6話後半
* * *
そこから、俺たちの異常なプロデュース活動が始まった。
「いや、セシリア! ガニ股の角度が甘い! もっと大地を深く踏みしめるように腰を落とせ!」
「アヘ顔の時、もう少し舌を右下に出したほうが狂気が伝わるぜ!」
「スカートの捲り上げは、絶対領域の黄金比を意識するんだ!! そのラインだ、そこをキープしろ!!」
ああでもない、こうでもないと激しい議論を交わし、セシリアのポージングや発声のタイミングに細かな修正を入れていく。俺たちの持つ最低な知識と技術が、一人の純真な公爵令嬢に惜しみなく注ぎ込まれていった。
そして、十数分の特訓を経て――ついに、全てのモーションが完璧に噛み合った。
「よし、お嬢様! 最後まで通してみよう!」
俺が謎のプロデューサー目線で叫ぶ。
セシリアはスゥッと息を吸い込み、腰をリズミカルにカクカクと前後に揺らしながら、限界のガニ股を作った。
同時に、白目を剥いて舌を出す完璧なアヘ顔をキープ。
片手で陽気なピースサインを掲げ、もう片手で制服のチェックのスカートを、見えてはいけないギリギリのラインまでグワッとたくし上げながら、天使のソプラノボイスで叫んだ。
「極東のォォォォ!!!」
そして最後に、限界のガニ股の姿勢のまま、空高くウサギのようにジャンプし。
「猿どもォォォォ!!!」
咆哮と共に、空中で両手の中指をバッチリと突き立ててみせた。
ドスーンッ!!
無駄に綺麗なフォームで着地を決め、アヘ顔のまま、なぜか誇らしげなドヤ顔(?)を決めるセシリア。
俺たち4人のクソみたいな悪ノリが全て融合した、取り返しのつかない次元の『極東式・最上級の挨拶』が完成した瞬間だった。
「「「「…………」」」」
静まり返る教室。
そこにあるのは、来週の全校集会で確実に引き起こされるであろう、この世の終わりみたいな最悪の放送事故(予定)のビジョン。
だが。
「「「「……き、決まったァァァ!!!」」」」
俺、真須、氷室、篠山、そしてクロードの5人は、謎の凄まじい達成感と共に一斉に立ち上がり、割れんばかりのスタンディングオベーションを送っていた。
「ブラボー!! お嬢様、最高のエロスでした!!」
「完璧だ! これで極東の猿どもも全員イチコロだぜ!!」
「胸が震えるほどの最高のパフォーマンスだぜ!!」
「ふふっ、皆様にここまで喜んでいただけて、わたくし光栄デスわ!」
セシリアがスカートを握りしめ、アヘ顔を解除して嬉しそうに微笑む。
俺たちは肩をガッチリと組み合い、一つの芸術(地獄)を創り上げた達成感から、謎の熱い涙を流して歓喜に沸いていたのだった。
「よし! 本番に備えていろんなパターンを想定してみよう」
「分かりましたわ! 任せてください! 極東のォォォォ!!! 猿どもォォォォ!!!」
金髪碧眼の公爵令嬢による、完璧なガニ股、アヘ顔、ダブルピース、パンチラ寸前のスカート捲り上げ、そして両手の中指突き立てジャンプ。
俺たち5人の男(カルテット+執事)が、その完成された『地獄の挨拶(放送事故)』に感動の熱い涙を流し、肩を組んで割れんばかりの拍手を送っていた、まさにその瞬間だった。
ガラッ……。
「ちょっとゆうm……結城くん? 神崎先生がホームルームのプリントを……って、えっ?」
不意に教室の後ろのドアが開き、たまたま通りかかった幼馴染の結衣、委員長の栞、そして望月さんの女子3人組が姿を現した。
「「「「「あ」」」」」
俺たちの歓喜の動きが、ピタリと止まった。
教壇の上では、セシリアがアヘ顔とガニ股のポーズをキープしたまま、空中でピタッと静止している(ように見えた)。
