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あの地獄と奇跡が交差した第一回・親睦ボウリング大会(からの、駐禁9000円の悲劇)から、数日が経過した昼休み。
1年A組の教室の隅で、俺たち「はみだしカルテット」はいつものように机を寄せて昼飯を食っていた。
……とはいえ、俺はヒロインである氷の女王とフラグを立てた身だ。こいつらとつるむのも、まあ「友達がいない可哀想な底辺たちに、心優しい俺がいつも通り付き合ってあげている」という、あくまで上の立場からの慈悲である。
それに、誰が裏で口を利いてくれたのかは分からないが、ボウリング合コンの翌日あたりから、クラス内での俺たちに対する『完全なる汚物扱い』の視線が、ほんの少しだけ和らいでいた。女子たちとも、事務的な内容なら一言二言、普通に言葉を交わせるレベルにまで関係が改善している。
(着実に、俺のラブコメ的学園生活が軌道に乗り始めているな……!)
俺が一人で優越感に浸りながらパンをかじっていると、スマホを弄っていた氷室が突然、スパーン! と激しい音を立てて机を叩き、立ち上がった。
「な、なにぃぃぃッ!?」
「うおっ!? なんだよ急に、うるせぇな」
驚く俺と真須をよそに、氷室は前髪の奥から血走った目をひん剥き、隣に座る篠山を指差した。
「おいロリコン! てめぇ、このLINEのトプ画とステータスメッセージはなんだ!! 俺たちを裏切ったのか!?」
「えっ?」
俺と真須も慌ててスマホを開き、篠山のLINEプロフィールを確認した。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
篠山の新しいプロフィール画像は、オシャカフェのようなテーブルの上に置かれた『メロンソーダとジンジャーエールのミックスジュース』。
そしてその奥には、絶妙なボケみ(被写界深度)の中で、小柄な女の子の肩から下の後ろ姿が『隣にいる風』に写り込んでいる。誰が見ても一発で分かる、いわゆる「匂わせデート写真」だった。
さらに、ステータスメッセージには一言、こう記されていた。
『誰といるかで景色が変わるらしい』
「…………」
「…………」
俺と氷室は、無言で篠山に冷ややかな視線を向けた。
「おいロリコン。お前、あの合コンで密かに抜け駆けして、高梨さんといい感じになってたのかよ!!」
氷室がドスの効いた声で、胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
すると、篠山は少しも慌てることなく、余裕たっぷりに前髪をフッと払い、これ以上ないほど腹の立つドヤ顔をキメた。
「あーw それね。いやごめんごめん、変えたの忘れてたわ。そんなこともあったねw」
「そんなこともあった、だと……!?」
「いやー、実はさ。ボウリングの帰り道、高梨さんと一緒に帰っちゃってさぁ。お前らもボウリングの時、俺と高梨の雰囲気良かったの見てただろ? そのままなんか俺のミステリアスな魅力に惹かれたらしくて、仲良くなったんだよね」
「なっ……! クッソおおおお! まさか、あの圧倒的ツンの女王様を陥落させただと……!?」
氷室が悔しそうにギリッと歯を食いしばり、ワナワナと肩を震わせる。
だが、ここで妙なことが一つあった。
いつもなら真っ先に「抜け駆けは死刑だ!」と暴れ出すはずの筋肉バカ・真須が、なぜか今回は腕を組み、ニヤニヤと余裕そうな笑みを浮かべて篠山を見つめていたのだ。
しかし、その写真を見た俺の脳内は、真須の余裕を気にする余裕すらなく、完全なる『大混乱』に陥っていた。
(……おい待て。この写真に写ってる服。間違いなくボウリングの時の結衣じゃねーか。だが……)
俺は先日の記憶をフル回転させた。
(ボウリングが終わった直後、結衣は駅前の薬局で買い物をして、俺と、駐禁切られて笑ってた白雪さんと三人で少し雑談して……そのあと、俺のバイクの後ろに乗って、俺に駐禁の説教を延々と垂れながら一緒に家に帰ったよな……?)
