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クラスの絶対的ヒロインである氷の女王と『放課後の音楽室で四手連弾』という、SSランクのラブコメイベントを消化した翌朝。
俺は信じられないくらい清々しい気分で、1年A組の教室のドアを開けた。
(ふふっ……おはよう、愚民ども。モブとして生きるお前たちには見えないだろうが、今の俺にはラブコメ主人公としてのオーラが満ち溢れているのだ……!)
足取りも軽く自分の席へ向かう途中、ふと見ると、教室の隅で真須、氷室、篠山の3人が集まって何やらドス黒いオーラを放ちながらヒソヒソと話していた。
昨日の放課後は「バイトの面接だ」なんだと別行動だったが、まあいい。本物のヒロインとフラグを立てた今の俺は、底辺の親友たちを包み込むマリア様のような余裕があるのだ。
俺は満面の笑みを浮かべ、3人の背中に向かって爽やかに声をかけた。
「おう、親友! 今日もいい天気だな! お前ら、昨日は面接どうだった……」
だが。
ゆっくりと振り返った3人の目は、シベリアの永久凍土よりも冷たく、そして純度100%の殺意に満ちていた。
「は? 誰だテメー。ウスバカゲロウみてーな顔して人間様に気安く話しかけてんじゃねぇぞ、クソダニ野郎。ぺっ」
普段の気怠げな態度はどこへやら、妙に堂に入ったガチの不良のような凄みを滲ませながら、氷室が低くドスの効いた声で吐き捨てる。
「あ? なんだこの産業廃棄物。そんなツラで人前に出てくるとか公害レベルだろ。ちゃんと処分場でじっとしてろよ。ぺっ」
無表情の篠山が、普段自分が世間から浴びているであろう『汚物を見るような目』で俺を一瞥する。
「テメーみてぇなヒョロヒョロのモヤシ、存在が貧弱すぎて生ゴミにもならねぇなぁ! その辺の豚ですら食うの拒否するレベルだろ。豚の餌? いや、腐ってるから豚が腹壊すわ。ぺっ」
真須が、自慢の大胸筋をピクピクと威嚇するように動かしながら、俺を見下ろした。
「……え?」
俺は完全にフリーズした。
先週、河原で美味い飯を食いながら「俺たちの魂の絆は永遠だ!」と夕陽に向かって叫んでいた男たちが、俺を見るなり親の仇のような悪口のフルコースをぶつけてきたのだ。
「ちょ、待てよ! なんだよ急に! お前ら先週『一生の親友だ』って……!」
「黙れ裏切り者!!!」
3人が一斉に俺を取り囲み、壁際へと追い詰めた。
篠山が、胸ポケットから自分のスマホを取り出し、俺の目の前に一枚の写真を突きつける。
「……っ!?」
そこにあったのは、夕陽に照らされた音楽室で、白雪凛と肩が触れ合うほどの距離で座り、心底楽しそうに笑い合いながら連弾している俺の姿だった。
「な、なんでこれを……! お前ら、昨日はバイトの面接に行ってたんじゃ……!っ、いや、篠山っ、お前っ!!」
「俺、一般棟とか他の校舎を回って、出会いがないか探してたんだよ。……まぁ結局何にもなかったんだけど」
「「「なんだ。何も言わずに消えるから、てっきりまた幼女の追っかけでもしてるのかと思ったぞ!」」」
俺と真須と氷室の3人のツッコミが見事にハモった。
「う、うるせぇ!!」
篠山が顔を真っ赤にして叫び、恨めしそうにギリッと歯を食いしばる。
「で、虚しくなって帰ってきたら、たまたま駐輪場にお前のバイクが残ってるのを見つけてさ。探しに行ったら……なんか音楽室でイチャイチャしてる産業廃棄物野郎がいたってわけだ。かーっぺっ」
(こ、このロリコン野郎、出会い厨のついでに俺をすっぱ抜きやがったのか……!! ていうか、お前ら俺より性格がクズで顔も悪い底辺のくせに、俺がヒロインとちょっといい感じになったからって嫉妬しやがって!!)
「許せねぇ……! 俺たちが女の影すら踏めずに校内を徘徊して泥水すすってる時に、テメェは氷の女王と甘い青春を謳歌してやがったのか!!」
真須が血涙を流しながら俺の胸ぐらを掴む。
「抜け駆けは死刑だ。テメェは今日から、俺たちの奴隷として地這いつくばって生きてもらうぞ」
氷室が指の関節をボキボキと鳴らした。
俺は昨日の自分の内心(あんなゴミクズみたいな底辺と違って、俺は本物のヒロインと青春してるぜ!)が完全にバレたかのようなプレッシャーに冷や汗を流しつつも、必死に強がって反撃に出た。
「ふ、ふざけんな! 俺をこの写真で脅そうってのか!? イチャついてる写真なんてバラされても、俺はノーダメージだぞ!」
「あ? 誰がこんな生温い写真で脅すっつったよ」
篠山が冷酷に笑い、スマホの画面をスワイプした。
そこに映し出されたのは――あの河原で、俺が女児用の『魔法少女プルルン(6歳)』のピチピチのコスプレ衣装を着て、泣きそうになりながら鳩を食い(ビビンバ)アコースティックギターを弾いている地獄のような写真だった。
「なっ……!?」
「この一ヶ月間、お前のド変態な性癖まで、俺たちは完全に把握してんだぞ!! 奴隷にならないなら、この『女児服コスプレ写真』をクラスの女子LINEグループにばら撒いて、社会的に完全抹殺してやる!!」
(やばい、それは本気で終わる!!! 変態として警察呼ばれるレベルだ!!)
