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青春はみだしカルテット  作者: たんそく
24/33

7話後編




 一通りゲーセンを満喫し、外に出ると、空はすっかり燃えるようなオレンジ色の夕焼けに染まっていた。

 駅前の広場には、家路を急ぐ学生やサラリーマンたちの長い影が伸びている。


「あー楽しかった! ねぇみんな、最後に普通のカメラで、記念写真撮りませんか~?」


 望月さんがスマホを取り出しながら、夕日を背にして提案した。


「フッ……記念撮影か。俺の出番だな。今日はやけに俺の出番が多くて困っちまうぜ……」


 待ってましたとばかりに、篠山が前に出た。

 アイツはいつの間にか、プロのカメラマンが使うような超ゴツい一眼レフカメラ(望遠レンズ付き)を首から提げていた。


「俺の『神の眼(ファインダー)』で、お前らの青春の最高の瞬間を、永遠の1ページとして切り取ってやるぜ……!」


 篠山がドヤ顔でカメラを構え、俺たちにポーズを指示しようとした、その時。


「いえ、私が撮りましょう」


 クロードが、スッと背後から篠山の手にある一眼レフを没収した。


「あ、おい! 俺のカメラ……!」

「執事たるもの、お嬢様の輝かしい青春の記録をこの手で残すのは当然の義務。それに、カメラの腕前には少々自信がありましてね。ISO感度と絞りの設定が甘いですよ、篠山」

「あ、え、あ、あいえす……?」


 クロードは手慣れた手つきでダイヤルをカリカリと回し、瞬時に夕暮れの逆光に合わせた完璧な設定を作り上げた。


「皆様、あちらの夕日を背にして、横一列に並んでください。んー……。背景にもなれない愚かな極東のサルはもう少し画面から外れて……。ええ、そのまま。お嬢様、素晴らしい笑顔です」


 はい、チーズ。

 カシャッ、カシャッ、カシャッ。

 クロードの的確な指示に従って撮られた写真は、モニターで確認すると、夕日のオレンジ色と影のコントラストを完璧に計算に入れた、まるで青春雑誌の表紙のようなプロ顔負けの素晴らしい仕上がりだった。


「わぁっ! すごく綺麗! クロードくん、写真上手だね!」


 望月さんと結衣が、カメラの液晶画面を覗き込んで嬉しそうに声を上げる。

 セシリアも「素晴らしいデスますわ! 極東での素晴らしい思い出になります!」と満面の笑みで喜んでいた。

 だが、俺はふと、カメラを構えたまま一人だけ輪の外にポツンと立っているクロードを見て、なんとなく口を開いた。


「おい、クソ執事。お前も写れよ」

「……え?」

「ずっと撮ってるだけじゃつまんねぇだろ。お前も一応、今日からうちのクラスの留学生で、『同級生』なんだからさ。ほら、カメラは篠山に任せて、こっち来いよ」


 俺が何気なくそう言って手招きすると。

 クロードは、少し驚いたように目を丸くし……そして、いつものおちゃらけた変態スマイルや、ドヤ顔のインテリヤクザのような表情ではない、ふにゃっとした、年相応の『素の笑顔』を見せた。


「……私のような、日陰の身の者が、よろしいのですか?」


 クロードはカメラをゆっくりと篠山に渡し、夕陽に照らされながら、どこか寂しそうな、それでいて酷く嬉しそうな表情を浮かべた。


「私……幼い頃から当主様に拾われ、この仕事……いえ、護衛や諜報といった『裏の世界の任務』ばかりを叩き込まれて生きてきたものでして。学校などという光の当たる場所には、一切縁がなかったのです」

「えっ……」


 結衣と望月さんが、ハッとして息を呑んだ。

 夕暮れの風が吹き抜け、クロードのプラチナブロンドの髪を美しく揺らす。


「血の匂いと、硝煙の香りしか知らないこの手が……皆様のような眩しい方々と触れ合って良いものかと、ずっと……。ですから……こうして『同世代の友人と一緒に、笑顔で写真を撮る』なんて経験……生まれて初めてなのです……っ」


