第28話 消えたダリア
舞踏会目前でパートナーがいなくなる。その事実に僕は動揺していた。
すぐに戻ると書いてあったが、もう二日しかない。自分にできることは待つことしかないとわかっているが、胸がざわざわして落ち着かない。置手紙を見た後、街に繰り出してダリアの姿を探す。
トトさんの教室。いつも彼女が行くパン屋。城の近くにも行ってみるが、どこにもいない。結局、一日中探し回ったが見つからなかった。徒労感と不安感を抱えて家に戻るが、まだダリアは帰っていなかった。
「ラック君、ダリアさんは?」
ハントの言葉に首を振って答える。
「そうか。……なに、明日にはひょっこり帰ってくるよ。心配いらないさ」
ハントは作り笑いを浮かべてそう言った。
「そうですよね。すみません、ハントさんも晩ごはんまだですよね」
「今日は腕によりをかけて作ったよ。さあ、食べよう!」
キッチンを見ると、ダリアが喜びそうな肉料理が準備されていた。彼も彼女を心配してくれているのだろう。いつもの食卓だが、彼女がいないためか別の家で食べているような気分になった。
部屋に戻り、ダリアがいなくなった理由を考える。
文面通りの意味を考えると、何か目的があっての行動だろう。しかし、それがさっぱりわからない。……ああもう、なんで手紙で書くんだよ! 直接言えばいいだろ!
その時、嫌な考えが頭をよぎる。直接言えないことなのか?
僕たちは仲がいいわけではない。協力関係だからと言って、人間と悪魔に変わりはないからだ。それでも、これまでは上手くやってきたつもりだったのに。
盗賊や精霊憑きの獣に襲われた時だって、二人で撃退できた。二人でペアを組み、ダンスを踊ることになった時だって、最初こそ上手くいかなかったけれど、今では形になってきた。それなのにどうしていなくなった?
もしかして、逃げた?
思い返せば彼女がいなくなったのは、昨日ローレルとの戦いについて話し合ったからではないのか。過去に精霊使いに手痛い敗北をした彼女だ。強がっているが、内心恐れを抱いていたのかもしれない。だから……。
やめよう。今のダリアは僕のパートナーだ。それなのに僕が彼女を信じてあげなければ、僕は彼女と共にいる資格はない。
部屋の明かりを消し、ベッドに入る。大丈夫。明日になったら帰ってくるさ。不安で眠れないかもしれないと思っていたが、一日中駆けずり回ったせいかすぐに眠りにつけた。
舞踏会前日。朝の食卓にダリアはいなかった。
僕は手早く食事を済ませ、ハントに声をかける。
「もう一度探してきます」
彼も僕の気持ちを汲んでくれたのか、何も言わずに送り出してくれた。
勢いよく家を飛び出したのはいいが、昨日のうちに彼女が行きそうなところはあらかた探していた。とりあえず、今日もトトさんのところに向かう。
朝早くから訪ねたにも関わらず、トトさんは嫌な顔一つしないで迎えてくれた。
「おはよう、ラック君。ダリアさん見つかった?」
「いえ、まだです。こちらにも来ていませんよね?」
彼女は申し訳なさそうに首を縦に振る。
「心配ね。明日は舞踏会当日だから、それまでには戻ってくるだろうけど」
トトさんの顔を見ると、いつもより表情が硬い。それにどこか疲れているような気がする。もしかしたら眠れなかったのかもしれない。
「どこかダリアが行きそうな場所に心あたりはありませんか?」
昨日も聞いた質問を口走ってしまう。彼女も首を横に振るだけだった。
重苦しい空気になってしまいそうな時に、トトさんが声を張り上げて言った。
「大丈夫、書き置きがあったんでしょ。すぐに戻ってくるって。だから信じて待ちましょう!」
「……ありがとうございます」
僕は彼女の言葉に少し元気をもらい、感謝を伝えて教室を後にした。
これ以上どこを探せばいいのだろう。行く当てもなくさまよっていると、馬小屋にたどり着いた。普段は小屋の中には長距離移動用の馬が飼われているのだろうが、今は空だった。そういえば、僕たちが捕まえた盗賊たちも馬車でこの街に連れて来られたはずだ。
馬小屋の店主らしい男性に声をかける。
「すみません、少しいいですか?」
「いらっしゃい、馬が必要ですか?」
男性は快活な様子で返事をした。体と同じでとても声が大きい。
「いえ、そうじゃないんです。人を探しているんですが?」
客ではないので残念がられるかと思ったが、予想に反して彼はほっとしているようだった。
