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「なぁ。そろそろ俺に、地獄の戦士とか地獄の兵隊とか、謎めいた組織のスカウトがきてもおかしくないんじゃないか?」
放課後のファミレス。
ドリンクバーのメロンソーダをストローで啜りながら、氷室が唐突に真顔でそんなことを言い出した。
「は? 何言ってんだお前。ついにその醜い顔じゃなくて脳まで腐ったか?」
俺は冷めたフライドポテトをかじりながら、即座に氷室の脳天にツッコミを叩き込んだ。
「アルカトラズ刑務所からの招待状の間違いだろ? それとも東京湾に沈められて鯨の餌にでもなりてぇんか?」
「前にお前が面接行った、あの地獄みたいな職場からのスカウトならいくらでも来るだろ」
「だいたい地獄の戦士ってどこからスカウト来んだよ? ハローワーク?」
無表情でポテトにケチャップを塗りたくりながら、篠山と俺が続く。
氷室が以前行った面接は『最低賃金を下回る時給』『売れ残りは自腹買取』『制服も自腹』、何より『男女ワイワイ・アットホーム』を謳っていたのに女子が一人もおらず、一番若手の女性が「42歳バツ2のパートのおばちゃん」だったという役満みたいなカス職場だったらしい。
「テメーみたいなマザコン中二病、閻魔大王だって書類選考の時点でシュレッダー直行だろ……ていうか篠山。頼むからあの職場の話はマジでやめてくれ。マジで……」
真須が自慢の大胸筋を揺らしながら鼻で笑ったが、その顔はバイトのトラウマを思い出して少し死にかけていた。
「チッ、凡人どもには俺のオーラが視えねぇか……」
氷室は痛々しいセリフを吐きながら、誤魔化すようにメロンソーダをズズズと吸い込んだ。
俺が白雪たち女子メンバーの確保に成功してから、合コン(ボウリング大会)当日までの1週間。
俺たち「モテたい底辺男子4人」は、モテるための『合コン必勝対策会議』と称してファミレスに集まっていた。
だが、このテーブルの下では、すでに血で血を洗う心理戦が始まっていた。
全員の目的はただ一つ。『自分が一番モテたい(=他の3人を出し抜きたい)』。
(まあ、客観的に見て俺がこの中で一番イケメンなのは間違いない。世間では俺たちの顔面偏差値はどんぐりの背比べなどと理不尽な評価をされているらしいが、それは世間の目が節穴なだけだ。とはいえ、俺より少しレベルの落ちるこいつらの意見も、一般女子のウケを知るという意味で聞いてやろうじゃねぇか)
※なお、この瞬間、このテーブルにいる4人全員が全く同じことを考えていた。
そのためにはどうするか? 答えは簡単だ。他のメンバーに嘘の恋愛アドバイスを吹き込み、クソダサい格好をさせて自爆させればいいのである。
「そういえば真須。お前、当日は何着てくるんだ? まさかまたそのバカの一つ覚えみたいなピチピチの服じゃないだろうな?」
篠山が、ニヤニヤしながら筋肉ダルマに話を振った。
「ん? 俺は自慢の上腕二頭筋と大胸筋のカットが一番綺麗に出る、ピチピチの迷彩タンクトップで行くつもりだが? メスは本能で強いオスに惹かれるからな」
「バカ! それじゃただの山から下りてきたヒグマだろ!」
すかさず俺は身を乗り出し、真須の耳元に悪魔の囁きを落とした。
「ひ、ヒグマ……!? じゃあどうしたらいいんだ? 俺、ヒョロガリだった頃の服しかないし、あの地獄みたいなバイトのせいで今ガチで金ないんだが……」
「いいか真須。タンクトップに合わせるなら、下はデニムに決まってる。アウターで紳士を気取るなんて甘い。デニムにタンクトップでワイルドに攻めるのが一番いいんだ。金がないなら、自分でジーンズを千切って切り刻んで、ダメージジーンズを作ればいい! 半ズボンならなお良しだ!」
「おっ……?」
「さらに、首元にはダサいくらいデカい十字架のネックレスを下げるんだ。いるだろ? タンクトップに十字架下げて、麻布十番あたりで飲んでるIT系の成功者みたいなヤツ! あれが今のワイルドの極みだ」
「な、なるほど……! 確かに聞いたことあるぞ、そういう成功者のファッション……!」
真須の目が、悟りを開いたようにカッと見開かれた。
「自作のダメージ半ズボンに、ワイルドなタンクトップ、そして麻布十番の十字架……! 完璧だ……野獣の肉体に成功者のオーラを纏わせる……勝った!」
真須は己の完全勝利を確信し、腕を組んで深く頷きながらドヤ顔をキメた。
((ブフゥッ……!!))
