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青春はみだしカルテット  作者: たんそく
19/33

4話

 地獄の校内案内を終えた俺たちは、職員室に戻り、担任の神崎に無事(?)ミッションが完了した旨を報告した。


「ご苦労だったな。……あ、ついでにお前らに伝達事項だ」


 神崎がコーヒーをすすりながら、思い出したように口を開いた。


「まだ日程が確定してないが、おそらく来週、学校の歓迎イベントで、全校生徒に向けて留学生が『一芸披露』と『スピーチ』をする場が設けられてるんだ。お前ら、そのスピーチの原稿作りと練習、手伝ってやれ」

「はぁ!? なんでまた俺たちが!」


 俺が顔を引き攣らせて抗議すると、神崎は微塵も揺るがない冷徹な瞳で俺たちを射抜いた。


「どうせお前ら、暇だろ? それに……慣れない異国で困ってる同級生の女子の頼みを断るのか? そんな甲斐性なしの男は、一生モテないぞ?」


「「「「うっす!! 是非俺たちにやらせてくださああああい!!」」」」


 モテない男の急所を的確に突かれ、俺たち『はみだしカルテット』は食い気味に即答した。完全に神崎の奴隷として調教されつつあった。


「(ふっ、バカで扱いやすい奴らだ)」と、神崎が小声で笑ってやがるのが聞こえたが、あえて無視した。


「スピーチ……。わたくし、日本の大勢の生徒の前で喋るのデスか。少し緊張するマスわね」


 セシリアが少し不安そうにツインテールをいじると、神崎が「一芸の方は何にするんだ?」と尋ねた。


「一芸なら問題ありませんわ! わたくし、歌を歌うのが得意なのデスます! 故郷でもよく聖歌隊に――」

「そうか、じゃあ一芸は『歌』で決定な」と神崎が頷き、ふと横で無関心な顔をしている燕尾服の男を見た。「ちなみに知らん顔してるけど、クロード、貴様もやるんだぞ」

「……え、マジすか?」

「当たり前だろ。お前も一応留学生枠なんだからな。スピーチの内容は、放課後お前らで適当に相談しとけ。解散!」


 強制的に話をまとめられ、俺たちは職員室を追い出された。


「かーっ。お嬢様の靴下が溜まってきてると言うのに。はぁ。これだから極東の猿は……」

「……お、おう」

「……とりあえず、どっかでスピーチの打ち合わせするか」


 俺がため息をつきながら言うと、隣で真須が腹の音をグーッと鳴らした。


「俺、もうお腹減って大胸筋が萎みそうなんだけど。駅前のファミレス行かねぇ?」

「ファミレス? ファミリー・レストランのコトですわね! わたくし、日本の庶民の味に興味があるですマスわ! クロード、車を出しなさい!」


 セシリアが指を鳴らすと、クロードが「御意」と優雅に一礼した。

 ちなみに、セシリアのこの妙な『ですマス』口調は、クロードから「日本では語尾に“です・ます”と付けるのが礼儀というのですよ」と適当な教育を受けた結果らしい。


 数分後。

 学校の正門前に横付けされたのは、どう見ても高校生の通学用ではない、黒塗りの超ロングな『最高級リムジン』だった。


「お、おい……マジでこれに乗るのか……?」

「すげぇ、革張りのシートだ……。庶民のファミレスに行く車じゃねぇよ……」


 俺たちカルテットがガクガク震えながらリムジンの後部座席に乗り込むと、車は滑らかに走り出した。


「ふふっ、遠慮しないでくつろいで下さいね」


 セシリアが優雅に足を組み、ふと窓の外の景色を見るために席を少し移動した――その時だった。


「…………スゥーッ!! ハァーッ!!」

「えっ?」


 俺たちが振り返ると、セシリアが先ほどまで座っていた革張りのシートに、執事のクロードが顔を擦り付け、狂ったように深呼吸をしていた。


「あぁっ……! お嬢様が座られていたシートに残る、仄かな温もり……! そしてこの、極上の革から微かに立ち上る、お嬢様の太ももの芳醇な香り……! たまりません、ハァーッ!!」

「この変態執事!! 車内で何してるますデスか!!」


 セシリアは顔を真っ赤にしてブチギレると、走行中のリムジンの窓を全開にし、クロードの襟首を掴んで――。


「えいっ!」


 窓の外へ、容赦なく執事を投げ捨てた。


「「「「ええええええええっ!?」」」」

「ぎやあああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!(アスファルトを凄まじい勢いで転がる音)」