「…………」
数秒の重苦しい沈黙。
結衣、栞、望月さんの3人の顔から、スッと一切の感情が消え失せた。
その瞳に宿っているのは、シベリアの永久凍土よりも冷たい『絶対零度』の軽蔑。あるいは、生ゴミを見るような視線だった。
「……あんたたち。はみだし、いえ、ゴミムシカルテットが……。留学生に、何やらせてんのよ」
結衣の底冷えするような低い声が、夕暮れの教室に響き渡った。
その声に気づいたセシリアが、パッと顔を輝かせて胸を寄せて見せつけるような仕草をしながら結衣の前に歩み寄った。
「ああっ、あなたが結衣さんデスね! 悠馬さんたちから『結衣さんに対する、愛と親しみを込めた最高の挨拶』を教わりましたわ!」
セシリアは自信満々に胸を張り、一点の曇りもないキラキラとした笑顔で、高らかに言い放った。
「……?」
「――さぁ、聞いて感動するがいいですわ! この、愛すべき『ぺったんこ野郎』!」
ピキッ……。
教室の温度が一瞬で絶対零度まで下がり、結衣のコメカミに太い青筋が浮かび上がった。
「ひぃ……ッ」
「ち、違うんだ結衣! 誤解だ! 俺たちが教えたのは日本の伝統的なエロスと、深い敬意を融合させた最先端のジャパニーズ・カルチャーの方で――!」
「まとめて死ね。変態ども」
「ぐはぁッ!?」
必死の弁明を試みた俺の鳩尾に、結衣の容赦ない右ストレートが深くめり込んだ。
さらに結衣は、流れるような無駄のないモーションで横にスライドし、「地獄ゥ!」とまだ叫んでいた氷室の顎に死角からのアッパーを叩き込む。そして、ガッツポーズのまま固まっていた真須と篠山の顔面に、双龍のごとき左右の平手打ち(ダブルビンタ)を炸裂させた。
ついでに、すれ違いざまに俺の顔面をもう一度殴り飛ばしながら。
「……バ、バカな……この俺が、動きをまったく捉えられなかっただと……!?」
「イッタアッー!?」「いだいっ!」
「俺の筋肉がァァ!!」「なんで俺だけ2回っ!?」
白目を剥いて床に沈みゆく氷室が、驚愕の声を漏らす。
ものの数秒で、俺たち『はみだしカルテット』改めて『ゴミムシカルテット』は、結衣という名の暴君ただ一人の手によって、教室の床に無惨に転がされた。
「セシリアさん。こいつら人間のクズが吹き込んだ戯言は、今すぐ脳内から完全にデリートしてください。ただのウィルスです」
「えっ? でも、中指を立てるのは最大の友愛で、アヘ顔は礼儀の最上級だと……。そして結衣さんは『ぺったんこ』という言葉に誇りを持っていると……」
「ふぅ……。セシリアさんは悪くない……そう、クソアマ……じゃなくてセシリアは悪くない。よしっ!おい悠馬ぁっ! てめぇのバイク、メルカリでネジ1本残さずバラ売りしてやろうかぁっ!!? あぁ!?」
「や、やめろぉぉぉっ! 俺の相棒だけはぁぁぁっ!!」
「「「ひ、ひぃっ……は、般若……!」」」
「誰が貧乳だっ!!」
「「「え!? あ、いや、俺たちみたいなゴミムシは何も言ってません!!! あ、強いて言えば、悠馬が裏でよく言ってます!!」」」
床にうずくまる俺の悲痛な叫びも、親友たちからの鮮やかな裏切りも空しく。
もはや般若という言葉を貧乳と聞き間違えてしまう結衣は完全にブチギレた修羅の形相で俺の胸ぐらを掴み上げ、前後にガックンガックンと激しく揺さぶった。
「2度はねぇぞ? 笑ってられるのは今だけだからな?」
「は、はい!!! 2度と、絶壁とか、胸がない事とかバカにしませんっ!」
――あ、やべ。
失言に気づいた瞬間、結衣の瞳から最後の理性が「パチン」と弾け飛ぶ音がした。
