第35話 封印解除
ローレルに言われた通りに進み部屋の扉の鍵を開けると、大きな黒い宝玉が飾られていた。
「間違いない。これだ」
ダリアが興奮したように宝玉に触れる。すると、いきなり全力で宝玉を殴りつけた。
「えっ、ちょっと! 何してんの?」
宝玉には傷一つつかず、ダリアは忌々しそうにし右手をさすった。
「やっぱり駄目だ。私では壊せない。おい、早いとこ破壊しろ」
やっぱり偉そうなんだよなあ、この悪魔。ちょっとは仲良くなれそうだったけど気のせいかもしれない。
しぶしぶ僕は彼女に離れるように指示し、宝玉に触れる。これを壊せば、シズクを取り戻すことに一歩近づき、ダリアが力を取り戻すことになる。希望と不安が同時に頭をよぎるが、ここまできたらやるしかない。集中し、手に力を込めると電流が流れるような痛みと共に、黒い塊は粉々に砕け散った。
「おおっ、これは! 久しい感覚だ!」
ダリアは興奮した様子で全身に力を入れている。だが、僕の目からは何も変わったようには見えない。翼とか悪魔っぽくなるのかと思っていたがそうでもないらしい。
がっかりした様子を感じたのか、彼女は不満そうにしている。
「何だその感じは! もっとこうないのか、感動は!」
「そう言われてもね。ぱっと見同じだし」
「ぐぬぬ。……まあいい。すぐに違いをわからせてやる」
「えっ、それってどういう……」
言いかけたところで外から何か聞こえてきた。
「ローレル様の仇を取れ! 通路の先だ!」
兵士たちが戻ってきたようだ。目標を達成したことだし、すぐに逃げないと。
……手遅れだった。部屋を出て、通路を進むと大量の兵士が僕らの前に立ちふさがった。
「残念だったな。消耗した体ではこれだけの人数は相手にできまい」
装備を整えて戻ってきた兵士の一人が言った。おそらく隊長か何かだろう。
「いえいえ、まだまだやれますよ」
強がりを言うものの、実際は彼の言う通りだった。僕はもう力を使い果たしていた。情けない。後は逃げるだけだというのに。
「強がりを。だが我々は油断しない。もう逃げられんぞ、……って何をしている?」
僕も同感だった。何してるの? ダリアが僕の目の前でしゃがみ込み、こちらを見上げている。
「おんぶしてやる。乗れ」
え、待って。どういうこと? わけがわからないまま、言われるとおりにした。
困惑した様子で僕らを眺めていた兵士たちは、我慢できなくなったのか大きな声で笑い始めた。
「ははは! 何だそれは!」
うう、恥ずかしい。この年になって女の子におんぶされるなんて。顔が熱い。今自分の顔を見たら、ダリアのドレスより赤いのではないか。
そんな中、一人だけ平静を保っていた彼女は大きく深呼吸をし、口を緩めて言った。
「油断したな」
次の瞬間には僕らを包囲していた兵士たちが、真下に見えた。
えっ、飛んでる? 翼もないのに?
もちろんそんなことはなく、空中にいたのは一瞬のことで、兵士たちを大きく飛び越えた先で、僕らはきれいに着地した。
「どうだ、違いがわかったか」
自慢げに話しかけてきたダリアに、驚きのあまり、「うん」としか返事ができなかったが、彼女は満足そうだった。
振り返り兵士たちを見ると、彼らも驚きで固まっておりポカンとしていた。しかし、すぐに正気を取り戻しこちらに向かってきた。
「逃がすな! 追え!」
大勢で鎧がこすれる音を立てながら必死に走ってきたが、僕をおんぶしながらもダリアは飛び跳ねるように通路を進み、あっという間に城外まで抜け出せた。
「すごいね。振り返っても追いかけてきてないよ」
彼女は歩みを止めることなく僕に尋ねた。
「これからどうする? 服職人のところに戻るのか?」
そう聞かれ、僕はもう一度彼らに会いたい気持ちをこらえ答える。
「いや、あそこには戻らない。宝玉を壊した僕らは晴れてお尋ね者だ。すでに迷惑をかけただろうけど、これ以上はね」
ダリアも同感のようで、「わかった」と返事をし、僕が準備しておいた場所に向かうことにした。
どうやら舞踏会で何かあったらしい。街中にいた兵士たちが騒がしい。
「ダリアさんとラック君、きっと無事よね?」
トトも不安そうに自分の手を重ね、不安そうにしている。
「そうだ、手紙!」
出発の前にラックから渡された手紙を二人で身を寄せて読んだ。
『ハントさん、トトさん。突然こんな手紙を渡してしまってすみません。おそらく、これを読んでる頃には騒ぎが起きているのでしょうね。僕は何も知らないあなたたちを騙していました。全ては城にある宝玉を壊すためです。理由は言えませんが必要なことなんです。赤の他人である僕とダリアを助けてくれたのに、恩を仇で返すようなことになってしまって本当に申し訳ないです。僕らの関係者として何か聞かれるかもしれませんが、自分たちは何も知らなかったと答えてください。あるいは脅されていたと答えるのもいいかもしれません。僕らはここには戻れません。ドレスだけでもお返ししたかったのですが、それも叶わないでしょう。最初から最後までご迷惑おかけしました。 ラック』
何だこれは。自分の体温が上昇するのがわかった。
僕と彼らの関係は数カ月程度のものだ。しかし、行動を共にし、毎日顔を合わせ笑いあった。こんな他人行儀な紙切れでさよならなのか? ふざけるな!
「何これ? もう会えないってこと? それに騙してた?」
トトも困惑しているのだろう。目がきょろきょろと動き、落ち着かない。
「……行こう。これだけじゃ何もわからない。二人に直接会って聞くんだ」
こんなに感情的になるなんていつぶりだろう。トトも僕の方をしっかりと見て、同意した。
僕たちは飛び出すように走り出した。
「どうしてここに?」
着替えや旅の荷物を隠していた場所に向かった後、そのまま街を出ようとしていると、正面にハントとトトさんが待ち構えていた。
「荷物を隠すなら、人気がない夜の工場付近だと思ってね。そこから街を出るなら、ここを通るはずだ」
さすが長年この街に住んでいる人は鋭いな。
「本当なの、私たちを騙していたって?」
トトさんは涙をこらえているのだろう。顔を赤くして叫んだ。
「……本当です。隠していてすみません。だから……」
「馬鹿にするな!」
今まで聞いたことがない大きな声で、ハントが言った。
「僕は服作りにしか興味がない。人の心なんてわからない。それでも、友達が嘘をついているかくらいはわかる!」
「私だって、あなたたちが真剣にダンスをしていたのを見てきた。その気持ちに嘘がないことはわかるつもりよ!」
やっぱり、会わない方が良かった。心がこんなに乱されるなんて。
「言えないこともあるだろうけど、せめてお別れだけでもさせてくれよ」
「ごめんなさい、ドレス、ボロボロになっちゃって……。返せなくて……」
言葉がのどにつっかえて、うまく話せない。気持ちがあふれて言葉がぐちゃぐちゃになる。
「何度でも作ればいい。だから、また帰ってこい」
ハントは僕の肩に手を置きながらそう言った。
「はい!」
街の外れは街灯も少ない。暗い中で僕らは涙を流していたが、少し離れているダリアの表情は僕からは見えなかった。




