3話
放課後の教室。
帰りのホームルームが終わり、担任の神崎が「誰かこの二人の校内案内を頼む」と言った瞬間、クラスの女子たちは蜘蛛の子を散らすように一瞬で教室から消え去っていった。
そんな誰もいなくなった教室で、俺たち『はみだしカルテット』は神崎に呼び止められていた。
「というわけで、お前らはみだしカルテット。セシリアお嬢様とクロードの校内案内、頼んだぞ」
神崎があくびをしながら、とんでもないミッションを押し付けてきた。
どうやら、あまりにも強烈すぎる二人のキャラクター(暴言と変態)を前に、クラスの誰も案内役に名乗りを上げなかった(というか逃げた)らしい。
「ふざけんな! なんで俺たちがそんな地雷処理みたいなことやらなきゃなんねぇんだよ!」
「そうだそうだ!! いくら神崎先生が結婚できないからって!!」
「あ?」
「すんませんっ!!」
俺たちが抗議すると、神崎は冷めた目で俺たち4人を見下ろした。
「どうせお前ら、部活も入ってないし暇だろ?」
「失礼な! 私だって放課後はやる事あります!! 帰って即効で深夜アニメの録画を消化しないとオタクの血が枯れるんです!」
「俺は自室に籠って、俺の魂の叫びを込めた彼女への愛の曲、アンビエント・デスメタルを全力で込めた新曲を作曲しなきゃならねぇんだよ!」
「俺の分厚い大胸筋が、一刻も早い筋トレを求めて泣いてるんだよ!」
「俺だってスマホの無料漫画の更新チェックして、帰って動画見て寝るっていう重要なミッションが!!」
俺たち4人が必死の抵抗を試みるも、神崎は無言で黒板消しを握りつぶしそうなほどの絶対的な『圧』を放ち、俺たちをギロリと睨みつけた。
「……要するに、暇だろ?」
「「「「はいっ!! 僕たちは先生の犬ですっ!!」」」」
神崎の放つ殺人鬼のようなオーラにビビり散らかし、俺たちの情けない即答が教室に響いた。
かくして俺たち『はみだしカルテット』は、美少女口悪留学生と変態執事の案内役という罰ゲームを引き受けるハメになった。
「よろしくお願いしマスわ! えーっと……」
セシリアが、太陽のように眩しい金髪ツインテールを揺らしながらこちらを向き、コテンと首を傾げた。
「はみ……? なんでしたっけ? はみち〇? 『はみ〇んカルテット』って、なんのことデスか?」
「…………ッ!!」
透き通るような天使のソプラノボイスから放たれた、信じられない四文字。
俺たち4人は目を見開き、一斉にツッコミの構えに入った。
「言わせねぇよ!! 美少女の口から『はみ〇ん』なんて言わせるわけにいかねぇだろ!!」
真須が両手でバッテンを作りながら叫ぶ。
「お前が言うなああぁ!! 今お前が一番デカい声で言っただろ!!」
すかさず俺が真須にツッコミを入れた。
俺たちが必死に空中の放送コードをかき消すように騒いでいると、セシリアは不思議そうに目をパチパチさせた。
「えっ? それで、は〇ちんカルテットがどうしたというのデスますか?」
「だから『はみだし』!!! 『はみだしカルテット』だから!! 誰も4本も立派なもんはみだしてないから!! ちゃんとパンツの中にしまってるから!!」
俺が必死に弁明したその時、横に立っていた執事のクロードが「フッ……」と鼻で笑い、俺たちの股間あたりをねっとりと見下ろしながら、バチバチにガンを飛ばしてきた。
(なんだコイツ!! なんで無言で俺たちにマウント取ってきてんだよ!!)
