7話前半
委員長の栞が「これ以上変なことを教えないように」と念を押し、俺たちに揶揄われて顔を真っ赤にしながら塾へと走り去った後。
残された俺たち『はみだしカルテット』の4人と、セシリア、クロード、そして結衣と望月さんの計8人は、放課後の定番スポットである駅前の大型ゲームセンターへと向かっていた。
「わぁっ! これが極東のアーケード・ゲームセンターですのね! ネオンがキラキラしてて、まるで宝石箱みたいデスますわ!」
セシリアは初めて見る日本のゲーセンの喧騒と眩しい照明に、目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。
「ふふっ、セシリアちゃん、中に入る前に、まずはあそこのクレープ屋さんで何か食べない?」
望月さんが優しくエスコートし、全員でゲーセン前のクレープ屋に並んだ。甘い匂いが漂う中、セシリアは一番トッピングが豪華な『ストロベリーチョコバナナ・メガ盛りクリーム』を注文した。
数分後。
「ん〜っ! イチゴの酸味と生クリームの甘さが絶妙デスわ! 極東の庶民のチープなスイーツ、侮れませんわね!」
セシリアが顔をほころばせてクレープを完食する。
「……なぁ、なんか今、言葉にすげぇトゲがなかったか? 『チープ』とか。これもお前が仕込んだのか?」
俺がジト目でクロードを睨むと、彼はインテリヤクザのように眼鏡を押し上げながら首を横に振った。
「いえ、これは結構『素』ですね。お嬢様はこれまで、超一流の専属パティシエが作るような良いものしか食べてきませんでしたので。……多分本心から褒めているの上での発言ですよ」
「あ、そう……」
悪気のないナチュラルな上から目線。本物の貴族って恐ろしい。
「ごちそうさまデスます!」
セシリアが綺麗に畳んだ包み紙を近くのゴミ箱へ捨てようと手を伸ばした――その時だった。
「……ッ!!」
シュババババババッ!!!
突然、俺たちの横を黒い燕尾服の残像が通り抜けたかと思うと。
執事のクロードが、ゴミ箱の前に音速でスライディングし、セシリアの手から離れて重力に従い宙を舞っていた『クレープの包み紙』を、地面すれすれのダイビングキャッチで奪い取ったのだ。
「セーーーフッ!!」
「えっ」
そしてそのままアスファルトをゴロゴロと転がりながら、クロードは狂ったように包み紙を顔面に押し当てた。
「レロレロレロォォッ!! ジュルルルッ!! ハァーッ!! お嬢様の尊い唾液が染み込んだ生クリームの甘い残り香……!! これをゴミ箱になど捨てさせるものですか! 私が屋敷に持ち帰り、真空パックにしてジップロックに包み、家宝として神棚に飾りますゥゥ!!」
「「ヒィッ……!!(ドン引き)」」
結衣と望月さんが、悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。
「お前!! 街中で何してんだよ!! 完全に事案だろ!! 警察呼ばれるわ!!」
俺が全力でツッコミを入れるが、クロードは包み紙を大切そうに懐(心臓に一番近い内ポケット)にしまい込み、「ふぅ、危うく国宝を失うところでした」と涼しい顔で立ち上がった。
一方のセシリアは、ドン引きしている俺や結衣たちを見て、不思議そうに小首を傾げていた。
「皆様、どうしましたの? クロードはいつも屋敷でああやってわたくしのゴミを回収しておりますが、極東では何かおかしいことなのですますか?」
「屋敷でもやってんのかよ!! 本当にこの主従は終わってるな!!」
気を取り直して、俺たちは電子音と爆音が鳴り響くゲーセンの店内へと足を踏み入れた。
「Oh! あの箱の中に入っている奇妙な顔のウサギのぬいぐるみが欲しいデスます!」
クレーンゲームのコーナーで、セシリアがある景品を指差した。
「任せて! 私、クレーンゲーム得意だから!」と結衣が100円玉を投入してアームを操作するが、景品は無情にもアームからすり抜けて元の位置に転がってしまった。「あちゃー、重心が偏ってるみたい」と結衣が苦笑いすると、クロードがスッと前に出た。
「お下がりください。標的の重心を瞬時に見極め、頸動脈(タグの隙間)に正確な一撃を差し込むのは、我々裏社会の人間にとって基本中の基本です。こうやってですね――ターンッ!」
クロードがドヤ顔でレバーを弾き、スタイリッシュにボタンを叩いた。
ウィィィン……スカッ。
アームはぬいぐるみの遥か横の空気を掴み、虚しく元の位置へ戻っていった。
「全然アーム合ってねーじゃねえか!! どこが裏社会の基本だよ!!」