そう。あの日の帰り道、結衣はずっと俺と一緒にいたのだ。
篠山が結衣とカフェでお茶をしてデートする時間など、物理的に1秒たりとも存在しない。
(何言ってんだこいつ? 完全に存在しない記憶を捏造してやがる……!!)
俺は「それ俺の幼馴染だぞ! 俺と一緒に帰ったんだよ!」と喉まで出かかったツッコミを、必死に飲み込んだ。
そんなことを言えば、俺と結衣が幼馴染であることがカルテットの連中にバレる。
そしてもし、『学校では他人のフリをする』という結衣との絶対協定が破綻し、俺がペラペラと喋ったことが本人の耳に入れば、今度こそ俺の物理的な命がない。確実に木っ端微塵に粉砕される。
(ど、どうやって……俺の正体を隠したまま、この痛すぎる虚言癖ロリコンの誤魔化しを乗り切れば……!)
俺が滝のような冷や汗を流し、脳内会議をフルスピードで回していた、その時。
一人だけ余裕の笑みを浮かべていた真須が、ゆっくりと口を開いたのだった。
俺が滝のような冷や汗を流し、どうやって誤魔化そうかと口ごもっていると、一人だけ余裕の笑みを浮かべていた真須が、ふと首を傾げて口を開いた。
「あれれ〜? おかしいぞぉ〜?」
どこかの見た目は子供な名探偵のような、わざとらしい、人を小馬鹿にしたようなトーンだった。
「ん? なんだよ。俺の充実したアフターが羨ましいのか? 嫉妬か?」
篠山が余裕の笑みのまま、鼻で笑って聞き返す。
真須はニヤニヤと笑いを深め、わざとらしく顎をさすった。
「いやー、俺、合コン解散した直後、駅前のゲーセンの前を通ったんだけどさぁ。なんか、一人で泣きながら『魔法少女プルルン』のクレーンゲームに千円札突っ込んでるヤバい奴がいたんだよねぇ〜。お前、あの日絶対誰とも一緒に帰ってないよなぁ?」
「ぎくぅっ!!」
篠山のドヤ顔が、一瞬でピカソの抽象画のようにグニャリと歪んだ。
(真須、ナイスファインプレー!!)
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
(さっきから黙ってニヤニヤしてると思ったら、そんな素晴らしい瞬間(決定的証拠)を目撃していたのか!!)
だが、安堵すると同時に背筋がゾッとした。
(とは言え……こいつら、ゴキブリみたいにいつどこに潜んでるか分かったもんじゃないな。俺もいつどこで見られてるか分からないし、マジで気を付けねぇと……!)
そして、その篠山のあからさまな動揺を見逃す氷室ではない。
氷室はスマホの画面を指でググッと拡大し、名探偵の助手を務めるかのようにジッと目を細めた。
「……おい篠山。お前、写真の腕だけはプロ級だよな。この背景の圧縮効果……これ、すぐ隣の席からスマホで撮った画角じゃねぇな?」
「あっ、あぅ……」
「お前、遠くから自分のバズーカみたいな望遠レンズで高梨さんを盗撮して、手前に自分のジュースを置いて『隣にいる風』に画角をトリミングしただけなんじゃねえか!?」
「ああっ……!!」
プロ級の画質の良さと、レンズの光学的な特性(圧縮効果)が完全に仇となった瞬間だった。
「…………」
「…………」
数秒の重い沈黙。
「……いや、これはその、芸術的な表現の一つというか、イマジネーションの具現化であって……。俺と彼女の魂は確かにあの時、同じ空間を共有して……」
「言い訳がキツいんじゃボケェッ!!」
後ずさりする篠山を、真須と氷室が完全に逃げ場のない壁際へと追い詰めた。
そして、底辺カルテットならではの、容赦のない精神的リンチ(フルボッコ)が幕を開けた。
「プークスクス!! なんだよそれ! モテないロリコンさんが、SNSで必死にリア充アピールする悪あがきしちゃって! 痛すぎだろ!」
「『誰といるかで景色が変わるらしい(キリッ)』じゃねぇよ!! 誰もいねぇじゃねぇか! 幻覚見てんのか!? 景色変える前に自分の腐った性根を変えろや!」
「クソダセェ! 盗撮写真をトリミングしてデート偽装とか、哀れすぎて涙が出てくるぜ!! 割り勘のジュース代すら浮いてる一人カフェ!! ギャハハハハ!」
