8話後半
翌日。
「お前ら、見ろ! 最高の案件を見つけてきたぞ!」
昼休み。俺はスマホの画面を真須と氷室に突きつけた。
「一流企業『東都コーポレーション』の土日限定・受付案内スタッフ! 時給は悠馬のピアノバイト(4時間拘束で日給1万円)すら凌駕する破格の2550円! しかも、採用枠はぴったり3名だ!!」
「おおっ! 一流企業の受付! エリートっぽくてモテそうじゃねぇか!」
氷室も目を輝かせたが、真須が募集要項の一文を指差して眉をひそめた。
「待て、篠山。ここに『面接の服装:自由』って書いてあるぞ?」
その言葉に、俺たち3人にピリッとした緊張感が走った。
「出たな……! 企業が言う『自由』ほど信用できないものはない!」
俺は名探偵のように眼鏡を押し上げた。
「いいか? 騙されるなよ。これは『私服と見せかけて、実は応募者の社会的常識をテストしている』という高度な罠だ!」
「なるほど……アビスの試練というわけか」
「筋肉の使い所だな!」
「……いや、受付の面接に筋肉を使う所なんてねぇだろ。大丈夫かお前?」
俺が不安そうにツッコミを入れたが、真須は「任せておけ」とニッと笑って親指を立てた。
俺たちは固く頷き合った。
「絶対に悠馬を見返すためにも、この3人全員で受かるぞ! 各自、一流企業にふさわしい『完璧な服装(自由)』を考え抜いて、日曜に面接会場のロビーで集合だ!」
「おう! お前ら、面接頑張れよー」
後ろの席で小耳に挟んでいた悠馬が、クソほど余裕そうな顔で俺たちを応援してきた。その顔面を一発殴りたい衝動を抑え、俺たちは決戦の地へ向かう準備を始めた。
⭐︎
そして、面接当日。
都内の一等地にある、ガラス張りの巨大なオフィスビルのロビー。
「フッ……完璧だ」
俺、篠山はロビーの鏡に映る自分の姿を見て、会心の笑みを浮かべていた。
ビシッとしたネイビーのテーラードジャケットに、細身のチノパン。足元は磨かれた革靴。いわゆる『IT企業の若手社長風』である。これぞ「服装自由」に対する百点満点の最適解だ。
「おーい、篠山!」
声に振り向くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「……は?」
右から歩いてきた氷室は、シワ一つなくアイロンがけされた『うちの高校の指定制服』をきっちりと着込んでいた。学生としての身分を証明する、無難の極みである。
そして左から歩いてきた真須は――。
「待たせたな!」
なぜか、ピッチピチのタンクトップに、太もも全開の短パン姿だった。
こんがりと焼けた大胸筋と上腕二頭筋が、一流企業のロビーで異様な存在感を放っている。
「なんでだよおおおおぉッ!!!」
俺はロビーの中心で頭を抱えて絶叫した。
「真須! お前それ『自由』の意味を完全に履き違えてるだろ!! なんで一流企業の面接にタンクトップで来るんだよ!! ていうかお前、この『服で自爆するネタ』、前の合コンの時にも全く同じことやったじゃねぇか!! 学習能力ゼロか!!」
俺が涙目でツッコミを入れると、真須は自慢の大胸筋をピクピクと動かし、白い歯を見せて爽やかに笑った。
「安心しろ篠山。企業が求めているのは、飾り立てた布切れじゃない。隠しきれない本質だ」
真須は親指をグッと立てて言い放った。
「筋肉こそが、漢の最高の正装だろうが」
「帰れ!! 今すぐ帰れバカ!! 面接官に見られる前に!!」
だが、俺の悲痛な叫びも虚しく。
「それでは、アルバイト応募の3名様、面接室へどうぞー」
受付の綺麗な女性に名前を呼ばれ、俺たちはこの地獄の服装バラバラ状態のまま、集団面接の場へと引きずり込まれることになってしまったのだった。
「それでは、自己アピールをお願いします」
重厚な扉の向こう、広々とした面接室の奥に座る面接官は二人。
一人は進行役である四十代くらいの中間管理職風の男。そしてもう一人は、その隣で腕を組み、目を閉じて気難しそうなオーラを放っている五十代後半くらいのかなり偉そうな男だ。
進行役の中間管理職が、手元の履歴書に目を落としながら静かにそう告げた。
まずは俺と氷室のターンだ。
「はい。私はカメラを趣味としており、物事の細部を見逃さない『観察眼』には自信があります。この眼で、貴社の受付業務においてもお客様の細かなニーズを的確に察知し――」
「私は規律を重んじる性格でして、与えられた業務は完遂する精神力を持っております。いかなるトラブルにも動じません」
俺の『IT若手社長風』のスマートな振る舞いと、氷室の『アイロンがけされた制服』という無難かつ真面目なアピール。
中間管理職の面接官は「ほう」と感心したように頷いた。
「お二人とも、あの偏差値の高い稜風学園の英文科にお通いなんですね。趣味や特技もしっかり持っているし、受け答えも非常に丁寧で好感が持てます」
「「ありがとうございます」」
俺と氷室は心の中でガッツポーズをした。(もらった。完全に合格エンドだ!)