「ふ、ふざけるな! ならこっちにも考えがあるぞ! お前らの秘密も全部このクラスにバラしてやるからな!」
俺は涙目になりながら反撃のカードを切った。
「真須が河原で野生のハトの肉食ってたこととか! 氷室がマザコンデスメタルバカでアコギすら弾けないこととか! 篠山がカバンに幼女用の服を隠し持ってるただのロリコンだってこととか! 全部バラされたくなかったら……」
俺がニヤリと笑って脅し返した瞬間だった。
「「「フハハハハハハハハハ!!!!」」」
3人は腹を抱えて、冷酷かつ狂ったように高笑いし始めた。
「……な、なにがおかしいんだよ!」
「効かないねぇ! 全っっっく効かないねぇ!!」
氷室が涙を拭いながら俺を指差す。
「いいか悠馬! 俺たちはな、初日の自己紹介と普段の奇行の時点で、すでにこのクラスにおける社会的信用も人権も、スライムのHPほども残ってねぇんだよ!!」
「そうさ。底辺からさらに底辺に落ちたところで、痛くも痒くもない。俺たちには、もうクラスで失うものなんて何一つないからな!!」
「言ってて虚しくねぇか……?」
「うるせぇ!」
真須がドヤ顔で胸を張って言い放つ。
――ハッとした。
そう、こいつらは『無敵の人』なのだ。
社会的信用が完全にゼロの人間にとって、これ以上のスキャンダルなどノーダメージ。
逆に、白雪との繋がりができ、わずかに「真っ当な青春」への道が開けかけている俺だけが、この写真をバラされたらすべてを失う『持てる者』になってしまっていたのだ。
「さあ、選択しろ悠馬。今日から俺たちの奴隷として一生靴を舐めるか、それともこの変態コスプレ写真を投下されて学園生活を終えるか」
「こ、この鳩野郎共が……ッ!!」
無敵の人と化した3人に完全敗北し、俺は絶望の淵に立たされたのだった。
奴隷として一生靴を舐めるか、女児服ピチピチコスプレ写真をばら撒かれて社会的な死を迎えるか。
どちらを選んでも俺の高校生活は終了する。逆転の手など、どこにもない。
だが、その時。
絶体絶命の危機において、俺の脳細胞が生存本能に従ってフル回転し、一筋の光明(という名のクソみたいな言い訳)を導き出した。
こいつらが一番求めているものは何か?
名誉でも、金でもない。こいつらが偽りの趣味を始め、出会いを求めて一般棟を徘徊するほどのモチベーション。それは――。
「ま、待てよ! 誤解だ! 俺が氷の女王と接触したのは……全部、お前ら『親友』のためだったんだよ!」
俺が滝のような冷や汗を流しながら叫ぶと、3人はピタリと動きを止めた。
「……は?」
氷室が眉間にシワを寄せる。
「冷静に考えろ! 俺が親友であるお前達を差し置いて自分だけ抜け駆けするわけないだろ!? あの誰とも群れない冷徹な白雪に俺がわざわざ近づいたのは……お前ら親友のために、女子を集めて『合コン』をセッティングしてくれって、命がけで交渉してたからなんだよ!!」
俺は震える声に必死にハッタリを乗せて、最高に都合のいい言葉を紡ぎ出した。
「ご、合コン……?」
篠山が、突きつけていたスマホをゆっくりと下ろす。
「女子と……?」
氷室から立ち上っていたヤンキーのような殺気が、嘘のように霧散していく。
「オレタチ、シンユウ、ノタメニ……?」
真須の大胸筋のピクピクが完全に停止した。
俺はここぞとばかりに畳み掛けた。
「そうだ! だから、もう少しで女子を連れてこられるってところで……お前らが俺を奴隷にするなら、この合コンの話は全部おじゃんだな!! 仕方ない! あーあ、俺の親友たちに女子を紹介してやろうと思ったのに、もったいねぇー!!」
ピタッ。
教室の空気が、1秒だけ完全に静止した。
次の瞬間。
先ほどまで地獄の使者のように俺を取り囲んでいた3人は、一切の躊躇なく、一糸乱れぬ完璧な動きで直立不動の姿勢をとり――バシッ!! と軍隊顔負けの敬礼を決めた。
「「「俺はあなたの奴隷です!! マイロード!!!」」」
見事なまでの、奇跡のテノヒラクルーだった。
底辺のプライドや裏切りへの復讐心など、女子との接点(合コンのワンチャン)の前では、チリガミ以下の価値しかなかったのだ。
「フ、フハハハ! 分かればいいんだよ、お前ら! ほら、俺の肩と足を揉め!」
「「「ハッ!! 喜んで!!」」」
真須と氷室が慌てて俺の肩と足を揉み始め、篠山が俺の顔にうちわで風を送り始める。
俺は王様のような気分で椅子にふんぞり返り、安堵の息を長く吐き出した。
(……助かった。マジで社会的に抹殺されるかと思った……)
だが、安堵したのも束の間。
冷静に頭が回り始めた俺は、すぐに己の首を真綿で絞めているという恐ろしい事実に気がついた。
(……くそっ! とりあえずその場しのぎで都合のいい嘘をついちまったけど、あの『氷の女王』にお願いして合コンのセッティングとか……どう考えてもハードル高すぎるだろ!!)
白雪凛は、クラスの女子とすら一切群れない孤高の存在だ。
そんな彼女に、「俺のヤバい親友たちのために、女子を集めて合コンを開いてくれ」などと頼めば、今度こそ氷の視線で文字通り凍死させられるに違いない。
(もし合コンが開けなかったら、こいつらは確実に暴動を起こして、俺の女児服コスプレ写真をクラス中にばら撒く……!)
奴隷契約を回避した代償として。
俺は「白雪凛に合コンを主催させる」という、到底不可能に思える絶望的なミッションを背負い込むハメになったのだった。




