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青春はみだしカルテット  作者: たんそく
17/33

2話

 キーンコーンカーンコーン――。


 帰りのホームルームを告げるチャイムが鳴り響き、担任である神崎先生(日本史)が、やれやれといった表情で教室に入ってきた。


「おーい、席に着け。……えー、前の自習は急な外出でお前らの相手ができなくてすまなかったな。今日はホームルームの前に、今日から1ヶ月だがこのクラスに入る留学生を紹介する」


 その言葉に、クラス中が「おっ?」とざわめいた。

 神崎が教室の扉に向かって「入ってこい」と声をかける。


 ガラッ。

 静かに扉が開き、まず初めに教室に入ってきたのは――。


 パリッとした漆黒の燕尾服を完璧に着こなし、銀色のトレイを片手に持った、プラチナブロンドの髪を持つ超絶長身のイケメンだった。

 彫刻のように美しい顔立ちのその男が、教壇の横で足を揃え、優雅で完璧な一礼を披露する。


「……ッ!!」


 特進クラスの女子たちの目が、一瞬にして特大のハートマークに変わった。


「うそっ、外国人!? めちゃくちゃイケメンなんだけど!!」

「執事服!? やばい、本物の王子様みたい……!」


 女子たちが黄色い歓声を上げようと色めき立った一方で、俺たち男子(特に『はみだしカルテット』の面々)の空気は最悪だった。


「ペッ……どうせ顔だけでチヤホヤされてる中身スカスカ野郎だろ」


 真須が腕を組みながら悪態をつき、床に唾を吐くフリをする。


「ペッ……。あの“ギリ雰囲気イケメン”みたいな立ち位置が一番腹立つ。超絶イケメン相手なら最初から諦めもつくんだよ。なんで上の下ぐらいの、“俺のほんの少し上位互換”くらいの奴に俺たちが負けなきゃなんねぇんだよ」


 氷室がギリギリと歯軋りしながら呪詛を吐き、同じく「ペッ」とやる。


「ペッ……。どうせあんな執事服、ドンキの安物コスプレだろ。顔が良くたって、俺みたいに内面から滲み出る大人の余裕ってもんがねぇとダメなんだよ」


 俺も二人に同調し、思い切り僻みを込めて唾を吐き捨てる仕草をした。

 すると、教壇の神崎先生がチョークを片手に冷たい声を放った。


「おい氷室。お前は“上の下”ですらないからな。良くて普通だ。結城。性格が良い? 笑わせてくれる。私の耳が腐ってたか? あとお前ら三人、教室で唾吐くフリするな。お前らと同じで汚ない」

「「「ぐはっ……!!」」」


 神崎の容赦ない直接的なツッコミに、俺たちは致命傷を負って机に突っ伏した。

 そんな中。


「……早いデスますわよ、クロード! なぜわたくしより先に教室に入るのデスますか!」


 廊下から、透き通るようなソプラノボイスが響き、小柄な少女が姿を現した。

 太陽の光を編み込んだような金髪ツインテールに、宝石のように輝く碧眼。まるで西洋の絵画から抜け出してきたかのような、圧倒的な美しさを誇る美少女、セシリア・フォン・ローゼンベルクだった。


((うぉ!バカ可愛いじゃん!!))


真須と氷室も同じように、醜い面で涎を垂らしながら舐め回すように彼女を見てた。


(((うわ……この2人きったねぇ顔で留学生舐め回すように見てやがる。よくこんな醜い顔で自分がイケメンだとか言えるよな……。まぁ、やっぱこのクラスで一番のイケメンは俺で確定だな。次席に僅差であの執事)))