 俺たちは開いた窓から身を乗り出し、時速50キロで走行する車から投げ出され、後方の道路を凄まじい勢いで転がっていく燕尾服の男を絶望的な目で見送った。

 遠くから『だずげでえええぇ』と言う悲鳴が聞こえてくる。


「お、おい!! 流石に死ぬぞ!! 走行中の車から投げ捨てるとか、殺人未遂だぞ!!」

「大丈夫デスわ。クロードは頑丈ですから」

「頑丈とかそういう問題じゃねぇよ!! 国際問題になるわ!!」


 俺の悲鳴をよそに、セシリアは優雅に紅茶(リムジン備え付け)をすすっていた。

 パニック状態のまま、俺たちを乗せたリムジンは駅前のファミレスに到着した。


「はぁ、はぁ……救急車、呼ばないと……」


 俺が冷や汗を流しながらファミレスの入り口のドアを開けた、その時だった。


「お待ちしておりました、お嬢様。と、極東の薄汚い愚民の皆様。皆様の席はすでに確保してございます」

「「「「ファッ!?」」」」


 そこには、燕尾服に一ミリの乱れもない、無傷のクロードが優雅にお辞儀をして待っていた。


「な、なんで!? なんで走行中の車から道路に捨てられたお前が、俺たちより先にファミレスに到着してんだよ!! 分身か!? それともワープでもしたのか!?」


 俺が指をさして絶叫すると、クロードは涼しい顔で懐から一枚の紙切れを取り出した。


「いえ、普通にタクシーで来ました。運転手さんに『前のリムジンを追ってくれ!』とチップを弾んだら、裏道を駆使して追い抜いてくれまして。……お嬢様、こちらタクシー代の領収証です」

「ええ、ご苦労様デスますわ」


 セシリアは「当然のこと」のように真顔で領収証を受け取り、自分の財布にしまった。


「なんで真顔で経費精算してんだよ!! というかリムジンあるのになんでタクシー代払ってんだよ!! お前らの主従関係バグりすぎだろ!!」

「……? 経費は精算するものなのではなくて? クロードの新作ゲームの代金やアプリの課金代なども、色々経費として当主様パパの口座から出してますデスし」

「クロードお前!! お嬢様の世間知らずにつけ込んで何してんだよ!!」


 俺が詰め寄ると、クロードは露骨に「フンッ」とそっぽを向いて口笛を吹いた。

 店内に入ると、クロードが案内した席を見て、俺たちは言葉を失った。

 そこには、2人掛けの向かい合わせのソファー席と、通路を挟んだ床の直塗りの上に『座布団が4枚』敷かれていた。


「なんだこれは?」


 俺が尋ねると、クロードは澄ました顔で答えた。


「日本人は地べたに這いつくばるのが好きなのでは? ですから、皆様のためにわざわざ用意しておきました」

「「「「国際問題にしてやろうかぁぁぁ!!テメェ窓から投げ捨ててやんぞっ!!!!!」」」」


「俺たち極東の人間を舐めてんのか! 俺の筋肉で圧死させてやるっ! 国に生きて帰れると思うな!!」

「その足もいで一生この座布団から立てなくして魚の真似してますって呟いて炎上させてやろうかーー!!」

「お前のその俺の次に整った顔面、アスファルトで大根おろしにしてやろうかァ!! 川で臓物洗濯してやんぞっ!!!」

「「「いや、お前、いくらなんでもそれはない」」」


 俺たちカルテットがブチギレて詰め寄ると、クロードは「フフッ、冗談です。騒がしい人たちですね」と、怒られているのになぜか少し嬉しそうに微笑んだ。ドMかこいつは。

 気を取り直して、俺たちは普通の6人掛けのボックス席に移動し、ドリンクバーで飲み物を確保して、本題のスピーチについて話し合いを始めた。


「まあ、セシリアはうちの特進クラスに留学してくるくらいなんだから、学力は高いんだろ? そのヤベー日本語さえ封印すれば、スピーチの原稿くらい自分でそれなりのこと書けるんじゃないか?」


