第30話 いざ、舞踏会へ
まずい、気づかれたのか? 鼓動が速くなるのを感じながら、体をかがめて隠れていると明かりを掲げた兵士が近づいてきた。見つからないことを祈りながら様子を窺っていると、どうやらばれたわけではなさそうだった。
こちらに一切目を向けず過ぎ去っていくのを見て安心していたら、怒鳴り声が聞こえた。
「おい、なぜこんなところにいる!」
心臓が止まるかと思ったが、怒声は僕に向けられたものではなかった。
「すみません、念のためこの辺りも見回った方が良いかと思ったので……」
「勝手なことをするな。ここは陛下から直々に見回る必要はないと言われている。もしも、命令を破ったと知れたら首が飛ぶぞ!」
「も、申し訳ありません!」
「今回は見逃してやる。早く戻るぞ」
連れだって引き返す二人の兵士を見送り、僕は武器を取りに行くため庭園を出た。
弓矢を庭園に隠し、家に引き返す。これで舞踏会当日のための準備は整った。あとは……。
いまだに戻ってこないダリアに思いを巡らす。大丈夫だ、必ず帰ってくる。不安が募る中、とうとう当日をむかえることになった。
「いやあ、ラック君に似合うか心配だったけどかっこいいね」
舞踏会当日の夕方、城に向かう直前にハントから衣装を借り、実際に着てみた
少し照れくさい気がしながらも褒められて悪い気はしない。
「ありがとうございます」
「うん、似合ってる。ダンスもばっちりだし言うことなし!」
トトさんも生徒である僕たちを送り出すためにハントの家に来ていた。
「はい、本当にお世話になりました」
頭を下げて礼を言うと、彼女は虚を突かれたように言った。
「何? 改まって? 帰ってきたら、感想聞かせてね!」
「そのことなんですが……」
僕は用意しておいた手紙をトトさんに手渡す。
「何これ?」
不思議がる彼女の隣で、ハントもそれをまじまじと見つめている。
「その手紙には何が書いてあるんだい?」
「今は言えません。でも、あとで必要になるはずなので、その時にお二人で中を見てください」
「……あとで、っていうのが気になるんだけど」
罪悪感でつぶれそうになりながら、絞り出すように答える。
「本当にすみません。でも、これぐらいしか思いつかなくて……」
彼らは戸惑っていたが、最終的には納得してくれたようだった。そればかりか情けない顔をしているであろう僕を気遣ってくれている。
こんなにも優しい人たちにこれから迷惑をかけるのはつらかった。シズクを取り戻すためなら何でもやるつもりだったはずなのに、自分の覚悟の弱さには呆れてしまう。
「これでラック君は準備万端ね。あとはダリアさんが来るだけなんだけど……」
飾られている深紅のドレスを見ながらトトさんは言った。
「大丈夫、来ます」
その時だった。外の方から馬の鳴き声が聞こえてきた。
何事かと外に通じる扉の方を見ると、扉が壊れるくらいの勢いで銀髪の少女が入ってきた。
「すまん、遅くなった!」
息を切らしながら、何やら袋を持ってきてダリアは僕に謝罪をした。彼女が僕に謝ったことに驚愕してしまい、帰ってきたら言ってやろうと思っていた文句が吹っ飛んでしまった。
「……あとで理由は聞かせてくれるんだよね?」
ダリアが「ああ」とだけ返事をすると、トトさんが大声で言った。
「はいはい、もう時間ないよ! ダリアさんが着替えるから、二人は移動して!」
僕とハントは別室に追いやられながら、二人で顔を見合わせて笑った。去り際に見えたトトさんの笑顔からは涙が流れていたからだ。
着替えが終わり、ついに出発時間になった。
「それじゃあ、そろそろ行きます」
「うん、行ってらっしゃい」
ハントとトトさんは二人で声を合わせて答えた。そして、彼はこう続けた。