「申し訳ございません、お嬢様。……さあ、どうぞこちらへ」


 イケメン執事・クロードが恭しく頭を下げたかと思うと、自ら床に四つん這いになり、己の背中を差し出した。

 セシリアは、一切の躊躇なくその背中の上にドカッと優雅に腰を下ろした。いわゆる『人間椅子』である。


「「「…………え?」」」


 さっきまで目をハートにしていた女子たちの顔に、スーッと『嫌な予感』の影が差した。

 そんなクラスメイトたちの戸惑いなどお構いなしに、セシリアは天使のような満面の笑みを浮かべ、バッチリと両手の中指を立てながら、流暢な日本語を放った。


「Hello! 皆サン! この薄汚ねぇ極東の猿共! 脳天ブチ抜くぞファッキンヌーブ!!」

「「「ヒッ……!?」」」


 天使の口から飛び出した、極悪トラッシュトーク。

 教室の空気が完全に凍りつく中、セシリアはさらに威嚇するように立ち上がり、目の前にある教卓へと勢いよく右足を振り上げた。


「私の言うコトを聞かないゴミエイム共は、全員蹴り飛ばして……っ! お前ら極東の黄色いだけのジャップ、全員私の奴隷ね!!」


 ヤンキー映画さながらに、教卓を足で蹴りつけようとした――その直前。

 彼女の体に染み付いた『公爵家としての育ちの良さ』が、無意識にブレーキをかけた。

 セシリアは空中でスッと右足の指定上履きを器用に脱ぎ捨て、黒タイツに包まれた足先で、教卓を「ドンッ!!」と、あくまで上品に、しかし力強く踏みつけた。


(……いや、土足厳禁のルールは守るんかい! 育ちが良いのか悪いのか分かんねぇよ!!)


 俺が内心で激しいツッコミを入れた、次の瞬間である。


「くんかくんか……スゥーッ……ハァーッ!!」

「えっ」


 教室に、ダイソンも真っ青の凄まじい吸引音が響き渡った。

 見ると、先ほどまで四つん這いの椅子になっていた執事のクロードが、セシリアが脱ぎ捨てたばかりの上履きを空中でキャッチし、それに顔を埋めて全力で深呼吸をしていた。


「あぁっ……!! はるか遠き極東の地で嗅ぐ、お嬢様の足の芳醇な残り香……! 汗ばんだ黒タイツの湿度……! 素晴らしきかな……ッ!!」


 あまりの変態的暴挙に俺が、いやクラスの全員がドン引きして言葉を失っていると、クロードは限界突破したかのように白目を剥き、あろうことか上履きのインソールへとその長い舌を這わせた。


「さらに……ペロッ、レロレロ……ッ!! うひょーーッ!! 味が、お嬢様の尊い味が染みついてるうひょーーッ!! 極東まで着いてきて良かったぜヒャッハーっ!」


 陶酔した表情で、上履きに頬ずりし、あろうことか靴底を舐め回す超絶イケメン。


「「「…………」」」


 スンッ。

 さっきまで「王子様!」と目を輝かせていた女子たちの顔から、一切の感情が消え失せた。

 教室の空気は完全に「終了(絶対零度)」。誰も声を発せない、ドン引きの極地である。


(あ……こいつもそっち側(変態)かぁ……)

(イケメンでも中身がアレなら無理だわ……)

(終わってるわね、このクラスの男子……)


 女子たちの冷ややかなテレパシーが、教室中を飛び交っているのが痛いほど分かった。

 しかし、そんな地獄の絶対零度の中。


「「「パチパチパチパチパチ……!!」」」


 俺、氷室、真須の3人は、無意識のうちに立ち上がり、スタンディングオベーションをしていた。

 素晴らしいものを見つけてしまった。極東の地で、まさかこれほどまでに業の深い男に出会えるとは。


「「「短い期間だけどよろしくなっ! 困ったことがあったらなんでも聞いてくれよ相棒っ!!!」」」


 俺たちの自然と沸き起こった熱い拍手喝采に、セシリアは「おや、わたくしへの称賛デスか?」と勘違いして、少し照れ笑いを浮かべている。


 そんな地獄のような空気と、一部の男たちによる謎の拍手が鳴り響く中、担任の神崎が深いため息をついた。


「……はぁ。なんでこのクラスには次から次へとゲテモノばかり集まってくるんだ……。えー、1ヶ月ぐらいの短い期間だが仲良くしてやってくれ……。それと、こいつらの頭はアレだが、セシリアお嬢様の方は一応、ヨーロッパの由緒ある本物の貴族だ。本当に気をつけてくれよ。それとクロード。お前も一応編入生なんだから、明日はその執事服じゃなくて、ちゃんと指定の制服着て来い」