「や、やめろ……! 俺のイマジナリー・プリンセスを汚すな……ッ!!」
篠山が頭を抱えてしゃがみ込むが、無敵の人たちの追撃は止まらない。
「息してゆー? 虚構のプリンセスとデートして楽しいでちゅかー? プークスクス!」
「ゲーセンで一人で泣きながらプルルンのぬいぐるみ取ってた奴が、なにイキってんだよ! このドMクソロリコンが!」
「おい氷室、こいつのトプ画スクショして、クラスのLINEグループに『篠山のイマジナリー彼女(トリミング済)』って晒してやろうぜ!」
「いいねぇ! ついでにステータスメッセージも大声で音読してやろうぜ! えーと、『誰といるかで景色が変わるらしい(キリッ)』!! ギャハハハ!」
「やめてぇぇ!! 死ぬ!! それだけはガチで社会的に死ぬからぁぁぁ!!」
「え?あ、ごめん手が滑ったぁ!」
「あ、ついでに別の画像も……」
「う、うわああああああああんッ!! ごめんなさぁぁぁぁいッ!!」
教室の隅で、真須と氷室の容赦ない言葉の暴力に完全にサンドバッグにされ、涙目で床に崩れ落ちる篠山。
(……助かった。こいつら、自分以外の仲間が少しでも幸せになりそうだと、全力で足引っ張って地獄の底まで引きずり下ろすからな)
俺は一人、彼らの醜い(しかし今回は非常に助かる)友情の形を見つめながら、静かに胸を撫で下ろした。
かくして、篠山の儚き「SNS上だけのリア充生活」は、開始わずか数時間で親友たちの手によって無惨に粉砕されたのだった。
⭐︎
篠山の儚き「SNS上だけの匂わせデート偽装工作」を徹底的に粉砕し、俺たちは再び机を囲んで重いため息をついていた。
「……でもよぉ」
真須が腕を組み、深刻な顔で唸る。
「実際問題、SNSとかで『女の影』がチラつく男って、逆にモテるらしいぜ? 『他の女も狙ってる優良物件』みたいな安心感が出るんだとさ。まあ、篠山みたいに嘘つくのはよくないけどな」
「た、確かに……! 結局マッチングアプリだって、上位20%のイケメンが出会いの8割を奪ってるって言うしな! つまり俺たちのSNSに必要なのは、一緒にワイワイと写真を撮ってくれる『女友達』の存在ってことか! まぁ、篠山みたいに嘘つく最低な男にはなりたくねぇな」
真須の言葉に、氷室がポンッと手を打って納得する。
「ツーショットだと勘違いされそうだから、複数で写ってくれるのがいいな。……なぁ篠山、こないだのボウリングの時の写真、撮ってないのか?」
「え? 撮ってないけど」
「は? 使えねぇなこのカメラカス!!」
「自分の都合のいい匂わせ写真だけ撮って終わりかよ虚言カス!」
「幼女の尻以外には興味ねぇってか? このロリコンカス!!」
一斉に3人から文句の集中砲火を浴び、篠山が「ひでぇ!!」と頭を抱える。
「ま、そこが死ぬとなると俺たちには女友達なんていねぇだろ……」
俺が冷静に現実を突きつけると、3人は一斉にスッと顔を背けた。
「い、いや? 俺、地元の女友達とか結構いたような気がするし……」
「俺も、前世を共にした伴侶が……いたような気がするし……」
「俺だって、ジムでいい感じの女性トレーナーさんが教えてくれてるし……」
真須がジムのお姉さんという新しい知り合いを作っていたということに篠山が小声でギリッと歯を食いしばった。
「なんだとこのカミキリムシ野郎……! 俺たちの友情は今日で終わりだな!?」
「……ただのトレーナーだよ……。連絡先すら知らねーよ……」
「信じてたぜブラザー。俺たちの友情は一生だぜ」
気持ち悪い笑みを浮かべながら真須と篠山が熱い握手を結んでいる。
「現実を見ろ!!」
俺が全員の薄っぺらい見栄を一刀両断すると、再び重苦しい沈黙が落ちた。
「……ちなみに悠馬。お前、女の知り合いとか、身内とかいねぇの?」
真須がすがるような目で俺を見る。
「ほら、こないだのボウリングのメンバーとか、また誘えば来てくれるだろう? お前らだって仲良くなっただろ? 自分で声かけろよ」
「「「…………」」」
俺の言葉に、3人は一斉に視線を逸らしてブルブルと首を振った。(見事に全員チキりやがった……!)