完全に息の根を止めるべく、結衣が拳を高く振り上げたその背後で。
「全部ウソです。というか、そんなこと全校集会でやったら一発で退学になります。いいですか、日本の正しい挨拶というのはですね……」
「なんと!? わ、わたくし、あやうく極東の地で取り返しのつかない大罪を犯すところでしたわ……!」
セシリアは両手で口を覆い、ガーンと効果音がつきそうなほどショックを受けていた。
見かねた女子2人が、物理で俺たち男どもを完全に黙らせた後、そのまま教壇に上がってセシリアの『正しい日本語特訓』を引き継ぐことになった。
それから数十分後。
「こ、ここはどこ? 悠馬は、誰?」
「おう。元気そうだな。お前の名前はゴミムシだ。お前には、防具なし・初期装備の『木の棒』一本だけで、凶暴なモンスターがうようよいるダンジョンの最下層に特攻して、俺が逃げるための肉盾になってもらう。これからよろしくな」
「そうか……。肉盾になるゴミムシ! これからよろしくな」
「テメェが肉盾になるゴミムシってんだろ」
「そうか!! ゴミムシ! よろしくな!!」
教室の後ろで、なぜか女子たちの手によって丈夫な縄でぐるぐる巻きの簀巻き状態にされ暇になった俺たちを尻目に。徹底的な矯正を終えたセシリアが、再び教壇の前に立った。
「よし、セシリアちゃん。さっき教えた通りにやってみて?」
結衣が優しく促すと、セシリアはコクリと頷いた。
そして、スカートの裾を両手で上品にちょこんと摘み。
少し恥ずかしそうに上目遣いでモジモジしながら、白く透き通るような頬をほんのりと桜色に染めて、静かに口を開いた。
「きょ、今日は、よろしくおねがいしますです……っ」
ペコリと、天使のように可憐なお辞儀。
「「「「か、可愛ええええええええええッ!!!」」」」
縄で縛られて暇そうに床に転がっていた俺たち男4人は、その凄まじい破壊力の『王道ギャップ萌え』に撃ち抜かれ、心臓を押さえて悶絶した。
さっきまでのガニ股アヘ顔からの、この清楚系お嬢様ムーブ。落差が激しすぎて脳が焼き切れそうだ。
「うんうん! すっごく可愛いよ!」
望月さんも手を叩いて絶賛する。
俺はふと気になって、横に突っ立っているクロードに尋ねた。
「なあ、挨拶は完璧になったけど、あの『よろしくおねがいしますです』って、語尾に『です』が付いてるのちょっとおかしくないか?」
「いえ、別に構いませんよ」
クロードはインテリヤクザのように眼鏡を押し上げながら答えた。
「日本語として多少変ではありますが、間違いではありません。『です』か『ます』のどちらかを出しゃばらせておけば、日本ではとりあえず丁寧な人だと思われると教えましたので。……それに、お嬢様は時折、放送禁止レベルの暴言を無邪気に放たれます。あの狂気じみた言葉を少しでもマイルドに薄めるためには、流暢な日本語を喋られるよりも、『日本語に不自由している外国人』という免罪符を残しておいた方が、後々都合が良いのです」
「お前がわざと吹き込んだくせに、おめーが言うなよ」
俺は縄で縛られたままジト目でツッコミを入れたが、クロードは「リスクヘッジは執事の基本です」と悪びれもしなかった。
まあ確かに、先ほどの『ファッキン・ガニ股・アヘ顔』の惨状に比べれば、語尾が少しおかしい程度の問題など、もはやチリのようなものだった。
全員が「可愛い!」「完璧だ!」とセシリアを絶賛し、教室中が温かい空気に包まれていた。
だが、ただ一人だけ。
執事のクロードだけが、なぜか「スンッ……」と、一切の感情を失った真顔で無反応を貫いていた。
