13話
「……あの執事は少々常軌を逸しているが、この極東の地で毎日楽しそうに過ごしているようだ。娘ともども、どうか大目に見てやってほしい」
「「……少々?」」
騒然としていた体育館の壇上。
なぜか校長でも司会進行の教師でもなく、絶対権力者である『公爵家当主様』が、完全に我が物顔でマイクを握り、全校集会を締めくくっていた。
最後の一言に、本来の責任者であるはずの校長や教頭が真っ青な顔でペコペコと頭を下げる中、体育館からはホッとしたような、それでいてどこか困惑の混じった温かい拍手が巻き起こる。
「以上だ。極東の生徒諸君、速やかに教室へと戻り、己の勉学に励むように」
生徒たちはその圧倒的な威圧感とオーラに逆らうことなど到底できず、「は、はいっ!」と軍隊のように一糸乱れぬ動きで立ち上がり、そそくさと各教室へ帰り始めた。
「……なんであのおっさんが自然に仕切ってんだよ。うちの校長、完全に置物になってたぞ」
体育館の外側に併設された、少しカビ臭い『放送室』。
機材の前にドカッと座り込んでいた俺は、小窓越しにその光景を見つめながら、呆れたように小声でツッコミを入れた。
室内にいるのは、俺、氷室、篠山、真須の『はみだしカルテット』の4人。
そして、先ほど窓ガラスを粉砕してバタフライで帰還し、頭と顔面に救急箱の包帯をミイラのようにぐるぐる巻きにしている執事のクロードの、計5人だ。
主役のセシリアは、無事に一芸披露(大事故)を終え、当主様と一緒に来賓用の控室へと向かっていったため、ここにはいない。
「ふぅ……マジで色々あったけど、集会自体は無事に終わったな」
「おう。俺たちも教室に戻るか」
俺たちは大きく伸びをして、深く息を吐き出した。
当主様のプレッシャーから始まり、殺気、窓ガラス粉砕、そして極めつけのシモネタ大事故。致死量のトラブルをなんとか乗り越えたことで、俺たちの心身は完全に気を緩めきっていた。
「よし、機材片付けるか」
俺はミキサー卓の電源を落とそうと立ち上がった――その時だった。
ブレザーのポケットに入っていたスマホを取り出そうとして、ふと指先が滑った。
『カチャッ』
手元が狂い、スマホの角がミキサーのボタンに軽く触れる。
だが、疲労と安堵で完全に注意力が散漫になっていた俺たちは、ミキサーの『MAIN MIC(全校放送用マイク)』のスイッチが押し込まれたことに気づかなかった。
機材の端で、赤いランプが妖しく点灯する。
それは、この密室の音声が、校舎中の全教室のスピーカーへと『接続』されたことを意味していたが――俺たちは誰一人として、その絶望の光に目を向けてはいなかった。
「いやー、それにしても笑ったな! まさか本物の公爵令嬢が、全校生徒の前で堂々と『はみちん』って叫ぶとはなww」
「いやぁ、俺らが仕込んだダケあるなぁww」
「クロードもお前マジで普段から何教えてんだよww 次はもっとヤバい言葉教えて、当主様の前で言わせてみろよ!」
俺が笑いながら言うと、パイプ椅子に座った血まみれの執事は、インテリヤクザのように眼鏡をギラリと光らせて口角を上げた。
「フッ、いいですとも。……というか、以前も当主様の前で、お嬢様に『ファッキンヌーブ』と笑顔で発言させましたからねww 今回も許してくれたことですし、次回のスピーチでは、さらに踏み込んだ極東の四十八手を――」
「マジかよww よくその場で射殺されなかったな!」
「ええ。案外バレないものです。当主様もあの歳ですから、実は耳が腐ってんじゃねえですかね?ww」
「ギャハハハハ! 言い過ぎだろお前ww 殺されるぞ!!」
赤いランプが点灯する放送室(=全校の教室のスピーカー)に、男子高校生特有の最低なトラッシュトークが大音量で響き渡り始めた。
「あ、そうだ氷室!」
ひとしきり下品な笑い声を上げた後、俺はスマホを操作しながら氷室を振り返った。
「お前が書いたポエムさ、今日その試作デモ音源が完成したんだぜ!」
「なっ、マジか!? やっと完成したのか!? 聴かせてくれ! ここで流せるか!?」
「おう! 徹夜のテンションで書いたお前のあの深淵、超大作の名曲になってるはずだぜ!」
俺はスマホを、よりにもよって『ON』になっているマイクの真ん前に置き、ドヤ顔で音量を最大にして再生ボタンをタップした。
『ジャァァァァーーン……ッ!!』
狭い放送室に鳴り響いたのは、ハリウッド映画のクライマックスのような、無駄に壮大すぎるフルオーケストラの旋律だった。
そして、その数百万はかかっていそうな壮大な音楽に乗せて、氷室の『低音イケボの囁き声』が流れ出した。
『……漆黒の堕天使が刻む、ビート。……血塗られた、愛のカルマ……』
『……フッ、笑えるだろう? 逃れられぬアビスの引力が……』