「僕は君たちに助けられた。それも二度だ。倒れていたところで食べ物をもらい、子どもの頃からの夢だったドレスも完成させられた。つまり、何が言いたいかと言うと……」
少し考える間があり、再び口を開いた。
「本当に感謝しているってことだ。だから、思い切ってやらなければならないことをしてほしい」
熱が入った言葉を聞き、僕は覚悟が決まった。
「君たち二人の先生ができて、私も楽しかったよ。だから、二人でまた帰ってきてね」
トトさんも僕たちをしっかりと見て、そう言った。今度は涙を流してはいなかった。
「……ありがとうございます」「ああ」
僕たちはそう言うのが精一杯だった。約束はできない。それでも、どこかでそうできたらと思った。
「行ってきます!」
僕たちは振り返ることなく、扉から出た。
城に向かう際、武装した兵士をたくさん見かけた。舞踏会の日はこの国で唯一、城の警備が緩くなる。というのも、国王が「ダンスホールに武装した兵士がいるなど興が冷める」などと話したかららしい。そのため兵士たちは城の外側に配置され、城内はほぼ無防備になっている。
なんと不用心なことだろう。おかげでこちらは動きやすくなるのだが。
城へと通じる道のあちこちでも、祭りの様なにぎわいが感じられる。酒や食べ物を楽しみながら愉快そうに踊る市民で通りは埋め尽くされている。
僕たちは隙間を縫うように歩いていると時折、声をかけられた。
「今から舞踏会ですか?」
「そのドレス、とってもきれい!」
「うらやましいなあ、おい!」
僕はあいまいに返事をしながらダリアを見ると、彼女はどこか誇らしげにしていた。
「ところでいいかげん聞いてもいい?」
「何だ?」
ダリアは戻ってきた時から、何かが入った袋をずっと持っていた。
「それなに?」
「これはとっておきの品物だ」
大事そうに抱えているからそうだとは思うけど……。言いにくい。でも、思い切って言うことにした。
「それ、持ち込めないんじゃない?」
すると、ふふんと自信ありげな顔をして彼女は答えた。
「大丈夫だ。ちゃんと考えがある」
ほんとかなあ? まあいいけど。
城にたどり着くと、城門前で受付係が立っており、来客の対応をしていた。衣装を着飾っている者は皆、素顔を隠す仮面を着けている。
僕は用意していた仮面をダリアにも渡し、着けるように言った。
「これを着けていると中に入れるって話だ」
目元を隠すデザインの仮面を見て、彼女は不満そうにする。
「これを着けるのか? 私のセンスには合わないな」
「文句言わない」
ダリアはしぶしぶといった様子で仮面を着けた。そして、受付の順番が僕らに回ってきた。
「お二人様ですね。初めてですか?」
品がある受付係が尋ねてきた。
「ええ、以前から招待されていたのですが、なかなか来られなくて」
「さようでございますか。今晩はお楽しみください」
どうやら身分確認はないようだった。聞いていた通り、仮面自体が身分保証になっているらしい。ほっとして、城に入ろうとしたところで呼び止められた。
「申し訳ございません。そちらの中身を確認してもよろしいでしょうか?」
受付係の視線の先にはダリアの持ってきた袋があった。ほら見ろ! やっぱり止められた。
どうするつもりかとダリアに聞くと、「任せろ」と言って、受付係のところに走って行った。何やら二人で話をしているようだが、彼女の背中しか見えない。袋の中身を見せているようだ。
そして、どうやら許可が下りたらしく、ダリアが戻ってきた。
「許可が出た。持って入っていいそうだ」
「どうやって説得したの?」
僕が聞くと、あっさりと彼女は答えた。
「『病気の妹が自分の代わりに持っていってほしいと頼んだものだ』そう言って、中身を見せたら涙を流しながら許してくれたぞ」
嘘つき! ……というか意外と甘いな、城の確認。
なにはともあれ無事に僕らは城に入ることができた。