俺が馬鹿にして笑うと、横から篠山がスッと前に出た。
「フッ……神の眼を持つ俺には、景品の落ちる未来が見えるぜ」
篠山が100円玉を入れ、熟練の動きでレバーを操作する。アームは絶妙な角度でぬいぐるみの重心を捉え、見事に一発で落下口へと葬り去った。
「おおー!」
「やったー! ありがとうございますわ!」
ぬいぐるみを抱きしめたセシリアが、満面の笑みで篠山に向かって深々と頭を下げる。
「ありがとうデスますわ! えと……。ぺっ……この童貞野郎。粗チンの癖にチン騎士気取りデスますか?」
「「「「ブハッ!!wwwww」」」」
俺たち青春カルテットとクロードは、腹を抱えて爆笑した。
「おいクロード!! またおまw、とんでもない日本語仕込んでただろ!!」
結衣が激怒してクロードの胸倉を掴むが、当の篠山は「フッ、お嬢様に粗チンと呼ばれるのも悪くない……」となぜかドヤ顔を決めていた。完全に末期だ。
一方、フロアの奥にある対戦格闘ゲームのコーナーでは、完全に出来上がった『オタク同盟』が異常な熱気を放っていた。
「甘いぜクロード! 俺の使う筋肉キャラクターのスーパーアーマー判定を舐めるなよ!! 大胸筋バスターだ!!」
真須が筐体のレバーをガチャガチャと激しく揺らしながら叫ぶ。
「フッ、筋肉などただの飾りです! 私の愛用する『魔法少女プルルン(6歳)』の、起き上がり3フレームの無敵時間からの確定反撃コンボを喰らいなさい! くらえ、マジカル・ステッキ・エクスプロージョン!!」
燕尾服姿のクロードが、プロゲーマー顔負けの恐ろしい指さばきでレバーとボタンを弾きまくる。画面上では、筋骨隆々の大男が、魔法少女のステッキでボコボコにされて宙を舞っていた。
「うおおおッ! 筋肉がァァ!!」
「お前の負けだ真須! 次は俺の『重装機兵メタル・ブラッド』が相手だクロード! 俺の神の眼(動体視力)で、お前の魔法少女の弾幕を全て見切ってやる!!」
篠山が乱入し、再び白熱のオタクバトルが始まった。
「あの作画崩壊した第14話の動きを再現したような私の変則ステップに、ついてこられますか!?」とクロードが煽り、筐体の前は完全に異次元の空間と化していた。
「セシリアちゃん、あっち見ちゃダメよ。バカがうつるから」
結衣が呆れたようにため息をつき、セシリアの目を両手で塞いでいた。
その横の音楽ゲームコーナーでは、氷室が一人でドラム型の筐体に向かっていた。
流れている曲は明るいJ-POPのアイドルソングなのだが、氷室は「テンポが遅すぎる……。こんなハッピーなBPMに、俺のビートは刻めねぇ!!」と叫びながら、勝手にツーバスを踏むような超高速のデスメタルリズムで太鼓を乱れ打ちし、見事に全ノーツを外してゲームオーバーになっていた。
「文句言う割にへったくそだな!!」
「ちょっと、ただうるさいだけじゃないのよ!! へったくそね!!」
俺と結衣が容赦なく煽る中、望月さんだけがパチパチと拍手をして微笑んだ。
「ふふっ、氷室くん、すごく力強くてかっこよかったです! 大丈夫ですよ、次はきっとクリアできます!」
「おっふ……ッ」
望月さんの聖母のような応援に、氷室はらしからぬ情けない声を出して、頬を真っ赤に染めて照れていた。
男たちがバカみたいに騒いでいる間、セシリア、結衣、望月さんの女子3人は、最新機種のプリクラコーナーへと向かっていた。
「プリクラ! 噂には聞いておりましたわ! 中で絵画が描かれる魔法の箱デスますね!」
「絵画じゃないけど、まあ似たようなものかな。一緒に入ろ!」
結衣と望月さんがセシリアの手を引いてカーテンの中に入ろうとする。
当然のごとく、クロードがスゥッと後ろからついて行こうとしたが、俺と結衣で全力でブロックした。
「クロードくんは入ってこないでよね! 女子だけの秘密なんだから!」
「お、お嬢様の身に危険が及ぶやもしれません! 私はただ、中から護衛を……ッ!」
「ゲーセンのプリクラ機の中に暗殺者が潜んでるわけねぇだろ! お前は外で待ってろ!」
俺がクロードの襟首を掴んで引き剥がす。クロードは「くっ……お嬢様の加工された瞳……至高のアートが……」と血涙を流しながら外で待機させられた。
しかし、この時俺たちは気づいていなかったのだ。
女子たちがキャッキャと撮影を楽しんでブースから出てきた後、クロードが隙を見て結衣と望月さんに接触し、生々しい万札を握らせて「どうかお嬢様のピンのプリクラシートを私に……ッ!」と裏取引(買収)を行い、まんまと現物を手に入れていたことに……。