俺たちの完璧な受け答えに、面接官も満足そうにペンを置いた。
そう、完全に『左端の異常者』を視界からシャットアウトしていたのだ。
だが、集団面接である以上、飛ばすわけにはいかない。
面接官はこめかみを指で揉みほぐしながら、ついに、タンクトップと短パン姿で丸太のような腕を組んでいる真須へと顔を向けた。
そして、その第一声は当然、無慈悲なダメ出しだった。
「……そこの君。いくら募集要項に『服装自由』と書かれているからといって、学生とはいえこれから企業で働く者として、TPOをわきまえた服装で来なさい! 一流企業の面接にタンクトップと短パン? 君は論外だ」
冷酷な不合格宣言。
俺と氷室が「やっぱりな」と息を吐く中、真須は全く動じることなく、自慢の大胸筋をピクッと跳ねさせて反論した。
「論外? それはおかしな話ですね。はっきりと『自由』と書いてあるのに、実は見えない『暗黙の指定』があると言うことですか? それは言葉の定義に反していませんか?」
「い、いや、指定は無いけど……だからといって適当な服はダメでしょ! いつ着てる服なのそれ? 海にでも行く気?」
「適当ではありません!」
真須はドンッと自分の胸を叩いた。
「今日この日のために、わざわざ手芸店で1から伸縮性の高い布を買ってきて、自分の筋肉に最もフィットするように自作しました!!」
「自作!?(タンクトップと短パンを!?)」
((自作!?))
面接官と俺たちの目が点になる。
「はい! 私は日頃から過酷な山でのサバイバルに長けており、体力と筋力には絶対の自信があります! 御社のいかなる過酷な業務にも、この肉体一つで耐え抜いてみせます!!」
(※募集しているのは、空調の効いた綺麗なロビーで座っているだけの事務・軽作業です)
俺の心のツッコミを置き去りにして、真須の熱弁が響き渡る。
面接官は完全に呆れ果て、深く長いため息をついた。
「……もういい。君の情熱は分かったから、次はどこか別の会社で、無難な服を着て面接に行きなさい。企業が言う『自由』という言葉の罠に釣られずにな……」
完全に落とす空気。ゲームオーバーだ。俺と氷室が心の中で合掌した、その時。
「待ってください!!」
真須が面接室の壁に貼られた企業ポスターをビシッと指差した。
「御社の社訓は『自由奔放・新しい風を』ですよね!? なのに、本当に決められたレールの上を歩くだけの『無難な人間』が欲しいのですか!?」
「なっ……」
「隣の二人を見てください! IT社長のコスプレをした男と、無難に制服を着てきた男! 言われた通りの常識という型にハマった、右に倣えの人間です!」
「おい、俺たちをダシにするな!」
俺の抗議を無視し、真須は面接官に向かってさらに身を乗り出した。
「その通り、世の中は右に倣えの人間ばかりだ! だが、そこに一つだけ、圧倒的な『色(筋肉)』が混ざったらどうでしょう! これこそが、停滞した御社に『新しい発想(風)』をもたらす原動力になるのではないでしょうか!?」
「あ、新しい、風……だと……?」
真須の謎の屁理屈と、圧倒的な大声と、テカテカに光る筋肉の圧。
中間管理職の面接官が「何を馬鹿な……」と呆れ果てて言いかけた、その時だった。
ガタッ!!