「委員長と連絡は取ってるけど、どこかそっけないうか、話噛み合わないというか」
「俺も……自作の曲を送ったんだけど、そこから反応がなくてなんとも……」
「え?俺高梨さんと連絡交換しかしてない!!」
「篠山……涙拭けよ……。あれ? だけどお前、高梨さんのこと『結衣』って呼んでたけど、なんで?」
真須の鋭いツッコミに、俺はギクッとした。すごく嫌そうな顔してあんまり聞かないでくれというオーラを全身から放つ。
(((ん?今、氷室のやつ自作の曲を送ったって言った?流石に聞き間違いだよな?)))
「そんなことより、他に呼べそうなのはいねぇのかよ!頼む、お前しか頼りにならねぇんだよ!!」
(真須が追求を諦めた横で、篠山が空気を読んで話を逸らしてくれた。……あいつ、ボウリング中に小耳に挟んでたんだろうな。『昔からの知り合いなんだろな。羨ましいけどまぁいいや、付き合いそうな雰囲気あるわけじゃないし。それに女連れてきてくれるなら文句はそれほどない』とでも言いたげな顔をしてやがる)
「えっ? あー、まあ……いるけど」
「どんな?」
「……妹が、二人」
俺はできるだけ小声で答えた。
「「「wwww」」」
「う、うるせぇ!! お前たちと同じで、そんな都合のいい女友達なんているわけねーだろ!!」
俺が顔を赤くして叫んだ、その時だった。
「な、なぁ、妹さん、紹介してくんない? お義兄ちゃん」
0.2秒の即答。
篠山が鼻息を荒くし、ギラついた目で身を乗り出してきた。
「死ねえええええええ!!!」
俺は全力で篠山の顔面を蹴り飛ばした。蹴られた事はあれども人の顔面を蹴ったのなんて産まれて初めてのことだったがあいにくと悪い気はしなかった。
残るのは正義を達成したという満足感だけだった。
「ぐはぁっ!? しょ、将来の義理の弟になんてことすんだ!!」
「俺の妹(12歳と6歳)に近づいたらマジで警察呼ぶからなこのド変態!!」
俺が吐き捨てると、篠山は床に転がったままぴたりと動きを止めた。
「こ、これが、DV(家庭内暴力)か……」
「気持ち悪りぃなっ!!」
「ま、まあ篠山の冗談は置いておいて」と真須が話を戻す。
(ボソッ……冗談じゃないんだけど……)蹴り飛ばされた篠山が、恐ろしい本音を漏らしながら鼻血を拭う。
「実際、今すぐにツーショットにしろ集合写真にしろ、いい感じの写真を撮ってくれるような女の子なんて、俺たちにはいないわけじゃん? まあ、俺はいるけど」
「まだ言うか。お前の妄想彼女はさっき死んだだろ」
「そもそも産まれてすらないけどな……」
俺と氷室が呆れたようにツッコミを入れると、篠山は「う、うるせえええ!!」と顔を真っ赤にして叫んだ。
そのやり取りを見ていた真須が、自慢の大胸筋をさすりながら、ジッと俺を見つめた。
「……なら、仕方ねぇ。いないなら、作るしかねぇよな」
「あぁ、なるほど。それは名案だな、真須」と氷室が深く頷く。
「……え?」
「俺たちの中で一番背が低くて、一番童顔な……お前が『女』になれ!! 悠馬!!」
真須の極太の指が、ビシッと俺の鼻先を指差した。
「はぁぁぁ!? ふざけんな! 俺はち、ちっちゃくねえし!! 約170センチはあるし!!」
俺は必死に抗議しながら、バレないようにこっそりと踵を浮かせ、少し背伸びをした。
