第32話 戦いの始まりと襲撃の真相
「ローレル様、なぜここでオオカミを?」
騒ぎの方を見ると、仮面を着けた兵士の服の男が、突如青白い光をまとったオオカミを呼び出した。周りの人間は慌てて彼の傍から離れ、戸惑っている。
当人はそんな様子を気にすることなく、僕とダリアの方へ突き刺すような視線を向けている。
そして、憎悪をにじませた怒声を上げる。
「どういうことだ! お前の隣に居るのは一体何だ? ありえない! シズクは俺が……。答えろ、ラック!」
ローレルは普段とは異なり、我を失ったようでまるで獣の様な声を出した。そして彼の叫びが戦いの始まりを告げる合図となった。矢のように放たれたオオカミが僕らの方に向かって来る。ホールは混乱に包まれ、来場者は悲鳴を上げながら逃げ出していく。
「こんなに大勢人がいる中で襲って来るなんて!」
「まあいいだろ。人間どもは血相を変えて逃げていってるしな」
飛び掛かってくるオオカミを僕たちは左右に飛んで避け、覚悟を決めた。
「くそ、やるしかない。ダリア、予定通り頼む!」
「わかっている。さっさと武器を取ってこい」
彼女のいつも通りの偉そうな言葉を聞き、僕は庭へと走り出した。
逃げ惑う人たちの間をかき分けて、弓矢を置いてある庭に急ぐ。大丈夫。下見は済んでいる。ホールの階段を降り、一階にたどり着く。門から出て行く人々を振り返りつつ、目的地へ向かう。
隠していた弓矢の場所に着き、再び城内に戻ると二人の兵士に見つかった。
「おい、なんでそんなものを持っている!」
舞踏会の日は兵士は城外へ出払っていると聞いていたが、最低限の人員は配置されていたのか。まずいぞ、ここで時間を食っている場合じゃない。担いでいた矢筒に手をかけようとした時、「ぎゃっ」と目の前の兵士たちが突然倒れた。
「やあ、やってくれたみたいだね」
牢屋に捕らえられていたはずの盗賊、ルッソが剣を握り立っていた。
「何であなたがここに?」
訳が分からないと困惑している僕を楽しんでいるように、得意げな顔をして彼は答えた。
「俺はここで兵士をしていた。だから、脱走を手助けしてくれる仲間がいても不思議じゃないだろ?」
そんな都合がいい話があるだろうか? しかし、問い詰めている時間はない。
「……助かりました。それでは僕は急ぐので」
「ああ、その方が良いな。彼女一人じゃ死んじゃうからね。さっきの兵士の件は貸しにしておくよ」
混乱に乗じて逃げようとしているくせにどの口が言うのか。僕は構うことなくダリアの元へ急いだ。
「おお、遅かったな」
ホールに戻った僕の目の前には、息を飲むほど美しかったドレスをボロボロにされ、体中に傷を負ったダリアがいた。
「ダリア!」
彼女に駆け寄ると、少しだけ安心したような表情を見せ、強がった様子で言った。
「全く、美しいドレスがボロボロだ。あいつには美しいものを愛でる心がないようだな」
「ごめん。僕のせいだ。やっぱり君の負担が大きすぎた」
誤算だった。中身がダリアだとはいえ、シズクの体をローレルがここまで傷つけるなんて。
「ラック、説明しろ。こいつは、何だ?」
オオカミを従えながら、仮面の男、ローレルが僕の前に立つ。
「彼女はダリアだ。シズクじゃない」
「当たり前だ。シズクは死んだ。俺が見殺しにしたんだ! だが、それならこいつはなぜシズクの姿をしている?」
彼はダリアを恐怖と苦痛を感じているような顔で見ている。
「聞いてくれ! 僕はシズクを助けるため、悪魔と、ダリアと取引をした。彼女の力を取り戻す代わりにシズクを助ける取引だ。だから、今の彼女はシズクであって、シズクじゃない」
必死で言葉を紡ぐがうまく説明できない。僕の言葉を聞いたローレルは全身の熱が消え去ったような、冷たい口調で言った。
「……悪魔。そうか、やはり奴らは正しかったのか」
「……ローレル?」
さっきまでと様子が異なり、不気味なほど冷静だ。彼はせきを切ったように話し始めた。
「シュタムの襲撃は木の国以外の四か国で計画されたものだ。実行役には各国の守護者たちが選ばれた」
襲撃は他国同士で計画されたもの? 何のために? それになぜ守護者たちが襲撃者に? 僕の困惑を無視し、彼は続ける。
「協力関係にある国を襲うなんてありえない。だが、ある国から木の国に関わる危険な情報が提供された。宝玉による悪魔の復活だ」
突然浴びせられた情報に、僕の頭はついていけない。木の国が悪魔を復活させようとしていた? そんな話は聞いたことがない。それにダリアが復活したのは、僕がシズクを助けるために彼女を頼ったからだ。順番が合わない。
「そんな話を信じたのか」
「俺だって始めはそう思い、父さんに手紙を出し確認もした。父はもちろん否定したが、他国の人間となった俺に本当のことを話すとは限らない」
断定するように彼はそう言ったが、表情はひどくつらそうに見える。
「四か国の会談によって、木の国は敵対国に認定され、悪魔復活の阻止のため宝玉の奪還が計画された。そして、選ばれたのが俺たち守護者四人だ」
僕は彼の心情を想像した。自分の国が危険分子だと決めつけられ、排除の任務に就くことを命じられる。そして、父と妹をも失うことになった。とても耐えられるはずがない。
「任務が終わり、真実がわからないまま俺は日々を過ごした。そこにラック、お前がやってきた」
力なく彼は笑う。
「国を壊した俺はもう、お前と会うことはないと思っていた。その方が良いともな。そして、それは正しかったようだ」
僕の隣に居るダリアを、シズクではない彼女を見て、ローレルは言う。
「理由はともあれ、悪魔は目覚めた。世界のためにお前たちを始末しなければならない。今度こそ俺自身の手によってな」
オオカミが警戒状態を解き、こちらに飛び掛かる姿勢に変わった。もう話すことはないというように。
「もう、どうにもならないのか?」
わかりきっているが、どうしても口からこぼしてしまう。
「俺が守りたかったものは、全部壊れてしまったよ」
悲しそうに笑った表情は、昔の優しかった彼のものだった。
「来るぞ!」