「おい、クロード。お前のお嬢様、めちゃくちゃ可愛くなったぞ。なんか反応しろよ」
俺が小突くと、クロードは死んだ魚のような虚無の目で俺を見た。
「……可愛い? それの何が素晴らしいのですか? 暴言も、暴力も、あられもないエロスも消滅した……ただの『まともな挨拶』など、私にとっては一文の価値もないゴミ同然です。スンッ……」
「お前マジで終わってんな!! どんだけドMの変態なんだよ!!」
俺がドン引きしていると、委員長の栞が腕時計をチラリと確認した。
「さて、私はこれから塾がありますので、これで失礼しますわ。……あなたたち、これ以上セシリアさんに変なことを教えたら、次は窓からグラウンドに投げ捨てますからね?」
栞が冷たい声で念を押しながら、結衣に目配せをして俺たちの縄をほどいた。
「「「「はい、すいませんでした! 昭和の合コンマニュアルなんてもう出しません!!」」」」
「く、くうううう!!!!」
解放された俺たちは、床に正座して深く頭を下げ、顔を真っ赤に走り去っていく栞を笑顔で見送った。
残された俺たちが帰り支度を始めていると、セシリアがトコトコと結衣と望月さんの前に歩み寄った。
「高梨さん、望月さん。今日は正しいご挨拶を教えてくれて、本当にありがとうデスます!」
「ううん、いいのよ。あんなバカどもの言うこと、もう信じちゃダメだからね」
結衣が笑いかけると、セシリアはニコッと満面の笑みを浮かべ、右手を胸の前でギュッと固く握りしめた。
「はい! お礼と言ってはなんですが……今度、お二人まとめて大根でふぁっくしてあげますね!!」
「「…………えっ?」」
結衣と望月さんの動きが、ピタリと凍りついた。
『大根でファックする』。
意味不明というか、要するに「大根を使って犯すぞ」という極めて直接的かつ猟奇的なエロスの宣言である(セシリア本人はもちろん知る由もないが)。とにかく、ヨーロッパの公爵令嬢が日本の女子高生に向けて、満面の笑みで放っていい言葉ではないことだけは確かだ。
「セ、セシリアちゃん……それ、誰に教わったの……?」
「クロードデスますわ! 日本の同年代の同性の友人に、最大の感謝と親愛を込めてご奉仕する言葉だと!」
結衣は青ざめた顔でセシリアに歩み寄り、彼女の耳元でゴニョゴニョと『その言葉の本当の意味』を教えた。
すると、みるみるうちにセシリアの顔が、茹でダコのように真っ赤に染め上がっていくのが分かった。
プルプルと肩を震わせ、彼女はゆっくりと背後を振り返った。
「ク……クロードォォォォォォ!!」
ドゴォォォォンッ!!
セシリアの華奢な腕から放たれた、全体重と恥じらいと殺意を乗せた全力の右ストレートが、クロードの顔面にクリーンヒットした。
「ぐはぁッ!?」
床に数メートル吹き飛び、壁に激突するクロード。
「あ、あれ……? クロード、凄く良い言葉だって……」
セシリアが自分の拳を見て涙目でワナワナと震えていると。
床に倒れたクロードが、鼻血をタラタラと垂らしながら、ゾクゾクと全身を痙攣させて立ち上がった。
「ハァーッ!! 素晴らしい!! 極上の暴言からの、顔面への理不尽な物理的暴力……!! あぁっ、これです、これこそが私の求めていた最高の報酬……ッ!! 私の心は今、満たされました! お嬢様、ありがとうございますゥゥ!!」
満面の笑みで歓喜の涙を流し、血まみれの顔でセシリアの靴にすり寄ろうとする変態執事。
「「「「お前はもう一生殴られてろ!!!」」」」
ドM執事の底なしの業の深さに、俺たちの怒号が虚しく夕暮れの教室に響き渡ったのだった。