しかし、そんな小細工が通用するはずもない。
「嘘つくな。チビ」と真須が鼻で笑う。
「こいつ背伸びしてるぞ。クソチビ」と篠山が指を指す。
「ちっちゃくてかわちいでちゅねぇ。ドチビ」と氷室が煽り散らかす。
悲しいかな。周囲の説得力が強すぎた。
筋肉ゴリラの真須は言わずもがなデカい。氷室も元ヤンだけあって身長は180近くあり、服の下の腕は丸太のように太い。篠山でさえ、高校生男子の平均を少し上回る173センチはある。
対して俺は、幼い頃からピアノの椅子にしか座ってこなかった純度100%のモヤシだ。最近バイクに乗り始めたおかげで少し日焼けしてはいるが、それでも肌は下手な女子よりも白く、自己申告の170センチは完全なるサバ読み(実際は165センチ)である。
「よし、決まりだな。お前には今日の放課後、俺たちの輝かしいSNSデビューのために一肌脱いでもらうぞ!」
真須がニヤリと笑うと、篠山がカバンからゴソゴソと何かを取り出した。
「しかも都合のいいことに、ここにセーラー服があってだな……」
「おおっ!! ナイッスゥ!!」
「篠山マジで有能!!」
「や、やめろぉぉぉ!! なんでそんなもん常備してんだよ!!」
そして、誰もいない教室
この日の午後、特進クラスの女子たちは別クラスとの合同体育だった。かく言う俺たちは、俺たちの真逆の環境。そんでおいて男所帯の救い方のないクラスである理数科と合同体育。(理数科は男子が多い。今年に限っては全員が男らしいので目の敵にされているが、我らが親友である真須さんと氷室さんにビビって手を出せないでいる。流石親友。ちなみに俺と篠山は2人の影に隠れて中指を立てている)
野郎とやる体育なんぞクソつまらないと思っていたカルテットは、隣のグランドから女子たちの体操着姿を鼻の下を伸ばして見学していたのだが(あくまで俺は付き合いで見ていただけだけど)、体育教師に見つかって少し早めに教室へと追い出されていた。
そして今、誰もいない1年A組の教室で、地獄の儀式が執り行われようとしていた。
「さあ、大人しく着替えろ悠馬! このウィッグも被るんだ! ……ちなみに化粧も一式あるぞ!」
「は、離せ!! 触るなロリコン!! ていうかなんでウィッグとか化粧道具をフルセットで持ってんだよ!! 準備良すぎて怖ぇよ!!」
「暴れんな! 俺の筋肉でガッチリ押さえといてやるから、早く脱がせろ!」
教室のど真ん中で、俺は屈強な男たちに床に押さえつけられていた。
真須に両腕をガッチリとホールドされ、氷室に足を押さえられる。その隙に、篠山が俺の体育着のシャツを無理やり引き剥がし、頭から小さめのセーラー服を被せようとしてきた。
「やめろぉぉ!! 俺の男としての尊厳が消滅するぅぅ!!」
「いいから大人しく俺たちの『女』になれ!! これで俺たちもリア充の仲間入りなんだよ!!」
男4人が汗だくになって床でもつれ合う、地獄のような光景。
――そして、運命の悪戯か。その『最悪のタイミング』は訪れた。
廊下の奥から、着替えを終えた1年A組の女子たちが、一斉に教室へと戻ってくる足音が聞こえてきたのだ。
『……でもぉ、意外とあの四人組も面白かったですよぉ〜?』
廊下から、葵のふんわりとした声が聞こえてきた。
『ねー結衣ちゃん。あんな風に言われてるけど、話してみたら結構いい人たちだったし、みんなにも誤解しないでって教えてあげましょうよぉ〜』