 俺が言うと、セシリアはふんぞり返って、堂々と胸を張った。


「ええ! わたくしたち、絶望的なバカなんデスます!!!!!」

「なんでそんな満面の笑みでカミングアウトしたんだよ!?」


 予想外すぎる返答に、俺は思わずむせた。


「いや、バカって……うちの学校、留学生枠でもそれなりに学力のハードル高いはずだぞ!? どうやって入学したんだよ!」


 俺が尋ねると、隣でクロードが優雅にメロンソーダをストローで吸いながら答えた。


「これですよ」


 クロードは親指と人差し指で丸を作り、『お金』のジェスチャーをした。


「お金と、由緒正しき家柄。それさえあれば、極東の高校の留学枠など余裕で買えます。これが国立となると流石に裏でゴニョゴニョする必要があるんですけどね」

「闇が深い!! 日本の教育機関の腐敗を堂々と暴露するな!!」


 俺が頭を抱えていると、クロードは「あ、誤解なきよう言っておきますが、私は頭良いですよ?」と付け加えた。


「えっ? クロード、あなたもわたくしと同じぐらいバカでしょう!? 補習で一緒に赤点取って笑い合った仲じゃないデスますか!」


 セシリアが心外だというように言うと、クロードはフッと鼻で笑った。


「私は普通に自力で合格しました。というか、留学生の枠は『お嬢様の枠』と『もう一つの枠』の2枠しかなく、私はその最後の1枠を、死ぬ気でもぎ取ったのです」

「死ぬ気で……?」

「ええ。文字通り、死ぬ気で。お嬢様から片時も離れず、この極東の地までしがみついていくという執念だけで、血反吐を吐きながら留学のための試験をトップで通過しました。そもそも私の育ての親が日本人ですから、日本の言語や文化には馴染みがあるんですよ」

「あぁ……(恐怖)」


 執事の狂気じみた執着心(ストーカー気質)とハイスペックぶりに、俺たちは一斉にドン引きした。


「ええ……本当に辛い日々でした……」


 クロードは遠い目をしながら、しみじみと語り出した。


「お嬢様と同じ高校に通うため、私は最大の娯楽を断ち切ったのです。……そう、大好きな『日本の深夜アニメ』を絶ってFPSと勉強に打ち込む日々は、まさに地獄でした」

「FPSはしてたんかいっ!」

「……ん?」


 その言葉に、ピクッと反応した男がいた。

 カメラ男の篠山だ。


「お前……今、深夜アニメって言ったか?」

「ええ。言いましたとも。私は特に、女児向け魔法少女モノと、熱血ロボットアニメをこよなく愛しております。最近の推しは『魔法少女プルルン(6歳)』ですが、何か?」

「……ッ!! ブラザー!!」


 篠山がガタッと立ち上がり、クロードと熱い握手を交わした。


「まさかこんな極東の地で、プルルンの良さを語れる同志に出会えるとは!! あれはただの女児向けじゃない、大人の心に刺さる深いテーマがあるんだよな!!」

「その通りです! 第12話のプルルンちゃんの涙のシーン、私は屋敷で号泣しました!!」

「お、おい待てよ」


 さらにそこに、真須が身を乗り出してきた。


「お前、熱血ロボットアニメも好きって言ったよな? まさか『機動巨神マッスル・カイザー』も見てるのか?」

「愚問ですね。あの筋肉と鋼鉄がぶつかり合う汗臭い展開、全話Blu-rayで所持しております!」

「……お前、最高じゃねぇか!! 俺の筋肉(大胸筋)も歓喜してるぜ!!」

「「「うおおおおおっ!!」」」


 なんと。

 変態執事のクロードが『重度のオタク』であったことが判明し、篠山と真須と完全に意気投合してしまったのだ。


「私もあなたたちのこと、勘違いしてました」


 クロードが、心底嬉しそうに眼鏡を押し上げながら言った。


「てっきり、ただの極東のやかましい不細工気狂いイエローモンキーカス田舎雑魚アホジャップ野郎だと思ってたんですけど……ただの基地外でしたね!! 最高の褒め言葉です!」

「おん? おうよ! どっちが真のオタクか、朝まで語り明かそうぜ!」

「なんかとんでもないこと言われてる気がするけどいいんか?」


 3人はファミレスのボックス席で、俺たちには全く理解不能なアニメ用語を飛び交わせ、熱いオタク談義に花を咲かせ始めた。


「あの作画のぬるぬる感がたまらんよな!」

「分かります! そしてあのアングルのカメラワーク!」


 完全に出来上がった『オタク同盟』の輪。

 その熱気に、俺、氷室、そしてセシリアの3人は、完全に置いてけぼりにされていた。


「……なんか、あいつらだけで完結しちゃったな」


 俺が虚無の顔でポテトをつまむと、氷室も「俺のデスメタルが入り込む余地はねぇな……」と遠い目をした。


「クロードが、あんなに楽しそうに笑うなんて……」


 セシリアは、執事の意外な一面を見てポカンとしていたが、やがてふふっ、と小さく笑った。


「でも、なんだか楽しそうデスますわね。極東のファミレスも、悪くありませんわ」


 俺はため息をつきながらも、バカみたいに盛り上がっている真須、篠山、クロードの3人を見て、少しだけ口角を上げた。


 育ちの良すぎる暴言令嬢に、アニメオタクの変態執事。

 最初は地雷処理だと思った罰ゲームだが、どうやら俺たち『はみだしカルテット』は、気づけば『はみだしセクステット(+2名)』として、なんだかんだで楽しい連帯感を築き上げつつあった。

 ――とりあえず、スピーチの原稿作りは、オタク話が落ち着いてからになりそうだが。

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