「あら、そうなの? ……ところでクロード、『〇みちん』ってどう言う意味デスか?」
セシリアが純真無垢な瞳で執事のクロードを振り返る。
クロードは銀色のトレイを胸に当て、一寸の狂いもない完璧な一礼をしながら、真顔で答えた。
「『粗末』ってことですよ、お嬢様」
「おい! 変な嘘教えんな!! お嬢様が勘違いしたまま育つだろ!!」
俺が全力でツッコミを入れるが、セシリアは「立派なのな粗末……? 謙遜というやつ? けど〇〇ちんは、粗末なのね」と一人で納得してしまった。
俺は頭を抱えながら、深いため息をついた。
「はぁ……まぁ、カルテットってのは俺たち仲良し4人組のことだよ。クラスのあぶれ者の……みたいな意味での『はみだし』な」
「Oh、なるほど! ということは、カルテットならクロードも含めてクインテット(5人組)? わたしもいれたら、『はみち〇セクステット(6人組)』ね!!」
満面の笑みで、ものすごいパワーワードを爆誕させるセシリア。
『〇みちん』+『セクステット(Sex-tet)』
「「「「(……なんかエロいな)」」」」
俺、真須、氷室、篠山の4人が、その絶妙な語感に無言でエロい想像を膨らませていた、次の瞬間。
「なんかエロいな!!!」
クロードが、俺たちの心の声を一言一句違わず、清々しいほどの大声で代弁した。
「お前が直接言うんかい!!」
俺のツッコミが虚しく響く。
「……ところで、お前さっきから持ってるその銀のトレイ、何なの? ティーカップでも乗せるのか?」
俺がふと気になって尋ねると、クロードはキョトンとした顔をした。
「え? 理由なんてないですよ? なんか、こういうの持ってた方が『執事っぽくて雰囲気出る』でしょ? 私日本の文化には詳しいんですよ」
「(あぁ、そういうキャラから入るタイプの痛い奴でもあるのねコイツ……)」
かくして、俺たち『はみだしカルテット』改め『はみち〇セクステット』の地獄の校内案内がスタートしたのだった。
うちの学校はかなり大きいが、本校舎にほとんど行かない俺たちは雑な案内しかでないままに、あっという間に本校舎の案内が終わり、俺たちはいつもの特別棟へとやってきた。
防音扉の向こうからは、今日も美しいピアノの旋律が漏れ聞こえてくる。
「おお、ピアノの音デスわ!」
セシリアが興味深そうに扉に近づく。俺は少し得意げに扉を開けた。
「こいつは『俺の』友達だ。紹介してやるよ」
俺はわざと「俺の」の部分を強調し、後ろを歩くモテない三人のバカどもにマウントを取るようにドヤ顔を決めた。
音楽室の中では、放課後の日差しを浴びながら、『氷の女王』こと白雪凛が、グランドピアノに向かって優雅に鍵盤を弾いていた。
白雪は扉が開いたことに気づくと、演奏をピタリと止め、こちらを振り返った。
「よお、白雪。留学生の案内中なんだけどさ――」
俺が気安く近づいた、その瞬間だった。
白雪は無言で立ち上がると、スタスタと俺の目の前まで歩み寄り、流れるような美しいフォームで、俺の鳩尾に重たい一撃(右ストレート)を「ドンッ!!」と見舞った。
「ぐはぁッ!?」
カエルが潰れたような声を上げ、俺は腹を押さえてその場にうずくまった。
「な、なんで!? いきなり暴力!?」
俺が涙目で抗議すると、白雪は周りに聞こえないほどの小声で、顔をリンゴのように真っ赤にして言った。
「……あんたのせいで、今日の午後の自習、危なく吹き出して笑いそうになったじゃない……ッ」
「(……ッ!?)」
俺は激痛の走る腹を押さえながら、目を見開いた。
(マジか!? この箱入りのお嬢様に見える白雪まで、あのイントロの意味を知ってたってのか!? いや、親の病院関係でそういう知識だけは無駄に豊富なのか!?)
「お、お前、まさかあのファンファーレ(PH)の元ネタ知って――」
「黙れ!!」
「ひでぶっ!」
ドンッ!!!