『我が身を焦がすは、君という名の……煉獄……ッ!!(※ここで狂ったような転調とパイプオルガン)』
「「「「…………ブッwww」」」」
曲が終わった瞬間、放送室は爆笑の渦に包まれた。
「ギャハハハハ!! ダッセェェェ!!」
「無駄に金かかってるせいで、ポエムの痛さが際立ってやがるwww」
「最高にイタいっすねww 先ほどのお嬢様の天使の歌声に比べると、絶望的なまでに音痴すぎますわww 腹痛いww」
クロードまで腹を抱えて煽りに参加し、俺たちが涙を流して笑い転げていると、曲の生みの親である氷室本人も、顔を真っ赤にして床を転げ回りながら笑い出した。
「今冷静になって聴くと、 愛を叫ぶにしてはちょっとやりすぎたわ! てか俺、もう少し歌上手くならなきゃなww」
マイクがオンになっていることなど微塵も知らない俺たちの暴露大会(セルフ開示)は、ハイテンションに任せてさらに加速していく。
「バカと言えば真須! お前、この前大手企業の面接にタンクトップ一丁で行って、面接官のウケ狙って見事受かったらしいなwww」
「おう!! 面接官の視線を俺のピクピク動く大胸筋に完全に釘付けにしてやったぜ!!『君、面白いね!』ってちやほやされたからな!」
「篠山っ、お前こないだ小学生に混じって遊園地の屋上のイベントいただろ! 一人だけ大人でガチカメラでキモかったぞ笑」
「失礼な! あれは純粋な芸術だ!! 被写体の純真無垢な魂を……」
「そういう悠馬だって、この前教室でポルノハブのオープニングのドラム音を大音量で流しただろ!! 一瞬で止めたからみんなにバレずに済んでたけど、クラス全員お前のこと見てたからな!!ww」
「ああっ! なんですかその面白すぎる事件! 私も生で聴きたかったですわぁ!!ww」
自分たちの『痛すぎる黒歴史』と『犯罪スレスレの暴露』を、誰に聞かれるでもない密室の安心感から、大声で笑い飛ばすバカ5人。
――しかし、彼らはまだ気づいていない。
この底抜けにアホな会話の全てが、全校生徒が静かに座る『ホームルーム中の教室』へと、余すところなく直通(生放送)しているという絶望的な事実に。
⭐︎
その頃。
彼らと同じクラスである1年A組の教室では、帰りのホームルームを行っていた教師がポトリとチョークを落として言葉を失い、全生徒が天井のスピーカーを見上げて完全にフリーズしていた。
『ギャハハハハ!! ダッセェェェ!! なにが「煉獄……ッ」だよ!!』
『無駄に優馬の実力のせいで、ポエムの痛さが際立ってやがるwww』
『愛を叫ぶにしてはやりすぎたわww 誰にも聞かせられねぇww』
スピーカーからは、先ほどの荘厳な集会からは想像もつかない、男子高校生たちの生々しい大爆笑が響き渡っている。
そして、彼らのアホすぎる密室の会話は、ブレーキを失ったまま次々と新たな犠牲者を生み出していった。
『バカと言えば真須! お前、この前大手企業の面接にタンクトップ一丁で行って、面接官のウケ狙って見事受かったらしいなwww』
『おう!! 面接官の視線を俺のピクピク動く大胸筋に完全に釘付けにしてやったぜ!!『君、面白いね!』ってちやほやされたからな!』
『篠山っ、お前こないだ小学生に混じって遊園地の屋上のイベントいただろ! 一人だけ大人でガチカメラでキモかったぞ笑』
『失礼な! あれは純粋な芸術だ!! 被写体の純真無垢な魂を……』
『そういう悠馬だって、この前教室でポルノハブのオープニングのドラム音を大音量で流しただろ!! 一瞬で止めたからみんなにバレずに済んでたけど、クラス全員お前のこと見てたからな!!ww』
『ああっ! なんですかその面白すぎる事件! 私も生で聴きたかったですわぁ!!wwまあでも、当主様の前でお嬢様に「はみちん」と「ファッキンヌーブ」って言わせた私の方が上ですねww あの歳ですから、実は耳が腐ってんじゃねえですかね?ww』
『ギャハハハハ!! 殺されるぞお前ww』
最低なトラッシュトークから始まり、壮大なオーケストラに乗せた同級生(氷室)の痛すぎるポエム、そして怒涛の犯罪的暴露大会(セルフ開示)。
それが、現在進行形で校舎全体に大音量で轟いている。
「…………ッ!!」
教室の窓際の席に座っていた1年A組の『氷の女王』こと白雪凛は、スピーカーから流れる同級生たちのバカ騒ぎを即座に察知していた。
普段は誰に対してもクールで無表情な彼女だったが、その正体は、一度ツボに入ると笑いが止まらなくなる極度の『ゲラ』である。
今この瞬間も、彼女は机に突っ伏し、両腕で顔を完全に隠しながら、ガタガタと肩を激しく震わせていた。
(結城くんたち……っ!! なんで全校放送でこんな……っ!! ぷくくっ、く、苦しい……っ!!)
