第29話 牢屋の剣士
牢の中には村を襲ったあごひげの盗賊、ルッソがいた。以前会った時に比べ体は痩せ、髪も乱れている。
「誰だ?」
生気を感じさせない声でルッソは尋ねた。
「僕がわかりますか?」
ルッソは伸びた前髪の隙間から僕をぎろりと覗き見た。
「ああ、君か。村ではどうも。おかげでこんなところにぶちこまれたよ」
不気味に笑いながら彼は答えた。
「君が捕まえたというのは本当のようだな。確認も取れたので私は仕事に戻る。帰りは牢屋番に声をかけてくれ」
門番はそう言い残すとそそくさと戻っていった。おそらく目の前にいる気味が悪い男からすぐに離れたかったのだろう。
薄暗い牢屋に一人残された僕は、速まる鼓動を抑えながら彼と向き合う。
「あなたに聞きたいことがあるんです」
「何かな」
「以前あなたはユジーヌで兵士をしていたと話していました。それならば城門以外の抜け道も知っているのではないですか?」
彼は虚を突かれた顔でこちらを窺う。
「なぜそんなことを聞く? 仮に知っていても教える義理もない」
当たり前の返答だ。城の抜け道なんて悪事を働こうって人間以外知る必要がない。まともな人間なら知っていても答えるはずはないのだ。それでも僕は彼なら答えてくれる気がした。
「必要なことなんです。抜け道はあるんですか?」
するとルッソは腕組みをして黙り込んだ。やはり抜け道はないのか。不安がよぎった時、彼が口を開いた。
「彼女のためか?」
一瞬、誰を指してるのかわからなかったがすぐに理解した。ダリアのことを言っているのだ。
「……彼女のためでもあります。でも、自分のためでもあります」
僕の返事に納得したのか、彼は少し笑った。そして、大きく息を吐き出して言った。
「率直に言うと、抜け道はある」
「本当ですか!」
興奮のあまり鉄格子に掴みかかってしまいガシャンと音が鳴る。
「落ち着け。元々街に夜遊びに出かけるために王族が作らせたらしくてね。城門の反対側の茂みに隠されるように作られたんだ。馬鹿な話だろう? わざわざ自分たちで城の急所を作るなんて」
ルッソは嘲るようにそう言った。兵士であった彼は思うところがあったのかもしれない。
「俺が働いていたころの話だから、とっくに封鎖されているかもしれないけどね。それにそこから入れるのは庭までだぞ?」
「充分です! でもどうして教えてくれたんですか?」
「彼女には楽しませてもらったからね。その礼だよ。それにこれは俺の勝手な想像だけど……」
「何ですか?」
ルッソはもったいぶるようにたっぷりと間をとって答えた。
「君らはこの城の人間に一泡吹かせてくれそうな気がする」
にやりと笑いながら話す彼はいたずらを企てる少年のようだった。僕は彼に頭を下げて、薄暗い通路を引き返し階段を上がった。
地上まで戻り、牢屋番に声をかけて城外へ向かう。城門付近まで戻ってくると、先程の年配の門番がいた。
「ああ君か。どうだった? 話は聞けたか?」
「はい。おかげさまで」
「実はな、あいつは私の部下だった。剣の腕は立つし、正義感も強かった。だがなあ、それが原因で城を追われることになった」
「どういうことですか?」
「城の中で不正な金の流れがあった。それを追っていくうちに王族から目をつけられ、ありもしない罪で職を失ったんだ。おそらく、ことが明るみになるとまずい人間が城にいたんだろう」
「そんな……」
そこまで話すと門番は慌てて僕に口止めをした。
「つい話過ぎてしまった。悪いがここだけの話にしてくれ」
僕は首を縦に振り、門を出た。
まだ外は明るい。ルッソからは有益な情報を仕入れることができた。しかし、準備をするには夜になるのを待つ必要がある。朝から何も食べていなかったことを思い出し、食事をするため街に向かった。
昼食を済ませた後は家に戻り、ダリアの帰りを待った。それでも日が沈み、辺りが暗くなっても彼女は帰って来なかった。
ハントと夕食を済ませ、彼が部屋に戻るのを見届けてから、僕は昼に立てた計画を実行することにした。
ローレルとの戦いに備え、僕が考えるべきは武器をどうやって城に持ち込むかということだった。ハントのおかげで舞踏会の日に城に入ることはできるようにはなった。それでもローレルと戦うとなると、ダリアだけでは分が悪い。僕は弓矢を持ち込むための方法を探っていた。
以前にルッソとの戦いでダリアに相手を引き付けてもらい、弓を取りに行ったことがあった。あの時はたまたま相手がじっくりと攻めてきてくれたから間に合ったが、次も同じようになるとは限らない。持ち込むことが難しいなら、できるだけ近くに武器を隠しておきたい。
今日手に入れた情報が確かなら、門の内側に弓矢を隠すことができると思った。昼、城から戻った僕は念入りに弓矢の手入れをして、人目を避けて行動するため夜を待った。
準備しておいた武器を持ち、ハントの家を出る。街灯が灯っているが、人が多い大通りは避け、暗い路地裏を進む。幸いにもすれ違う人もおらず、ルッソに聞いた城門の反対側までたどり着いた。
城門側は店や居住区がありにぎわっているが、この辺りは開発が進んでいないのか草木も多く、夜は人気がなく静まり返っていた。抜け道があるとしたら、出入りが見られにくいようにされているはずだ。そびえたつ壁に沿って歩いていると、茂みに覆われている一画が見えた。あの辺りか。
月明かりがあるといっても、夜中に抜け道を探すとなると骨が折れる。持ってきておいたランタンに火をつけて、入り口が隠せそうな茂みをくまなく探す。しばらくすると、茂みに隠れるくらいの穴が空いた場所が見つかった。あまりにも無防備だったのであっけにとられてしまう。いまだに夜遊びを続ける人間がいるのかもしれない。
とはいえ僕にとっては好都合だった。穴はそこまで大きくないが、なんとか弓矢を反対側には運べそうだ。念のため、運搬する前に反対側の様子を確かめることにした。明かりを消し、かがんだ姿勢で穴を抜けると、ルッソの言っていた通り、城の庭のようだった。
こちら側も穴が隠されるように茂みがあったが、庭園のようになっており、手入れが行き届き整備されている。うまくカモフラージュしたものだ。
庭園には巡回できるように敷石が敷かれており、天気がいい日には植物を愛でることができるのだろう。
何とか弓矢を隠せそうだとほっとして、来た道を戻ろうとした時、こちらに向かってくる足音が聞こえた。