俺と篠山は、必死に下を向いて口元を手で覆い、笑いを堪えた。
(チョロすぎる……! 自作のボロボロ半ズボンにタンクトップとデカい十字架なんて、ただの世紀末のモヒカンザコだろ! 終わったなこいつ!)
「フッ、真須もなかなかやるようだが、俺の暗黒オーラには敵わねぇな」
氷室が、不敵な笑みを浮かべて髪をかき上げた。
「俺はママンが買ってくれた、背中に特大のドクロがプリントされたシャツで行くぜ。下は裾を折り返すと謎のチェック柄が出てくるチノパンだ。シャツにも謎の英字がビッシリ書いてあって最強だぜ」
「……ほんとにその程度の服で行く気か?」
篠山が真顔でツッコミを入れる。
「何?」
「この組み合わせだったら、足りないのはチェーンだろ」
篠山は真剣な声で言い放った。
「ズボンのベルトループから、太いシルバーチェーンを3本ぐらいジャラジャラ垂らすんだ。女子は『内に秘めた闇を鎖で封印している男』に母性本能をくすぐられる生き物だからな」
「おおっ……封印の鎖……!」
「俺も賛成だな」俺も必死に笑いを堪えながら加勢する。「あと、手首にトゲトゲのついたレザーのリストバンドな! トゲが長ければ長いほど『俺は危険だが、お前だけは守る』っていう無言のアピールになる!」
「さらに、指にはゴツいスカルリングをありったけハメろ」篠山が畳み掛ける。「そしてダメ押しだ。前髪はシルバーの十字架ヘアピンで留めるんだ。闇の力を御する天使の加護って感じで、ギャップ萌えが狙えるぞ」
「封印の鎖に、茨の鎧、大量の呪輪……そして天使の加護か……!」
氷室はワナワナと震え、感動したように天を仰いだ。
「ドクロのシャツとチェックチノに、3連チェーン、トゲトゲのリストバンド、ありったけのスカルリングにクロスヘアピン……! 見えた! 完全に女子の視線を独占する俺の姿が!!」
「す、すげぇな氷室……。文字通り、地獄の戦士じゃねぇか……!」
真須までもが、ライバルであるはずの氷室の完成図を想像してゴクリと唾を飲んだ。どうやら真須のイカれたファッションセンスでは、氷室の姿がガチでカッコよく見えているらしい。
((いやダサいダサいダサい!! 令和の時代にどこで売ってんだよそんな装備!!))
俺と篠山は、テーブルの下で太ももをつねり合いながら、腹筋が崩壊するのを必死に耐えていた。
しかし、騙し合いはまだ終わらない。
真須と氷室を血祭りに上げた俺と篠山の間にも、静かで熱い牽制の火花が散っていたのだ。
こいつは俺たちの中で一番の強敵だ。出会い厨なだけあって変にファッションを理解しているし、何より無駄に友達が多い。ただ、弱点はある。「褒められるのに弱い」ということだ。
「で、篠山。お前はどうすんだ? まさか、得意のアニメTシャツで女子をメロメロにする気か? 俺はいいと思うぜ。自分を持ってる男って感じがしてカッコイイと思うしな」
俺が水を向けると、篠山はフンと鼻を鳴らした。
「そんなダサい格好するわけないだろ。シンプルイズベストだ」
(チッ……乗ってこないか)俺が少し舌打ちをすると、篠山は真須や氷室をチラリと見て続けた。
「お、俺は二人みたいに目立つポイントが無いからな……無難に行くよ」
二人を少し持ち上げつつ安全策に走ろうとする篠山。
しかし、その時、真須が身を乗り出した。
「おい篠山! プロの『カメラマン』としての矜持を見せたいなら、絶対にあれだろ! 『フィッシングベスト(釣り用)』だ!!」
「ふぃっ、フィッシングベスト……?」
「ああ!」真須が大胸筋を揺らしながら熱弁を振るう。「ポケットが20個くらいついてる深緑のやつだ! 女子は男に『包容力』を求める生き物だろ? ポケットの多さは、そのまま女を受け入れる器のデカさ=包容力に直結するんだよ!!」
俺もすかさず乗っかる。
「そ、その通りだ! しかもレンズやフィルムがすぐ取り出せる! 常にシャッターチャンスを逃さないそのストイックな姿勢に、女子は『クリエイターとしての才能』を感じて濡れるはずだ!!」
「い、いや、ねーだろ……」
篠山は引きつった笑いを浮かべたが、真須と氷室の目はガチだった。
「いや、俺最近ファッションよくわかんねーけど、篠山がそんな格好したら本気でカッコイイと思うぜ!!」と氷室まで真剣に頷いている。
「包容力……クリエイターの才能……!!」
篠山の無機質な目が、揺らいだ。
(いやダサい……いや、待てよ? こいつら本気で言ってるのか……? 一周回ってマジでアリなトレンドなのか……? 俺が一番カッコイイのは間違いないが、これだけこいつらが褒めるってことは、ガチなのか……?)