『……はぁ、まあ、葵がそう言うなら……』
なんと、あのボウリング合コンを経て、葵がクラスの女子たちに俺たちのフォローを入れてくれていたのだ。
『えー、本当に〜? 望月さんがそういうなら、少し話しかけてみようかな……』
女子たちの間に、俺たちに対する警戒心が解け、ほんの少しの歩み寄りの空気が生まれた、まさにその瞬間。
ガラッ。
教室の扉が、勢いよく開かれた。
「…………」
「…………」
扉を開けた女子たちの目に飛び込んできたのは。
教室の床のど真ん中で、シャツをひん剥かれて半裸(上半分だけ無理やりセーラー服を着せられた状態)になった俺が、男3人がかりで馬乗りになられ、ウィッグを被せられようとしている、あまりにも狂気じみた光景だった。
「ほら、脚バタバタさせんな! 次はスカート履かせろ!」
「大人しく俺たちの女になれって言ってんだろ!!」
「あぁぁぁ……っ!!」
ピタッ。
教室の空気が、いや、世界そのものが完全に静止した。
「……ッ!?」
女子一同の顔に浮かんだのは、ガチの悲鳴すら出ないほどの『絶句』。
そして、ゴキブリの巣窟を直視してしまったかのような、純度1000%の『嫌悪』の表情だった。
女子から見れば、基地外三人組が抵抗する男子生徒の服を剥ぎ取り、無理やり女装させて遊んでいる、猟奇的かつド変態な空間にしか見えないだろう。
「た、だずげてぇぇぇぇぇ!!!」
俺は火事場の馬鹿力で真須の拘束を振りほどき、セーラー服を半分被ったままの変態的な格好で、扉の前に立っていた幼馴染の結衣の元へと泣きながら駆け寄った。
「結衣ぃぃ!! 助けてくれぇぇ!! 貞操がぁぁぁ!!」
すがりつこうとした俺の顔面に。
結衣の容赦ない上履きの蹴りが、スパーンッ!! とクリーンヒットした。
「グハァッ!?」
俺は綺麗な放物線を描いて床に転がり、仰向けに倒れ伏した。
「ち、違うんです!! これは不可抗力で――!!」
「そ、そうだよ! 俺たちはただ、彼を俺たちのSNS用の女にしようとしただけで――!!」
真須と篠山が必死に弁解しようと手を伸ばすが、時すでにおすし。
(お前その説明だと余計にサイコパスなド変態集団だろ!!)という俺の内心のツッコミすら虚しく、社会的な完全失脚を告げる鐘の音は、すでに鳴り響いていた。
結衣は、床に倒れ伏した俺の背中の上に冷酷に足を乗せ、親の仇のようにグリグリと踏みつけながら、完全にドン引きしているクラスの女子たちに向かって、氷点下の声で告げた。
「……ね? こういうどうしようもない変態の集まりだから、絶対に話しかけない方がいいわよ」
女子たちは青ざめた顔のまま、無言で激しく縦に首を振った。
せっかく葵が溶かしかけてくれた雪解けの空気は一瞬にして絶対零度まで凍りつき、俺たちの学園生活における『人権』は、セーラー服の襟と共に無惨に引き裂かれたのだった。
「あれ? ここから入れる保険とか無い? こいつらはいくらでもバカにしてもいいから俺だけ助かるとかない? 俺、虐められてるんだよ……?」
「担任としてではなくて、大人として、いいことを教えてやろう。結城」
「……か、神崎先生っ!!」
「諦めろ。女装癖ある変態として生きろ」
「……か、神崎先生……」




