14話
茜色に染まる夕暮れの校庭。
秋の冷たい風が吹き抜ける中、俺たち『はみだしカルテット』の4人と執事のクロードの計5人は、校庭の端にある巨大なサッカーゴールに横一列に並べられ、太いロープでぐるぐる巻きに縛り付けられていた。
その目の前には、腕を組んで仁王立ちする生活指導のゴリラ教師。
そして、冷ややかな視線を下ろすセシリアと、絶対権力者である当主様の姿があった。
「……申し訳ありません、当主様。私が調子に乗りすぎました」
頭に包帯を巻いたクロードが、珍しく神妙な面持ちで頭を下げる。
先ほどの放送テロで「当主様の耳は腐っている」などと暴言を吐いたのだ。いや、『ファッキンヌーブ』とかお嬢様に言わせた方がヤバいかもしれないが。薔薇園の肥料にされるか、東京湾に沈められるかの二択だと思われた。
しかし、当主様は静かにため息をついた。
「……クロードよ。お前は私が本当に、お前がセシリアに『ファッキンヌーブ』などという下品な言葉を教えていたことに気づいていなかったとでも思っているのか?」
「えっ……」
当主様の言葉に、クロードが顔を上げる。
「いや、まぁ聞かぬふりした私も悪いのだが、他の言葉も、極東の言葉とはいえ、調べればすぐに分かることだ。お前がセシリアに妙な言葉を吹き込んでいることなど、とうの昔に把握していた」
「な、ならなぜ……っ」
「お前が『優秀すぎる』からだ。……セシリアに変なことを吹き込む悪癖を除けば、お前以上の護衛も執事もこの世に存在しない。現に今も、セシリアの身に危険は一切及んでいないからな。その腕に免じて、今回もクビにはせん。……ここで少しばかり、己の行動を反省するんだな」
そう言うと、当主様は「やれやれ」と肩をすくめ、ゴリラ教師を引き連れて校門の方へと歩き出していった。
「と、当主様……っ! 一生ついていきますゥ!!」
まさかの寛大な処置に、クロードが感動の涙を流す。
だが、彼らの前にはまだ、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている人物が残っていた。
「……クロードのバカ!! 悠馬たちのバカ!! カス!! チビ!!」
「チビは特定の誰かに対して過ぎない? 泣くぞ?」
セシリアが、涙目で俺たちをキッと睨みつけた。
「わたくし、本当に『はみちん』が丁寧なご挨拶だと思って、あんなに一生懸命……っ! 全校生徒の前で……っ! ああっ、もうお嫁にいけませんわ!!」
「いや、俺たちは言ってないだろ! 教えたのはクロードだ!」
「そうだ! 連帯責任はおかしいだろ! 全部クロードが悪い。氷室のポエムを全校放送したことも」
「それはマジで思い出させないでっ!!!」
俺と真須(と氷室)が必死に抗議するが、怒り心頭のセシリアの耳には届かない。
「うるさいデスます!! 類は友を呼ぶと言いますわ!! ええいっ!」
パァァァンッ!!
「痛っ!?」
セシリアの華奢な手のひらが、俺の頬にクリーンヒットした。「連帯責任デスます!」
続いて氷室の頬に平手が飛ぶ。
パァンッ!!
「ぐはっ!? 俺の深淵に傷が……!」
休む間もなく篠山へ。
パァンッ!!
「あだっ!? 目、目に指入ったって!」
さらに真須へ。
パァンッ!!
「ふんっ! 俺の大胸筋のクッションには効か――痛ぇ! 普通に顔は痛ぇ!!」
そして最後。
一人だけタキシード姿で縛られている諸悪の根源、クロードの前に立つと、セシリアは**どこから取り出したのか全くわからない『錆びた釘バット』**を両手で構えた。
「えっ、お嬢様? 制服のどこからそんな物騒なものを――」
セシリアはふうっと大きく息を吸い込み――腰の捻りから指先まで全身の体重を乗せた、渾身のフルスイングを放った。
ドゴォォォバァァァァンッッ!!!