(ナイスだ真須、氷室……!! これで休日の公園でフナ釣りしてるジジイファッションが出来上がり。お前らのダサさのおかげで、一番の強敵を巻き込んで殺すことができたぜ!!)
完全に篠山を葬り去り、俺は心の中でガッツポーズをキメた。
これでライバル3人は全員、自ら進んで地雷原へとダイブした。勝者は俺ただ一人――。
「そういう悠馬は、何着てくんだよ?」
篠山が、フィッシングベストの購入計画をスマホでメモしながら聞いてきた。
「俺か? フッ……お前らまだまだ甘いな。俺は自分の武器を最大限に活かすぜ」
俺は愛車のキーを指でクルクルと回しながら、ファミレスの窓ガラスを鏡代わりに自分の顔を映し、前髪を気怠げにかき上げた。
「俺は、分厚いフェイクレザーの『ライダースジャケット』一択だ。バイク乗りのワイルドさと、孤独を知る大人の色気ってやつを見せてやるよ」
俺は窓ガラスに向かって、人差し指と中指で『エアタバコ』を挟んでフゥーッと煙を吐き、パチンとウインクをキメた。
「……お、おおっ」
真須と氷室と篠山が、息を飲んだ。
「ゆ、悠馬、それマジでワイルドさ出まくってるぜ……!」
「あ、ああ。女子もイチコロ間違いなしだな。その『エアタバコ』からのウインク、当日も絶対にやれよ!」
「ココアシガレットとか持ってくのはどうだ? 実際本物あると雰囲気全然違うぞ?」
「フッ、お前らもやっと俺の魅力が分かってきたようだな。任せとけ」
俺はポケットからあらかじめ準備してあったココアシガレットを取り出し、得意満面にふんぞり返った。
(……フハハハハ! 見ろ、この底辺どもが俺の放つオーラにひれ伏しているぞ! 当日の主役は俺で決まりだな!!)
――しかし、俺はこの時、全く気づいていなかった。
真須たち3人が、テーブルの下で太ももをつねり合いながら、腹筋が崩壊するのを必死に耐えていたことに。
(((痛ってぇぇ!! こいつ初夏に近い気温なのに、分厚いフェイクレザーのジャケット着て汗だくでココアシガレットふかす気かよ!? 入学式の自己紹介で大スベリしたのに全く学習してねぇなこいつw 終わったな!!)))
真須と氷室はファッションセンスが死んでいるため、お互いの姿や篠山のフィッシングベストについては本気で「カッコイイ」と思っている。つまり、この場で満場一致で「完全に終わっている」と見下されているのは、俺ただ一人だったのだ。
――その日の夕方。
「……いや、冷静に見たらクソダサいわ!!!」
駅前の洋服屋。
鏡の前で深緑のフィッシングベストを試着した篠山は、己の姿を見て愕然としていた。
「これじゃあ、休日に河川敷でフナ釣りしてるおじいちゃんじゃねえか……!! あのバカ二人の感性をアテにした俺がバカだった……!!」
危うく社会的完全抹殺の罠にハマりかけた篠山は、そっとベストをハンガーに戻し、冷や汗を拭った。
「ま、さすがに、あいつらも自分の服は冗談だよな……?」
篠山はファミレスでのやり取りを思い返す。
「いや、悠馬に関してはわかんねぇな。あいつファッション分かった風な顔してるけど色々問題あるもんなぁ。それに氷室ほどじゃないにせよ自覚の無い中二病だし、B級洋画みたいな展開大好きだからなぁ……。さすがに、初夏にフェイクレザー着てココアシガレットくわえるバカはいねぇよな!! HAHAHA!」
篠山は一人で笑い飛ばし、無難なシャツを手に取ってレジへと向かった。
彼らの騙し合いの結末は、合コン当日へと持ち越されることとなる。




