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「頼む!! この通りだ!!」


 放課後の音楽室。あいつらに連弾の写真を撮られて脅されているという最悪の事情を説明した直後、俺は冷たいフローリングの床に額をこすり付け、見事な土下座をキメていた。


 目の前に立つのは、今回の悲劇の元凶であり、そして今の俺の絶対的ヒロイン(物理的な意味での命綱)である『氷の女王』こと白雪凛だ。


「……そんなにおでこを擦り付けても無理よ。何度言われても、私に合コンのセッティングなんてできないわ」


 腕を組み、冷ややかな視線を見下ろしてくる白雪。

 だが、ここで引くわけにはいかない。俺の尊厳と学園生活(おもに女児服コスプレ写真の隠蔽)が懸かっているのだ。


「そこをなんとか!! お願いだ、もう誰でもいいんだ!! 最悪その辺のドブネズミでも、女装したオカマでも連れてきてくれ! あいつら欲情しきった猿の集まりだから、絶対バレねぇ!!! 俺の命が懸かってるんだ、頼む!!」

「女装したオカマってどっちなのかしら……ふふっ」


 ツボに入ってしまったのか、白雪が思わず吹き出す。だが、すぐにコホンと咳払いをして、無理やり真顔を作った。


「……と、とにかく、無理なものは無理なの。だって……」


 白雪は気まずそうにスッと目を逸らし、制服のスカートの裾をギュッと握りしめながら、消え入りそうな声でポツリとこぼした。


「私……友達、いないもん……」

「……えっ?」


 俺は土下座の姿勢のまま、間抜けな声を上げた。

 成績トップで容姿端麗、完璧超人の氷の女王。その実態は、ただ単に周囲を寄せ付けないオーラを出しすぎた結果、クラスで完全にぼっちをこじらせているだけの不器用な少女だったのだ。


「と、友達いないって……お前、いつも堂々としてるじゃん……」

「一人が好きなだけよ! べ、別に寂しくなんてないわ。……でも、誰かを誘うなんて絶対に無理」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向く白雪。


(やばい、白雪って結構なポンコツだ……。でも、そこが妙に可愛い……!)


 俺が内心で悶絶していると、白雪は小さくため息をつき、しゃがみ込んで俺と目線を合わせた。


「……でも。あいつらに写真を撮られる隙を作ったのは、私にも原因があるしね」

「白雪……」

「だから、人数が集まったら……私が行く分にはいいわよ」

「マジで!? よっしゃああああ!!」


 俺は床からガバッと顔を上げ、ガッツポーズを決めた。


「ありがとう白雪! お前マジで女神! いや、女王!!」

「な、なによ大袈裟ね……。ただの数合わせでしょ」

「これで俺の命が……って、ちょっと待てよ」


 俺は重大な事実に気がついた。


「……白雪が誰も誘えないってことは、残り3人の女子メンバーの『人数集め』は、俺がやらなきゃいけねぇのか!?」

「そういうことになるわね。頑張って」

「くそぉぉぉ!! 一番キツいとこ俺丸投げかよ!!」


 俺が頭を抱えて絶望していると、白雪はクスッと小さく笑い、ピアノの椅子に腰を下ろした。


「まあ、そう落ち込まないで。ほら、今日はまだ時間あるし……それはそれとしてちょっと弾かない?」

「……お前なぁ。人が命の危機に瀕してるのに……」


 文句を言いながらも、俺はため息をついて白雪の隣に座った。


「まあいいや。とりあえず、嫌なことは音に乗せて忘れようぜ」

「音楽は音を楽しむんでしょ?」

「……そうだな!楽しもうぜ!!」


 俺がジャズ調の軽快なバッキングを弾き始めると、白雪も楽しそうにメロディを重ねてくる。

 時にはわざと不協和音を鳴らして俺が「おい!」とツッコミを入れ、白雪が「ふふっ、今の面白い響きだったでしょ?」と笑い返す。

 奴隷の危機が迫っているというのに、この時間だけは、俺の学園生活で唯一のキラキラとした『青春』だった。



⭐︎



 そして翌日の休み時間。

 俺は音楽室での甘い余韻を振り払い、修羅の道へと足を踏み入れた。


 あの底辺カルテットの奴隷になるくらいなら、玉砕覚悟で動くしかない。

 俺は1年A組の教室で、楽しそうに談笑している女子のグループ(ギャル寄り)に近づき、意を決して声をかけた。


「や、やあ! 突然ごめん! 今度俺たちと一緒に、楽しい親睦会(合コン)でもやらないか!?」

「ペッ」

「えっ?」


 女子の一人が、俺の靴のすぐ横に、文字通り『ツバ』を吐き捨てた。


「……キモ。何その『楽しい親睦会』って。あんたみたいな底辺のマダニと誰が行くわけ? 同じ空気吸うだけで息止まるんだけど」

「関わるとこっちまで底辺のクソダニ菌が移るから、マジで無理。行こ」

「……ダニ。痒くなる。嫌い」


 完全なる拒絶。言葉の暴力すら通り越した、ガチの汚物扱いである。


(ま、まだだ……! 俺の命がかかってるんだ!)