 夕陽のオレンジ色の光が、彼の彫刻のような美しい顔立ちをドラマチックに染め上げている。

 初めて知る温もりに戸惑うような、儚げで寂しそうな微笑み。その瞳の奥には、確かな涙の膜が張っているように見えた。

 その破壊力たるや、凄まじかった。


「……っ!」


 結衣と望月さんの目から、ホロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「なんだよ……あんた、ずっと変態だと思ってたけど……本当は、ずっと寂しかったんじゃない……っ!」


 結衣が目元を拭いながら、鼻をすする。


「クロードくん……遠慮しないで! こっち来て! 一緒に写ろう!」


 望月さんも、ポロポロと涙をこぼしながら、ブンブンと手を振ってクロードを呼んだ。

 女子だけではない。俺たちバカな男どもの心にも、その孤独な過去は深く、深くぶっ刺さっていた。


「クロードォォォ! お前、そんな重い過去背負ってたなら早く言えよォォ!」


 真須が男泣きしながら、自慢の大胸筋を震わせて号泣している。


「フッ……光を知らぬ、闇に生きた同胞よ。今日からここが、お前の光(居場所)だ」


 氷室もカッコつけているが、普通に鼻水を垂らして涙目だった。


「お前ら……」


 俺もなんだか無性に胸の奥が熱くなり、歩み寄ってきたクロードの肩を、ガシッと力強く抱き寄せた。


「俺たちは昨日から、同じ飯を食った『ブラザー(兄弟)』だろ。遠慮すんな。ほら、真ん中入れよ」

「皆様……! ありがとうございます……ッ!!」


 クロードは感極まったように声を震わせ、両手で顔を覆いながら、俺たちの輪の中心に入った。セシリアも「クロード、本当にお友達ができて良かったデスわね!」と、我が事のように優しく微笑んでいる。


「よし、じゃあタイマーセットするぞ! 10秒前だ! 全員、最高の笑顔を作れよ!」


 篠山がダッシュで輪に戻り、全員でガッチリと肩を組んだ。


 夕暮れの駅前。

 これまで孤独な裏社会を生きてきた一人の青年が、初めて極東の地で得た『仲間』という名の光。

 全員が心の底からの満面の笑みを浮かべ、最高の絆が生まれた瞬間だった。


「はい、チーズ!!」


 カシャッ。

 シャッター音が響き、俺たちの青春の1ページは、美しく、そしてエモさ全開の集合写真として、永遠に記録されたのだった。




 ⭐︎




 ゲーセンでの熱い絆の記念撮影を終え、俺たちはオレンジ色に染まる夕暮れの駅前広場を歩いていた。


 数メートル先を、セシリアが「日本の街並みは歩いているだけで新鮮デスますわね!」とはしゃぎながら歩き、その半歩後ろを執事のクロードが静かに付き従っている。


 その光と影のような主従の後ろ姿を眺めながら、俺たち『はみだしカルテット』と女子二人は、しんみりとした、それでいて胸の奥が温かくなるようなエモい余韻に浸っていた。


「……なぁ、なんだかんだで、今日はあいつらも誘って良かったよな」


 俺が夕日を見上げながらポツリとこぼすと、隣を歩く結衣がうんうんと深く頷いた。目元はまだ少しだけ赤い。


「そうだね。クロードくん、いっつもあんなキモい変態ムーブばっかりしてるけど……貴族社会とか裏社会で生きてきて、本当はずっと寂しかったんだよね。ちょっとだけ、見直したかも」