 神崎が注意すると、クロードは上履きから口を離し、ピシャリと冷たい声で返した。


「え? 嫌ですけど? 私は当主様から頂いたこの服以外を着るつもりはありません。もし無理だと言うのなら、明日は裸で登校いたしますが」


((やべぇ、本物の狂人だ……))


「あれ? クロード、わたくし昨日、あなたの部屋の机の上に制服を置いといたデスわよ?」


 セシリアが不思議そうに首を傾げる。


「……えっ?」


 先程まで中指を立てていたクロードの動きがピタリと止まった。


「あれ、お嬢様が直々にわたくしにくださったんですか!? ひゃっほーーー!! あんなジジイ(当主)から貰った堅苦しい服なんか着れるかよ!! ひゃっはーーー!!」


 クロードは先ほどのクールな態度はどこへやら、狂喜乱舞して飛び跳ね始めた。


「「「…………」」」


 女子たちの冷めた視線が、クロードに突き刺さる。

(あ、こいつガチのやべー奴だ)という認識が、クラス全員の共通見解として完全に定着した瞬間だった。


 そして、俺たち拍手を送っていた3人は、一語一句同じことを考えていた。

(俺以上にやべぇな……こいつ。俺以外の『はみだしカルテット』の連中と同じくらいヤバいんじゃないか? 俺を除いて、『はみだしカルテット(新体制)』でいいんじゃないか?)


 ――その、教室の空気が死滅し、全員の心が完全に離れた、まさにその瞬間だった。


 バァァァーーン!!!

 教室の後ろの扉が、外の廊下から勢いよく弾け飛ぶように開かれた。


「オイッスー!! さっきの悠馬と氷室のやつには負けねぇぜ!! 笑いの神、見ざ――……」


 そこに立っていたのは、ダンボールとガムテープ、そして大量の羽毛で作られた、手作り感満載の『クソダサいハトの着ぐるみ』に身を包んだ篠山だった。


「――……って、あれ?」


 ハトの着ぐるみを着た篠山は、教室の惨状を見て完全にフリーズした。

 誰も笑っていない。

 怯えきった目でこちらを見る女子たち。


 黒タイツの足を教卓に乗せてドヤ顔を決めている金髪の公爵令嬢。

 その傍らで、狂ったように上履きをしゃぶり続けている燕尾服のイケメン執事。

 そして、無言で自分を見つめる俺たち。


「……あ、あれ?(ダラァッ……)」


 ハトの顔の隙間から、篠山の滝のような冷や汗が見えた。

 完全に登場のタイミングを間違え、自ら廊下側で孤立したカメラ男のマヌケすぎる姿。


「……セシリアお嬢様。あれは何でしょうか?」


 クロードが、ちゃっかりとセシリアの肩に触れて興奮しながら、冷たい視線をハト(篠山)に向けた。


「あれは……ジャパニーズ・コメディアンでしょう。でも、誰も笑ってないデスますわね」

「あぁ。あれが不審者とか言う生き物ですね。極東には不思議な生き物もいるんですね。お嬢様、あぁいったモノは見てはいけません。穢れます」

「え? わ、分かったわ」


 令嬢と執事からすらも冷遇される篠山を見て、俺たち3人は静かに着席し、見下すような視線を送った。


「……あれはないわ。マジで痛すぎるだろ」


 真須が底辺のゴミを見るような目で吐き捨てる。


「あぁ。あんなのただの恥さらしだ。面白くもない……。完全に底辺カルテットの面汚しめ」


 氷室も呆れ果てたように首を振る。


「一人だけ完全に空回りして『はみだし』てやがるな。……あいつ、俺たちの仲間でもじゃないから放っておこうぜ。……てかあいつ誰だ? あんなやつ俺の友達にいたか?」


 俺が冷酷に言い放つと、真須と氷室が『いや? 俺も鳩みてーな不細工知らんな』と言い放つと同時に、ハトの着ぐるみを着た篠山は、その場でガクリと膝をついて崩れ落ちた。


 変態教師、早漏先生、育ちの良い(?)暴言令嬢、変態執事、そして完全に仲間から見捨てられスベり散らかしたクソダサいハト。

 特進クラス1年A組の日常は、依然としてカオスのどん底から抜け出せそうにない。

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