「それは良かった。今はみんな出払っていてね。断らなければいけないところだったよ。それで、どんな人を探しているんだい?」
「年は僕と同じくらいで、銀髪をした女の子です」
「ああ、それなら見かけたよ」
「えっ! どこでですか!」
思いもよらない返事だったので、彼に詰め寄るようになってしまった。まあまあと諭しながら男性は答えた。
「昨日の早朝だったなあ。馬に餌をあげていると、女の子が『そいつを貸してくれ』って言ってきたんだ。ずいぶん朝早くに出かけるんだなと思ったけど、きちんとお金をもらったから貸し出したよ」
昨日の朝か。僕が眠っている隙に出かけたということだ。
「それでどこに向かったんですか?」
「うーん、場所までは聞かなかったなあ。でも、二、三日で帰るって言ってたよ。だから、三日分の料金を前払いでもらった」
ダリアとともにお金も消えたのはそういうことか。盗んだのではなく、支払いのために必要だったのだ。
「わかりました。ありがとうございます」
「お役に立てたかな?」男性はにっと笑いながら言った。
礼を言い、馬小屋を離れながら僕は考えをまとめた。
ダリアは昨日の朝、お金を持って家を出た。わざわざ僕が眠っている朝早くに。そして、馬を借りてどこかに向かった。行方不明になる前にローレルとの戦いは避けられないと話していたことから、恐れをなして逃げたとも考えられる。だが、わざわざ書置きを残すだろうか。それに戦いから逃げたら彼女の目的は達成されることはない。悪魔の力は戻らないままだ。それならどこに?
いくら考えても堂々巡りだ。今は彼女が帰ってくると信じ、自分ができることをするしかない。先ほどふと考え着いたことがあったので、僕は城の方に向かった。
鉄の国の城は壁に囲まれており、入り口は正面の門だけであった。槍を持った門番二人のうち年が若い方に声をかけた。
「あの、すみません」
門番はこちらをじろりとにらみ、高圧的な態度で答えた。
「なんだ、この城は許可が下りた人間しか入ることはできん」
「少し前に盗賊がこの城に連れて来られたと聞いたんですが、面会させてもらいたいんです」
若い門番は馬鹿にするように笑いながら、僕の要求を拒否した。
「そんなことできるか。特に連中の一人は、この国の元兵士でありながら盗賊になった大罪人だ。おまえのような小僧が簡単に会えるわけがない」
「僕が彼らを捕まえたと言っても?」
「何?」
明らかに敵意をむきだしにして、彼は僕の襟首をつかんだ。
「嘘をつくな。これ以上手間をかけさせるなら、痛い目を見てもらうぞ」
やはり無理があるか。諦めかけたその時、隣にいたもう一人の年配の方の門番が同僚をいさめた。
「やめろ。やりすぎだ」
「ですが……」
「いいから手を放せ」
若い門番は不承不承と言った様子で、僕から手を離した。
「悪かったな。君が言っていたのは本当か?」
「はい。僕と……、妹のダリアで村を襲おうとしていた盗賊三人を捕まえました」
年配の門番はふむと考え込んだあと言葉を続けた。
「君の名前は?」
「ラックです」
「ラックとダリア。確かに聞いていた話と一致するな。少し待っていてくれるか。面会の許可が下りるか確認する」
彼の言葉を聞いた若い門番は驚いた様子で喚いた。
「正気ですか? 何でこんな子どもを……」
「あのルッソを捕まえたとなると大手柄だ。あいつには何人もこの国の兵士がやられている。もしかしたら許可も下りるかもしれん」
あのあごひげの盗賊はルッソというのか。ダリアが相手をしていたが、剣の腕前は優れていたようだった。並みの兵士では太刀打ちできないだろう。
「お願いします。どうしても聞きたいことがあるんです」
「わかった。すぐに戻る」
そう言うと門番は城に向かい走って行った。その場に僕は若い方と残されたが、気まずいのでお互い口はきかなかった。
帰ってきた門番から許可が下りたことを聞き、二人で城の中にある牢屋に向かった。牢屋は地下にあるようで、城内に入るとすぐに階段を下ることになった。少しでも城の下見ができるかと思ったが、思い通りにはいかない。
牢屋番に地下への扉を開けてもらい、先導する門番に続いて階段を下りていくが空気がこもっているのか、じめじめしている。明かりも最低限しかなく薄暗い。地下に着くと鉄格子の牢屋が左右に続いていた。ほとんどは使われていないが、数人捕らえられている者もいる。そのほぼ全員が表情もなく、ただたたずんでいるだけのようだ。
奥の方にある鉄格子の前で門番が止まった。
「ここだ」