 俺は血の涙を流しながら、今度は別の大人しそうな女子グループの前に回り込み、床に膝をついた。


「お願いだ!! 頼む!! 一生のお願い!!」

「ヒッ……!? なにこの人、急に土下座してきた……!」

「無理無理無理! チャバネが話しかけてこないで! 先生呼びに行くよ!?」

「待って! 俺の話を……!」

「キャアアアア!! キモい!!」


 二組目の女子たちは、俺を見るなり悲鳴を上げて教室から逃げ出してしまった。


(ちゃ、チャバネ……。俺のHPはもうゼロよ……)


 周囲からの「なんだあの汚物」「完全に終わってるな。あのダニ」「ちゃばね……ふふふっ」という冷ややかな視線を全身に浴びながら、俺はゆっくりと立ち上がった。


 心の中では致死量のダメージを受けて大出血しているが、ここで泣き顔を見せるわけにはいかない。

 俺は誰にも見られないように涙を拭うと、窓際に立ち、前髪をかき上げて無駄にカッコつけた。


「……フッ、やはり凡夫にこの俺の誘いは早すぎたか」


 震える声で強がる。


「仕方ない……こうなったら、あの『必殺技』を使うか」


 俺は教室の隅で「はよ女子集めろや奴隷」という目でこちらを監視している親友(悪魔)たちから逃げるように、教室を後にしたのだった。



 ⭐︎



「結衣!! 一生のお願いだ!!! 生きてて、できれば若めの女の子を2人ほど紹介してください!!!」


 その日の夜。

 俺は隣の家に住む幼馴染、高梨 結衣〈たかなし ゆい〉の家の玄関先で、最高に美しい『五体投地(チベット仏教式の究極の土下座)』をキメていた。


「ちょっと! あんた久しぶりに来たと思ったら急に何やってんの!?」

「いいか結衣! 俺のこの土下座は安くないんだぞ! 普段なら一回800円は取る代物だ!」

「800円って絶妙な金額ね! じゃなくて、安くないなら人の家の玄関でやらないでよ! 近所の人に見られてるでしょ! 恥ずかしいから早く入りなさい!」


 俺のあまりにも堂々とした土下座と響き渡る叫び声に、結衣は顔を真っ赤にしてパニックになり、俺の首根っこを掴んで強引に家の中へと引きずり込んだ。


 結衣は昔からの腐れ縁だ。俺の母親がピアノ、結衣の母親がバイオリンをやっていて、昔はコンビを組んでいたらしい。(結衣の母親は妊娠を機に辞めてしまったそうだが)

 親同士が仲良しということもあり、俺たちは幼い頃から家族ぐるみの付き合いだった。


 しかし、高校に入学した直後、あの『自己紹介リレー』で俺たちカルテットが特大の自爆テロをかました日の夜、彼女からこんなLINEが届いた。


『あんたたちのやらかし見た。マジで社会的に終わってる。学校では絶対に私に関わらないで。今日から私たちは赤の他人です』


 見事なまでの絶縁宣言。ちなみに、そのあと俺が強がって『俺のラブコメ的展開に嫉妬すんなって』と返信したら、それから一ヶ月間、既読すらついていない。

 それ以来、学校では完全に他人のフリをされている、俺に対してはツン10割のツンデレ女子である。


「……はぁ。学校では他人のフリしてって言ったでしょ。あんたみたいなヤバい奴と知り合いだと思われたくないのよ」

「そこをなんとか! この通りだ! 週末の部屋の掃除でも、パシリでも、なんでも奴隷的な雑用を引き受けるから!! 下着の買い出しの荷物持ちでも!!」

「嫌」


 0.2秒の即答。結衣は冷たい視線で俺をゴミのように見下ろした。


「……あ、そうか。下着いらねぇか……」

「その粗末なブツちぎるぞ!! クソもやし!!!」

「ひぃっ!」


反射で飛び退きながら、俺は確信した。

こいつ、絶対その辺の不良より怖ぇ。


というか今、“粗末”って言ったよな?