「ええ~。初めて同世代の友達と写真を撮れた時の、あの涙ぐんだ笑顔……本当に嬉しそうでしたね~」


 望月さんも、胸の前で両手を組みながら、聖母のような優しい微笑みを浮かべている。

 女子たちだけでなく、俺たちバカな男どもの心にも、先ほどのクロードの『素の笑顔』は深く刻み込まれていた。


「深淵の底のような漆黒の孤独から、俺たちがあいつを救い出せたのかもしれねぇな……。フッ、罪深いぜ」


 氷室が前髪を払いながら、中二的な表現でカッコつける。


「あぁ、筋肉は嘘をつかねぇ。あいつのあの涙目の笑顔は、間違いなく本物だった。俺たち、少しはアイツの『青春』になってやれたのかな」


 真須も大胸筋をピクピクと震わせながら、誇らしげに空を見上げた。

 俺はフッと口角を上げ、前を歩くクロードの背中に向かって、心の中で静かに語りかけた。


(クロード……もうお前は一人じゃない。極東の地には、お前を受け入れるバカな仲間がいるんだぜ……!)


 夕暮れの心地よい風が吹き抜け、俺たちの間に最高の連帯感と、青春の輝かしい1ページが刻まれた――。


 はずだった。


「ジュルルルルルルルルルルッ!! レロレロレロォォォォォォォッ!!」

「「「「「……え?」」」」」


 突然。

 前方から、あまりにも不快極まりない、ダイソンと巨大なナメクジを掛け合わせたような生々しい水音が響き渡った。


 俺たちがギョッとして足を止め、前を歩くクロードの方へと視線を向ける。


 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 クロードは、先ほどゲーセンのプリクラ機で女子たちが撮影している裏で、結衣と望月さんに生々しい万札を握らせて強引に買い取った『セシリアお嬢様のピンのプリクラシート』を、両手で天高く、まるで聖遺物のように掲げていた。

 そして、白目をひん剥き、舌を限界まで長く伸ばし、狂ったような猛烈な勢いで、そのプリクラの表面を舐め回していたのだ。


「あぁぁっ!! レロレロ……ッ!! 素晴らしい!! 最新機種のプリクラで加工され、目がバグレベルにデカくなったお嬢様の瞳の輝き……! そしてこの印画紙から微かに漂う、現像液の匂い……! これはお嬢様からの合法的なご褒美ィィィッ!! ハァーッ、ジュルルルッ!!」

「「「「「…………」」」」」


 俺たちの感動の余韻は、強化ガラスが粉々に砕け散るように、けたたましい音を立てて崩壊した。


「えっ……おまッ……」


 俺はあまりの光景に脳が処理を追いつかず、ワナワナと震える声で尋ねた。


「お、お前……さっきの『裏社会で生きてきて友達がいなくて寂しかった』みたいな感動の過去は……!? さっき俺たちと一緒に写真撮れて、あんなに嬉しそうに涙ぐんで笑ってたじゃねぇか!!」


 俺の血を吐くような悲痛な叫びを聞いたクロードは、プリクラシートを舐めるのをピタリと止めた。

 そして、ゆっくりとこちらを振り返り。


「カーッ、ペッ」


 チンピラのように、思い切りアスファルトにエアー唾を吐き捨てた。


「ハァーッ! 友達? 同世代の絆? 青春? なに寝言を言っているのですか、そんなもの要りませんよ!」


 クロードは眼鏡をギラリと光らせ、この世の全ての悪を煮詰めたような、最高に腹立つドヤ顔で言い放った。


「私はお嬢様の付き人として、こうして『お嬢様の写真を合法的にしゃぶれる環境』さえあれば、それが最高に幸せなのですゥゥ!! ぐへへへへ!!」

「なっ……!?」


 結衣と望月さんが、絶望と嫌悪がないまぜになった顔で後ずさりした。


「じゃあ、諜報とか護衛ばっかりしてて、学校に縁がなかったってあの涙を誘う重い過去は!?」


 真須が怒りで大胸筋の血管を浮き上がらせながら叫ぶ。


「あぁ、あれですか?」


 クロードは1ミリの罪悪感も見せず、堂々と胸を張った。


「まぁ、貴族社会という裏社会で生きてきたという過去自体は事実ですし、同世代と写真を撮るのが初めてで、少し『楽しい』とは感じましたよ。あの涙目も、お嬢様の尊すぎるピンのプリクラを入手できた嬉しさと興奮が漏れ出ただけですし」