隣でずっと目を閉じていた五十代後半の偉そうな面接官が、突如として勢いよく立ち上がったのだ。
「……面白い」
「ぶ、部長!?」
「確かに……我が社は最近、無難な人間ばかりを集めすぎた結果、企画がマンネリ化していた……。ここに、あえてこんな理解不能な『劇薬』を放り込んでみるのも……悪くない!」
偉そうな面接官は、真須の筋肉の輝きに魅入られたように深く頷いた。
「採用だ!! 君のその『色』、我が社の受付で存分に見せてもらおうじゃないか!!」
「感謝します!!」
「「はあああああぁぁぁぁぁぁ!?」」
俺と氷室の絶叫が、東都コーポレーションの面接室に虚しく響き渡った。
こうして真須は、謎の屁理屈と筋肉の勢いだけで偉い人を論破・洗脳してしまい、なぜか3人の中で『真須だけが採用される』という狂った結果を手にしたのだった。
⭐︎
数日後。教室の昼休み。
「えーっ! 真須くん、あの大手企業の『東都コーポレーション』の受付バイト受かったの!?」
「ヤバッ! あそこの土日スタッフって、倍率100倍超えてたらしいよ! 凄すぎない!?」
「一流企業の受付ボーイとか、めっちゃエリートじゃん!」
教室の中心で、真須がクラスの女子たちからちやほやと囲まれていた。
真須は腕を組み、大胸筋をピクピクと動かしながら自慢げにふんぞり返っている。
「がははは! まぁな! 俺の隠しきれない本質と新しい風を、面接官が見抜いただけの話さ!」
真須はそう言って、すぐ近くの席で同じように女子に囲まれている悠馬に向かってニカッと笑いかけた。
「な、悠馬。どっちがより『高み』へ登れるか……どうやら俺たち、いい勝負だったみたいだな」
すると悠馬も、フッと前髪を払ってクソほど爽やかな笑みを返した。
「フッ……一流企業の受付とは恐れ入ったぜ。さすがは俺の親友だ。俺たちの道は違えど、目指す頂は同じってことだな」
「ああ。式場でのお前のピアノも、悪くなかったぜ」
謎の強者オーラで認め合う二人。その意味不明な茶番劇に、周りの女子たちは「キャーッ! 二人ともカッコいいー!」とさらに黄色い声を上げている。
「キャー、真須くん筋肉見せてー!」
「悠馬くん、今度ピアノ教えてー!」
その光景を、教室の隅からギリィィッとハンカチを噛みちぎる勢いで睨みつけている男が二人。
「う、羨ましい……じゃなくて、許せねぇ。なんであのタンクトップ筋肉バカが受かって、完璧な受け答えをした俺たちが落ちるんだよ……!」
「羨ましすぎるううぅ……ってのは冗談で、アビスの暗黒に飲まれろ……! 一流企業の受付がタンクトップで立ってたら、ただのセキュリティガードマンじゃねぇか……!」
俺と氷室は、机の下で拳をワナワナと震わせていた。
悠馬の『結婚式場での高時給ピアノバイト』を見返すつもりが、まさか身内の筋肉バカまで覚醒し、完全敗北を喫することになるとは。
「「ぐぬぬぬぬぬぬ……ッ!!」」
俺たちの血の涙と、真須と悠馬の暑苦しい笑い声が交差する中、自由という名の罠に翻弄された俺たちのバイト面接編は、最悪の結末で幕を閉じたのだった。
(※ちなみに、この二人が女子たちからちやほやされるボーナスタイムは、この後の彼らの親友による自分の身を犠牲にした自爆テロなどによって一瞬で終了することになるのだが、それはまた別の話である)




