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栞の涙の逃亡により、奇跡的に盛り上がっていた合コンは、文字通り『なし崩し』的に終了した。
「し、栞ちゃーん! 待ってー!」と慌てて後を追っていった葵を見送り、残された俺たち底辺カルテットは、ボウリング場のロビーでしばし呆然と立ち尽くしていた。
「……なんか、すげぇ疲れたな。帰ろっか」
俺の力無い提案に、真須も、氷室も、篠山も、無言で深く頷いた。
それぞれの胸に、奇妙な達成感と、一抹の寂しさを抱えながら、俺たちはボウリング場を出て駅前へと向かった。
男4人で夕暮れの道を歩きながら、ふとポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、幼馴染の結衣からのメッセージだった。
『疲れた。帰り、バイクの後ろ乗って帰る。家まで送って。ちょっと駅前の薬局で買い物するから、あんたは先にバイクのところで待っといてね』
相変わらず、有無を言わせぬ女王様のような命令口調である。
俺は『はいはい。俺は足アッシーですか』とだけ返信し、駅へ向かう3人とは途中で別れ、一人で愛車のCBR250RRを停めてある駅の裏手の路肩へと向かった。
「はぁ……。まあ、なんだかんだで最悪の事態(女児服コスプレ写真の拡散)は免れたし、結果オーライか」
路肩に停めた漆黒のバイクに寄りかかり、夕陽を見上げながら一息つく。
しかし、そこでふと、ある違和感に気がついた。
(あれ……そういえば、最後白雪っていなかったな?)
マニュアルを落として逃げた栞、それを追った葵。そして俺をアッシー扱いする結衣の動向は把握しているが、よく考えたら白雪が帰る姿を見ていない。あのカオスな解散劇の中で、いつの間にかはぐれてしまったのだろうか。
(方向音痴とかじゃないよな……?)
結衣の買い物もまだかかりそうだし、俺は少し気になって、ヘルメットをシートに置いたまま、ボウリング場の方へと来た道を戻ってみることにした。
「し、白雪ー? おーい……」
建物の裏手、少し薄暗い路地裏に差し掛かった時のことだ。
自動販売機の影から、肩を小刻みに震わせている小柄な背中が見えた。
(……泣いてるのか!?)
合コンが悲惨な結果に終わってしまって、責任を感じているのだろうか。
俺は慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、路地に響いていたのは、すすり泣く声ではなかった。
「……っ、ふふっ、あははっ……昭和の、合コンマニュアルって……くくっ……」
白雪凛は、お腹を抱え、壁に手をついて、必死に笑いを堪えていたのだ。
「あの時代錯誤なタイトル……っ、しかも、カンペで……ひぃっ、お腹痛い……っ」
「…………」
俺は呆れた顔で、その背中に声をかけた。
「お前……もしかして『氷の女王』とか呼ばれてるけど、ただ単に笑いのツボが浅い『ゲラ』なだけなんじゃねぇの?」
「なっ……!?」
俺の声に気づいた白雪は、ビクッと肩を跳ねさせ、勢いよく振り返った。
その顔は、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「み、見てたの!?」
「バッチリな。一人で思い出し笑いしてプルプル震えてたぞ」
「ち、違うわ! これはその、あまりにもシュールな光景だったから、脳の処理が追いつかなくて……っ!」
必死にクールな自分を取り繕おうと早口で弁解する白雪だったが、いつものような敬語の口調もなく、あわあわとしている。やがて限界を悟ったのか、ふぅっと長く息を吐き出した。
そして、いつもの氷の仮面を完全に外し、緊張した様子で、少し俯き加減でポツリと話し始めた。
「……私ね。いつも学校であんな近寄りがたいキャラになっちゃってるから、実は……友達が一人もいなくて」
「……」
「だから今日、なんだかすごく……本当に楽しかったの」
夕暮れの路地裏。
普段のツンとした冷たい態度からは想像もつかない、消え入りそうな声。
そして彼女は、制服のスカートの裾をギュッと握りしめ、健気な上目遣いで俺を見つめた。
「……あの、私、また……結城くんに話しかけても、いい……?」
(な、なんだこの可愛い生き物は……!!)
その破壊力は凄まじかった。クラスの絶対的ヒロインからの、こんな可愛すぎるお願いを断る男が、この世のどこにいるだろうか。
俺は前髪をかき上げ、できるだけ優しい、大人の男の余裕を込めて答えた。
「……何言ってんだよ。俺たち、もう友達だろ?」
「……えっ」
「次からあのバカどもと河原でバカ騒ぎする時は、お前も呼んでやるからさ。……鳩の肉って、自分で捌いて食うと意外とうまいんだぜ?」
俺が満面の笑みでサバイバルの魅力を語った瞬間。
白雪は、先ほどまでの恥じらいを完全に消し去り、スッと真顔に戻った。
「……いや。それは本当に嫌」
純度100%の、絶対的な拒絶。
「えっ、あ、そう? 結構香ばしくて……」
「絶対に嫌」
「はい」
俺は食い気味の全否定に思わず敬語で頷いた。
「ま、まぁ、鳩肉は俺たちが食うとして! 明日から学校でも、ガンガン俺の方から話しかけに行くからな!」
俺が気を取り直して宣言すると、白雪は再び冷ややかな声で即答した。
「……それも嫌」
「……はい?」
「学校であなたに話しかけられたら、私の孤高のキャラが崩れるから。学校では今まで通り、絶対に関わらないで。他人のフリをしてね」
「えぇ……」
(そこはデレてくれないのかよ! ツンデレの配分がおかしいだろ!)