「ぐはぁぁぁっ!!? こ、この破壊力……極上の、痛み……ッ!!」
鈍い破裂音と共に、クロードは顔面をひしゃげさせながらも、どこか恍惚とした笑みを浮かべて鼻血を吹いた。
「……ふんっ! これで許してあげますわ! あなたたちはそこで、朝まで反省してなさいデスます!!」
全員を制裁し終えて少しスッキリしたのか、セシリアはツンと顔を背け、カバンを持ってさっさと校門の方へと帰っていってしまった。
「……くっそー! なんで俺たちまでこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!」
俺が赤くなった頬を押さえながら、文句を垂れる。
「まあいい。あの程度の怒り方なら、明日には機嫌直ってるだろ。よし、とりあえず脱出するか」
「おう」
俺たちはゴソゴソと体を動かした。そもそも女子数人で縛っただけのロープだ。俺たちが本気で抜け出そうとすれば、さほど難しいことではない。
「よっ、と……」
俺はスッと腕を抜いて拘束から逃れると、隣の氷室や篠山、真須のロープも適当に解いてやった。
縛られてからわずか数分。俺たちカルテットは、全く反省の色を見せないまま、あっさりと自由の身になっていた。
「よし! 色々怒られたし事故りまくったけど、結果的に集会の放送自体は大成功したしな!」
俺がカバンを肩に担ぎ直して笑う。
「おう! 打ち上げとして、駅前のカラオケに突撃するぞ!!」
「俺のアビスの生歌を聴かせてやるぜ……!」
「お前の新曲歌いまくろうぜ!!」
「マジでやめろ!!!!」
「いやぁ、氷室君もついに全校デビューかぁ。かっこいいなぁ……ぷっw」
「……優馬、作曲のとこにお前の名前入れてやるぞ? 遠慮すんな?」
「ぶっw さすが1-Aが誇る厨二病コンビ」
「ば、バカ。……マジでやめろ……」
俺たち4人がワイワイと盛り上がりながら歩き出した、その時だった。
「フッ……さすがは我が主の友人たち。では、私もお嬢様の残り香が消えないうちに、この戒めを解いて追跡を……ん?」
一人だけサッカーゴールのポストに残されていたクロードが、余裕の笑みを浮かべてロープを解こうとし――ピタリと動きを止めた。
「……あれ?」
クロードがいくら力を込めても、ロープはビクともしない。
よく見ると、俺たちを縛っていた普通の麻縄とは違い、クロードを縛っているロープだけは『中に特殊な金属ワイヤーが編み込まれた絶対拘束用』の特別製だった。特殊な技術を持つ彼でさえ、刃物なしではどうやっても抜け出せない。
「……お、おやおや? これは……?」
クロードが冷や汗を流しながら足元を見ると。
彼の足の周りには、真っ黒な粉末……『火薬』がたっぷりと円状に撒かれており、そこから一本の長い導火線が、校門の影の方へと伸びていた。
シュボッ。
導火線の先。
校門のレンガの影から、帰ったはずのセシリアが『チャッカマン』を片手に姿を現した。
その顔には、先ほどの可憐な面影は一切なく――完全に悪役令嬢のような、この世の全てを支配したドヤ顔が浮かんでいた。
「なっ……お、お嬢様……!?」
クロードが驚愕して目を見開く中。
セシリアはニヤリと口角を上げると、かつて彼自身が教えた『極東の丁寧なご挨拶』を実践するかのように、彼に向かってスッと**中指**を立てた。
「――ファッキンヌーブ、ですわ」
『チリチリチリチリッ……!!』
完璧な発音の暴言と共にセシリアが火をつけると、導火線が火花を散らしながら、クロードの足元に向かって猛スピードで走っていく。
「ああっ……! お嬢様直々の炎と中指による制裁……ッ! なんというご褒美……くっ、最高に気持ちいい……ッ!」
クロードは逃げられない恐怖よりもドMの悦びが勝り、恍惚とした表情で目を閉じ、両手を広げて炎を受け入れようとした。
ボワァァァァァンッッ!!!
火薬に引火し、サッカーゴール周辺が本物のキャンプファイヤーのように激しく燃え上がる。
「アァァァァッ! 極上の痛――って待って!? これガチのやつ?!?! 熱っ!!」
恍惚としていたクロードの表情が、一瞬で『本気のパニック』へと変わった。
「ちょ、お嬢様!? これ火薬の量多すぎません!? 燃えてる! タキシードに燃え移ってる!! 熱い! 痛いじゃなくて熱い!! 助け――あーーーーッ!!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
夕暮れの校庭に、ドMの悦びなど微塵もない、純度100%のガチの断末魔が響き渡る。
一方、その頃。
燃え盛るサッカーゴールを背に、駅前へと向かって歩く俺たちカルテットの耳には、その絶叫はただの秋の風の音にしか聞こえていなかった。
「なぁなぁ、カラオケの一曲目、何歌う~?」
「そりゃお前、当然氷室のあの曲だろ! 『我が身を焦がすは~♪』ってやつww」
「もういいだろ!! やめろ殺すぞテメェ!! あの曲だけは絶対に流すなよ!!」
『熱ぃぃぃぃぃぃぃ!! 悠馬様ぁぁぁ!! 氷室様ぁぁぁ!! 助けてぇぇぇ!!』
校庭に響き渡る執事の凄まじい絶叫と、遠くから聞こえるバカ4人組の平和でアホな会話。
二つの全く異なる音声が、茜色の空の下でシュールに交差する。
俺たちの騒がしくもくだらない、愛すべき日常は、これからもずっと続いていく。
燃え盛る炎に包まれて踊り狂うクロードを背景に――
とりあえず2章ここまで。おまけプラス1話。
3章あと読み込ませるだけなのですが、ローファンが書きたいのでそちらにリソースを割く関係で少し遅れます。
8月までには投稿できるはず。おそらく。めいびー。