俺の顔面に、白雪の無慈悲な2発目の鉄拳がクリーンヒットした。
俺は音楽室の床に、見事な大の字になって沈んだ。
理不尽にボコボコにされる俺を見て、後ろで真須と氷室がニヤニヤとゲスい顔でからかってくる。
「おや〜? 悠馬のやつ、自慢の『お友達』にボコボコに殴られてやんのー。お友達契約のご褒美でも貰ってるんでちゅか? それとも罰金払ってお友達料金払えなくて虐められてるんでちゅ?」
「たまんねぇな。お金でも払って主従関係でも結んでるんでちゅか? へっ、この醜いドMのブタ野郎が」
ボロカスに言われ、俺が床でピクピクと痙攣していると。
俺の後ろで、ハトの着ぐるみの頭部分を小脇に抱えた篠山が、悲痛な叫び声を上げた。
「ねぇ! 俺は!? ホームルームでの俺の『ソリッド・スネーク・ハト作戦』はどうだった!? ねぇ!! 誰か感想言ってよ!!」
白雪は「何か変な鳥がいるわね」というような冷たい視線を一瞥しただけで、すぐに興味を失った。セシリアもクロードも、見事に篠山を空間のノイズとして処理している。
「ねぇ!! なんで誰も反応してくれないの!? 聞こえてる!?」
全員から完全にガン無視され、カメラ男の悲痛な叫びは音楽室の真空へと虚しく吸い込まれていった。
俺が腹を押さえながら立ち上がると、セシリアは音楽室の中央に鎮座するグランドピアノを見て、目をキラキラと輝かせていた。
「Oh! ジャパニーズ・ピアノ! 素晴らしいデスわ!」
「いや、ピアノくらいお前の家にも……っていうか、どこの学校にもあるだろ」
俺が呆れてツッコミを入れると、セシリアの隣にいたクロードが、突然悲痛な面持ちになり、ハンカチで目頭を押さえた。
「どうかお許しください、皆様……。実はお嬢様は、公爵家などと名乗ってはおりますが、裏では非常に貧しい生活を強いられておりまして……。ピアノなどという贅沢品は、見るのも初めてなのです……」
「えっ……マジか……」
俺たちカルテットの男子たちは、一気に同情の目を向けた。
「公爵家って言ってたのに、実は裏ではそんな厳しい生活を……?」
「没落貴族ってやつか……。なんか、暴言吐いてたのも、厳しい環境を生き抜くための防衛本能だったのかもな……」
俺たちがしんみりとした空気に包まれた、次の瞬間。
「いえ、普通に全部嘘ですけど。死ぬほど金持ちです」
クロードが、1ミリの表情も変えずに、真顔で言い放った。
「なんやねんお前!!! なんで今、どうでもいい悲しき過去の嘘ついたんだよ!!」
俺が全力でツッコミを入れると、クロードは「いえ、なんとなく空気をしんみりさせたかったので。息を吐くように嘘をつくのが私の性分でして」と涼しい顔で答えた。
「ふざけんな! ……っていうか、お嬢様がなんであんな口悪いんだよ! 育ちが良いのか悪いのか分かんねぇよ!」
俺が追及すると、クロードはドヤ顔で胸を張って答えた。
「あぁ、お嬢様の日本語は、私がFPSで仕込みました」
「なにやってんだよ!! そんなスラム街のボイスチャットを日本語の教材にすんなよ!!」
「あぁ、いえ。私が教材にしたわけではありません。私が夜な夜なボイスチャットで外国人のクソガキッズ相手にキレ散らかして暴言を吐いているのを、横でお嬢様に聞かせて学習させただけです。あ、私シルバー帯なので、ブロンズ帯みたいな顔した貴方とは格が違うんです……申し訳……」
「お前が原因かよ!! それに“ブロンズ帯みたいな顔”とか言っといて、お前もほぼ隣町じゃねぇか!!」
俺が頭を抱えていると、クロードはさらにふんぞり返って誇らしげに言った。
「ええ。ちなみに、残りの10割ぐらいのお嬢様の暴言は、私が直接手取り足取り仕込みました」
「それ全部じゃねーか!! 自慢気に言うな!! 全責任お前だろうが!!」
そんな俺とクロードの不毛なやり取りの裏側で。
ふと見ると、セシリアと白雪が、ピアノの前に並んで座り、何やら楽しそうに言葉を交わしていた。
「このピアノの音色、ファッキン。とても美しいデスますわね。白雪さん、といったかしら? あなたの弾き方、とても素敵デス」
「…………ファっ……?え、ええ、ありがとう。セシリアさんも、音楽が好きなの?」
「ええ! わたくし、歌を歌うのが大好きなんです! クロードの叫び声よりはずっと好きデスますわ!」
「ふふっ、そうなんだ」
白雪も病院を経営する家系の立派なお嬢様だ。公爵家という本物の貴族とまではいかないが、同じような厳格な環境で育った『お嬢様同士』、何か通じ合うものがあるのかもしれない。
あるいは、周りが変態とバカ(俺たち)しかいないせいで、まともな女子同士の絆が急速に芽生えつつあるのか。
夕日が差し込む音楽室で、二人の美少女が楽しげに歌や音楽の話をして微笑み合う光景は、一幅の絵画のように美しかった。
……その横で、ハトの着ぐるみを着た男が「俺を構え!」と泣き叫び、燕尾服の執事がお嬢様の匂いを嗅ごうと虎視眈々と隙を窺っているという、地獄のような光景さえ視界に入れなければ、だが。