周囲のクラスメイトからは「白雪さんが前代未聞の放送テロの恐怖で震えている」と思われていたが、実際は全く違った。
意味不明すぎる深夜テンションのポエムもさることながら、その後に続くアホすぎるセルフ暴露の連発と、絶対権力者への命知らずな暴言。そのあまりにもくだらない密室の会話の連続に、腹筋がちぎれるほどの爆笑を必死に、本当に死に物狂いで堪えていたのだった。
⭐︎
一方、放送室。
「ヒィーッww 笑いすぎて腹筋つる……あ、あれ?」
涙を拭いながら立ち上がった俺は、ふとミキサー卓に目を落とし――そのまま彫像のようにカチコチに固まった。
【MAIN MIC:ON LINE】
赤々と、そして妖しく光り輝く『ON』のランプ。
「ん……どうし……え?」
俺の視線を追ってそれを見た氷室、篠山、真須、クロードの4人も、一瞬にしてこの世の終わりを見たような絶望の表情で固まった。
「……お、おい結城。ウソ、だろ……?」
氷室が、口からエクトプラズム(魂)を吐き出しそうな真っ青な顔で震えている。
「これ……さっきのシモネタも……氷室のクソポエムも……真須のタンクトップ面接も、篠山のロリコン恥晒しイベントも、俺のポルノハブのファンファーレも……」
「当主様の耳が腐ってるっていう、クロードの発言も……全部、全校生徒に……!?」
「「「「公開処刑(セルフ開示)だァァァァァァァッ!!!」」」」
俺たちが完全にパニックに陥り、慌ててマイクの電源を切ろうと手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
ドゴォォォォォォォンッッ!!!
「お前らァァァァァァァァッ!!!!! 神聖な放送室で、なに大量のヤバい暴露と痛えポエム流してやがる!!!」
放送室の分厚いドアが蹴り破られ、鬼の形相をした生徒指導の教師(通称:生活指導のゴリラ)が、口から火を吹きそうな勢いで突入してきた。
だが、俺たちを襲う絶望はそれだけでは終わらなかった。
「……それで? 誰の耳が、腐っていると?」
怒り狂うゴリラ教師の後ろから、音もなくスーッと姿を現した男。
それは、先ほど控室に向かったはずの絶対権力者――『当主様』だった。その眼光は、氷点下すら下回る絶対零度の殺気を放ち、頭に包帯を巻いたクロードを真っ直ぐに射抜いていた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!! 当主様!? 違うんです、さっき許されたばっかりなのに!! 耳は腐ってないです! むしろ地獄耳です!!」
「ヤバい!! 今度こそガチで殺される!! 逃げろぉぉぉっ!!」
「窓だ! 窓からもう一度バタフライで逃げるぞ!!」
「逃がさんぞ貴様らァァァッ!!」
体育館の裏手から鳴り響くゴリラ教師の怒号、当主様の無言の強烈な殺気、そして俺たちの情けない悲鳴。
かくして、極東の高校を舞台にしたセシリアの波乱万丈なデビュー戦は、大盛況(と致命的なセルフ放送テロ)と共に、カオス極まる最高のフィナーレを迎えるのだった。