俺の内心のツッコミをよそに、白雪は「でも……」と少しだけ口角を上げた。
「……ひと段落して、誰もいない放課後とか、お休みの日なら。また、一緒に遊びましょう?」
「……っ! ああ、約束だ」
俺が頷くと、白雪はパッと顔を輝かせた。
「……ええ! ありがとう!」
夕陽に照らされた、その最高に嬉しそうな極上の微笑み。
俺は思わず言葉を失い、完全にその笑顔に見惚れてしまっていた。
(間違いない。合コン自体はぶっ壊れたけど、俺は今、確実にラブコメの主人公をやっている……!)
最高の雰囲気の中、俺たちは一緒に路地裏を抜け、駅前の大通りへと向かって歩き出したのだった。
⭐︎
夕陽に照らされた路地裏を抜け、俺たちは駅前の大通りへと向かって並んで歩いていた。
先ほどまでの気まずさは嘘のように消え、俺の足取りは羽が生えたように軽い。
「じゃあな! また学校で……は無視されるんだったな。また音楽室で!」
俺が少しだけ自虐気味に笑って手を振ると、白雪は足を止め、クスッと小さく笑った。
「……冗談よ」
「え?」
振り返った俺に、白雪は少しだけ目を逸らし、耳の先を赤くしながらポツリとこぼした。
「さすがに毎日、毎回のように話しかけられるのは勘弁してほしいけど……多少なら、いいわよ」
「マ、マジか!? よっしゃああああ!!!」
俺が思わず天を仰いでガチの歓喜の声を上げると、白雪は呆れたように目を丸くした後、優しく、本当に楽しそうに微笑んだ。
「……ふふっ。でも、もう少し周りの誤解を解くように努力してね? さっきのサバイバルとか、ロリコンのカメラマンとか……一緒にいると、私も同類だと思われちゃうから」
「ハッ! 善処します!!」
俺がビシッと敬礼しながら小声で俺じゃなくて全部あいつらが悪いんだけどな……と呟いて見せると、白雪は「ふふ、期待しないで待ってるわ」と笑い、今度こそヒロインらしく爽やかに手を振って駅の改札の方へと向かっていった
(間違いない。合コン自体はぶっ壊れたけど、俺は今、確実にラブコメの主人公をやっている……!)
脳内で青春ドラマのハッピーエンドBGMを大音量で流しながら、俺は結衣を待つべく、自分の愛車――CBR250RRを停めていた駅裏の路肩へと向かった。
しかし。
俺の愛車の前に辿り着いた瞬間、そのBGMは不協和音と共にブツリと途絶えた。
「……は?」
夕陽を反射して黒光りするスタイリッシュなボディ。
その左のミラーの根元に、まるで呪いのお札のように、**ベッタリと『黄色いステッカー(放置車両確認標章)』**が巻き付けられていたのだ。
視線を上げると、少し先を、緑色の制服を着た二人組のおじさん(駐車監視員)が、仕事を終えた達成感を漂わせながら悠然と歩き去っていくところだった。
「な、なんだこれ……!?」
俺は震える手でその黄色い紙切れを剥がそうとしたが、特殊なシールでガッチリと貼り付いており、無惨にもビリビリと破れて汚い跡が残ってしまった。
「えっ……? ちょっと待って……嘘だろ」
道交法の仕組みとして、後日送られてくる納付書で車の持ち主として反則金を払えば、点数自体は引かれないことは知識として知っている。
しかし、問題はそこではない。しがない高校生の懐事情にとって、その『反則金』そのものが致命傷なのだ。
俺の脳内は、完全なるパニックに支配された。
「う、うわああああああああ!!!」
「えっ!? 結城くん!? どうしたの!?」
俺の絶叫に驚いて、駅に向かっていたはずの白雪が慌てて戻ってきた。
「ちゅ、駐禁切られてる!! 免許取ってまだ2ヶ月も経ってないのに駐禁!? なんでだよ、ちょっと停めてただけなのに!!」
俺はアスファルトの上に膝から崩れ落ち、頭を抱えてのたうち回った。
「点数は引かれないにしても……罰金いくらだよ!? バイクの駐禁って9000円!? いや、もっとか!? 週末の結婚式場のピアノのバイト代が丸一日分、無に帰すぞ!! チクショーーーーッ!! 見逃してくれよ緑のおじさぁぁぁん!!」
さっきまで、路地裏で大人の余裕とハードボイルドを気取っていた男の、あまりにもマヌケで惨めな絶望の姿。
それを見た白雪は、数秒間ポカンと目を丸くした後――。
「あ、あははははははっ!!!」
今日一番の、腹の底からの大爆笑を駅前に響き渡らせた。
「なっ……人が罰金の危機だってのに、なに笑ってんだよ!!」
「だ、だって……っ! さっきまであんなにカッコつけてたのに……っ、あはははは! ひぃっ、お腹痛い……っ!」
白雪は涙目になりながら、お腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「あー……っ、もう、最高……。結城くんって人は、本当に期待を裏切らないわね……っ」
「笑い事じゃねぇんだよこっちは!! 助けてくれよ!!」
俺が半泣きで抗議すると、白雪は笑いすぎた目尻の涙を拭い、満面の笑みで俺を見つめた。
「ふふっ。……私、結城くんと友達になって、本当に良かったわ!」
こうして。
氷の女王との間に最高の友情が芽生えたその日。
俺の財布には、取り返しのつかない特大のダメージが刻み込まれるのだった。
「ちょっとクソもやし! なに道端で這いつくばってんのよ、キモ……あら白雪さん。ご機嫌麗しゅう?」
「いや、無理ある。無理ある」
さらにその直後、薬局の袋を提げた結衣が合流し、白雪との仲を疑われる地獄の尋問タイムが始まったのだが――それはまた、別のお話である。