「嘘に真実を混ぜるなタチが悪い!!」

「……ですがね!」


 クロードはクワッと目を見開いた。


「お嬢様の尊さは、そんな下等な青春の6億倍素晴らしいのです! てめえら極東のサルどもが『マイナスのカス』だとしても、お嬢様の『6億倍の素晴らしさ』を掛ければ見事に帳消しになるというわけです!!」

「マイナスに6億掛けたらマイナス6億になるぞ。サルの6億倍マイナスってもはやクソ以下だろ」


 俺の冷静な算数のツッコミは、完全に無視された。


「何度言ったら分かるのですか? 息を吐くように嘘をつき、お嬢様以外を見下すのが私の性分でして」


 クロードは再び、カーッ、ペッとアスファルトに唾を吐いた。


「あ、篠山さん。さっきの集合写真、後でお嬢様の部分だけ切り取って私に送ってくださいね……まぁ、猿が映っててもいいですけどできればトリミングしてくださると使いやすいので」


 プツンッ。

 俺たち6人の脳内で、同時に理性の糸がぶち切れる音がした。


「やっぱりただのド変態じゃねーか!! 俺たちの感動と涙を返せェェェ!!!」

「お前のその汚い舌、引っこ抜いてアビスの底に沈めてやる!!」

「筋肉の怒りを知れェェェ! マッスル・ラリアットォォ!!」(筋肉は裏切らないとか言ってちょっと恥ずかしがってる)

「俺の神の眼とSDカードの容量を穢しやがってェェェ!!」

「二度と日本の地を踏めないように、ミンチにしてやるわよこのクズが!!」

「全員、総員攻撃だ!! くらえええええええッ!!」


 夕暮れの駅前広場。

 俺の渾身のドロップキックがクロードの背中に炸裂し、結衣の容赦ない右ストレートが顔面にめり込み、真須の丸太のようなラリアットが首を刈り取る。


 氷室が謎の暗黒呪文を唱えながらローキックを連打し、篠山がその無惨な惨状をカメラのフラッシュを焚きながら連写する。望月さんまでもが「不潔です!」とカバンで執事の頭をポカポカと叩きまくっていた。


「ぐはぁぁぁぁっ!! あぁっ、皆様からの容赦ない物理的暴力と罵声……!! 素晴らしい……! ありがとうございますゥゥ!!」


 歓喜の悲鳴を上げながらボコボコに蹴り飛ばされたクロードは、アスファルトを滑るように転がっていき――あろうことか、少し離れた場所に立っていたセシリアの足元、そのスカートの真下に仰向けで滑り込んだ。


「お、おおおッ……!! これは……絶景……ッ!! 神よ……!!」


 スカートの中をモロに下から覗き込み、鼻血を噴き出しながら恍惚の表情を浮かべる変態執事。


「ちょっと!? なにを覗いてますの!?」

「ぐふぅッ!?」


 顔を真っ赤にしたセシリアの容赦ない蹴り上げが、クロードの顎にクリーンヒットした。

「お、お嬢様からの……直接の、ご褒美……最高、デス……」


 白目を剥いたクロードは最後にそう言い残し、幸せそうな笑みを浮かべたまま完全に気を失った。


「はぁ……皆様、本当に仲良しデスますねぇ!」


 セシリアだけが、足元に転がる死体(執事)と地獄絵図を見て、天使のように微笑んでいた。

 こうして、俺たち『はみだしセクステット(+2名)』の、カオスすぎる極東の青春は、救いようのないオチと共に幕を閉じたのだった。

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