息を呑んだ。


「もしかして、真須くんの右足だけズボンが半分ちぎれて無くなってるのも、サバイバルの結果、失っちゃったんですか!? それとも、寄生虫に神経を食い破られて、もう左右の感覚が既に無いんですか!?」

「ち、違う! これはオシャレで……!」

「痛覚が麻痺してるんですね! 可哀想に……! す、すぐに救急車を呼ばないと、脳髄が空っぽになっちゃいますぅーっ!」

「いや、オシャレだっつって……あれ、でも言われてみれば、最近なんか頭痛い気が……えっ? 嘘だろ、俺の脳……? う、うわあああああ!! 俺の脳髄が食われるゥゥゥ!!」


 自らハサミで切り刻んだアシンメトリーな半ズボンを「感覚の喪失」と勘違いされ、無自覚な正論と善意の心配をフルコンボで喰らい続けた結果。

 真須は自らの野性の無力さと、未知の寄生虫への恐怖に完全に心を支配され、白目を剥いて床に崩れ落ちたのだった。



【第4レーン:俺 vs 結衣】


(バカどもめ……見事に全滅しやがって)


 他の3レーンが死屍累々の地獄絵図と化しているのを確認し、俺はフッと鼻で笑った。


「ていうか、なんでわざわざ合コンに来てまで、あんたとペア組まなきゃいけないのよ」


 隣に座る結衣が、心底つまらなそうに頬杖をつきながらぼやいた。


「まあそう言うな。せっかくのペアだ、幼馴染同士の『以心伝心』ってやつで、あいつらに格の違いを見せつけてやろうぜ」

「はぁ? 何言ってんの……」


 呆れる結衣をよそに、俺は立ち上がってドリンクバーへ向かった。数分後、自分のコーラと、もう一つのグラスを結衣の前にコトッと置く。


「ほらよ」

「サンキュ」


 結衣はグラスの中身を一瞥もせずに、自然な動作でストローに口をつけた。

 彼女が飲んでいるのは、ジンジャーエールにメロンソーダを少しだけ混ぜるという、昔から変わらない結衣だけの謎のこだわりブレンドだ。俺は何も聞かずにドンピシャでそれを作り、結衣もまた「あんたなら分かって当然」と言わんばかりに当たり前のように受け取っている。


(フッ……やはり長年連れ添った絆は伊達じゃない。他の連中が初対面の探り合いで自爆していく中、俺たちだけはすでに阿吽の呼吸が完成している)


(やはりこの俺が、大人の余裕を見せるしかないようだな)と一人でイキッていると、結衣の投球の番が回ってきた。


「それっ!」


 結衣が投げたボールは綺麗な軌道を描いてピンに吸い込まれ、パコーン! と小気味よい音を立てた。


「あーっ! 惜しい! あと1本だったのに!」


 結衣が悔しそうにピョンと跳ねる。9本のピンが倒れ、右端に1本だけが残っていた。


「フッ……任せとけ。俺が男の『スペアの取り方』ってやつを見せてやるよ」


 俺はポケットからあらかじめ準備していたココアシガレットを取り出し、口にくわえて『エアタバコ状態』にした。

 そして、初夏のボウリング場には絶望的に不似合いな分厚いライダースジャケットを翻しながら、ゆっくりとレーンに立つ。

 大人の色気と、正確無比なコントロール。

 以心伝心の仲を見せつけた上でこのワイルドな投球を決めれば、幼馴染の結衣も、そしてツボに入ってメニュー表の裏で震えている白雪も、俺の放つオーラにメロメロになるはずだ。


「見とけよ……!」


 俺は無駄にスピンをかけるようなプロっぽい(と自分では思っている)フォームで、スタイリッシュにボールを放った。


 ゴロゴロゴロゴロ……

 ボールは美しいカーブを描き――1本残ったピンにはかすりもせず、そのまま一直線にガターへと吸い込まれていった。


「…………」

「…………」


 ピンが1本、虚しくポツンと立ち尽くしている。

 俺は口にココアシガレットをくわえたまま、ゆっくりと無言で振り返った。

 結衣は、俺の顔を見るなり、100%の純度を誇る冷たい『ツン』の視線を見下ろすように向けた。

 そして、たった一言だけ、静かに告げた。


「死ね」

「グハァッ……!!」


 俺のHPは、見事にゼロになった。

 こうして、第一回・親睦ボウリング大会の幕開けは、男たち全員の尊厳が完全に粉砕されるという大惨事をもってスタートしたのだった。


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