聞き間違いじゃなければ、俺の男性としての尊厳がミキサーにかけられて粉末になった音がしたんだが。


「ぐっ……! な、なら仕方ない。女の子の人数を揃えないと、俺はロリコンたちに殺されるんだ。最悪、結衣とうちの妹2人を連れて行くしか……」

「あんたの妹って、たしか6歳と12歳でしょ!? ロリコン相手に何すんの!! 実の妹を供物に捧げようとすんな!!」

「だってもう後がないんだよ! 頼む! この惨めなもやし野郎に手を貸してください!! 結衣ちゃん巨乳!! 可愛い!! 天使!!」

「誰が巨乳よ目ぇ腐ってんのか!!」


 見え透いた嘘のおだて(結衣は悲しいほどの絶壁である)に結衣は顔を真っ赤にして怒鳴ったが、やがて深くため息をついて頭を抱えた。


「……はぁ。分かったわよ。可愛い妹ちゃんたちがクズの生贄にされるぐらいなら……私がなんとかする」

「神様仏様結衣様!! 爆乳!! 愛してる!!」

「殺されたい?潰されたい?」


 俺のバカにしたようなおだてをドスの効いた声で一蹴すると、結衣は腕を組み、スマホの連絡先をスクロールし始めた。


あおいなら来てくれるかな……あんまり偏見なさそうだし。あとは、んー、あの人は無理だし、あの人はチャバネとか言ってたなぁ……。あ、委員長のしおりならいける……? っていうか、あれ? 私を含めて女子3人でいいの? あんたたち男4人じゃないの?」

「ああ、一人は確保してるんだ。白雪さん」

「……何? 脅したの?」

「ちげーーよ!! 俺に惚れたらしくて……」

「冗談はいいから」

「あ、はい。普通に土下座しました」

「…………」


 結衣はドン引きしたような目で俺を見たが、気を取り直したようにため息をついた。


「……まあいいわ。葵と栞、この2人なら、私が頭下げればなんとか来てくれると思うけど……それでもいい?」

「もちろんだ!! 俺の頭で良ければいつでも下げに行くから!それと女装したおっさんとかが来なければ、女の子ならなんでも文句は言わん!!」

「あんたの交友関係どうなってんのよ……」


 かくして、自らのプライドと妹たちを天秤にかけ、俺はなんとか女子メンバーの確保に成功したのだった。


「あ、そうだ結衣」

「……なに?」

「土下座一回で800円になります!」

「帰れっ!!」

「顔面キック!?」



⭐︎



 翌日、俺は結衣に蹴られた顔をさすりながら再び音楽室を訪れ、白雪に報告した。


「白雪! 女子3人確保したぞ! これで白雪が来てくれれば、無事4対4になる!!」

「えっ……本当に集められたの?」


 白雪は驚いたように目を丸くした。


「ああ! 俺が来るって知ったら高梨さんが是非来たいって!! 頼み込んできたんだ(大嘘)」


 昨日、玄関の床に額を擦り付けて幼馴染を賛美したことなどおくびにも出さず、俺は前髪をかき上げてフッと余裕の笑みを浮かべた。

 すると、白雪は俺の顔をジッと見つめて、小首を傾げた。


「……そう。でも結城くん、おでこ赤いよ?」

「な、何ぃ!? まさか、アスファルトに全力で土下座したのがバレたか!!」


 俺が慌てて自分のおでこを両手で隠すと、白雪は目をぱちくりとさせた後、吹き出すように笑った。


「ふふっ、あははっ! なにそれ、嘘よ。カマかけてみただけなのに……本当に土下座してきたのね。ふふふっ……」

「あっ、て、てめぇ謀りやがったな!」


 口元に手を当てて、肩を揺らしてくすくすと笑う白雪。

 普段の『氷の女王』の仮面が完全に外れた、年相応の無防備で可愛らしい笑顔。


(あらやだ……。この子マジのマジで可愛い。この笑顔が見られただけで、昨日の土下座の元は完全に取れたわ)


出張費込みで一回800円。安い土下座である。


「まあいいさ! とにかくこれで約束通り、白雪も来てくれるよな?」

「ええ。私が原因を作ったのもあるし……約束は守るわ」

「よっしゃあああ!! ありがとう、白雪! マジで恩に着る!! これで俺の命が繋がった!!」


 俺が心の底からガチで喜び、満面の笑みでガッツポーズを決めると、白雪は「もう、大袈裟ね……」と呆れたように言いながらも、その口元はやはり嬉しそうに綻んでいたのだった。

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