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この異世界でかりそめの君と〜最悪の悪魔になった幼馴染を元に戻すため、僕は彼女と世界を壊す旅に出る〜  作者: 鳴尾リョウ


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第25話 彼が雨で濡れないように

「それじゃあ、行ってきます」


 今日は朝から工場の仕事なので、早めに朝食を済ませ、出かける際にハントに声をかけた。


「ああ、行ってらっしゃい。天気が良くないから傘を持って行った方がいいかも」


 確かに窓から見える空は雲で覆われていた。帰る頃には降ってくるかも。


 すると、ダリアが寝癖をつけたまま部屋から出てきた。


「ふああ、何だもう出かけるのか」


「うん、夕方までは仕事なんだ。それはそうと今日のことなんだけど……」


「わかっている。夕方の練習だろ。昨日聞いた」


 顔の前で手を振りながら、あきれたように彼女は言った。


「忘れないで来てくれよ。僕も仕事が終わったらすぐに行くから」


「だからわかっている。私は約束は守る」


「それならいいけど。……しまった、話過ぎた。それじゃあまた後で」


 話に夢中で遅れるところだった。駆け足で仕事場へ向かう。


 傘を忘れたことに気づいたのは家を出て、しばらく経ってからだった。……まあいいか。僕は降り出さない可能性に賭け、先を急いだ。


 製鉄とは鉄鉱石から銑鉄を作り出すことを言う。炉の中に鉄鉱石と石炭から作られるコークスを入れて、溶かしたものが銑鉄だ。そこからさらに不純物を取り除くことで、より硬い鉄となる。


 僕の仕事は炉に入れる材料の運搬だった。手押し車に材料を乗せ、炉まで運ぶ。これが重くて、しっかりと支えないとバランスを崩し、中身をぶちまけてしまう。それに炉の温度は千度を超えるので、作業場がすこぶる熱い。なるほど、ベテランが多いのは、若者の定着率が悪いからなのだろう。


 午前中の作業が終わり昼休憩をしていると、にわかに辺りが騒がしくなった。


「おい、大丈夫か!」


 年配の男が横になっている若い男性に声をかけている。しかし、若い男は返事ができないようで、苦しそうだ。


「熱さにやられたのかもしれん。救護室に運ぶぞ」


 数人の男たちに担がれて、倒れていた人物は運ばれていった。無事だといいけれど。


 休憩後、作業場の管理者が作業員を集めていった。


「えー、知っていると思うが、作業員が一人倒れた。幸い症状は軽いらしいが、今日の作業は難しい。すまないが、みなで彼の分までがんばってほしい」


 話を聞いていた男たちは、無言でうなずいた。困った時はお互い様だ。僕たちは解散し、それぞれの持ち場に着き作業を再開した。


 仕事が終わったのは、もう夕方をかなり過ぎ、暗くなった頃だった。急いで汗でびしょびしょの服を着替え、トトさんの教室へ向かう。


 工場を出ると、ハントの言っていた通り激しく雨が降っていた。傘を持ってこなかったことを悔やんだが、ダリアを待たせている。ずぶぬれになるのを厭わずに、一心不乱に走った。


 ダリアに念を押しておいてこのざまだ。せっかく彼女もやる気になっていたのに。僕の方が約束を守れていない。


 着替えたばかりの服が、絞れるほど濡れた状態で教室の扉を開ける。


「ごめんダリア、遅くなった!」


 勢いよく扉を開けた上大きな声で叫んだので、こちらを振り返ったトトさんは驚いた顔をしていた。


「ラック君、ずぶ濡れじゃない!」


「トトさん、ダリアは?」


 室内に彼女はいなかった。案の定トトさんの返事は予想通りだった。


「……さっきまではいたんだけどね。もう帰ったよ」


「……そうですか」


 ダリアを責めることはできない。約束の時間を一時間は過ぎている。


「とりあえず、何か拭くもの持ってくるね。風邪ひいちゃう」


 トトさんは奥に引っ込み、タオルと着替えを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


「男性用の稽古着だから着られると思う。……それで何で遅れたの?」


 いつも優しく接してくれるトトさんだったが、今日は言葉に棘がある様に感じた。


「仕事で体調を崩した人が出てしまって。その人の分の仕事を手伝っていたら遅れてしまいました」


 正直に訳を話すと、彼女はため息を吐いた後、少しだけ態度を軟化して言った。


「……それならどうしようもないけれど、これだけは言わせて。ダリアさんは時間が過ぎても、ずっと君を待っていた。私が『もしかしたらたまたま忘れてしまって、家に帰ったんじゃない?』って言っても、『そんなはずはない』って聞かなかった」


 ダリアがそんな風に言っていたなんて。意外だったが、今まで彼女は僕を疑ったことはなかったと思う。


「それでも若い女の子が一人で遅い時間に帰ると危ないと思って、ついさっき私が帰らせたの。結果的に入れ違いになってしまったけど」


「すみません」


「それは私じゃなくて、ダリアさんに言ってあげて。今日はもう帰りなさい」


 トトさんは僕に傘を渡しながら言った。


「ありがとうございます。お借りします」


「それは私のじゃないの。ダリアさんが持ってきたものよ。『あいつ、傘を忘れていったからな』ってね」


 僕はその時、ダリアのことをちゃんと見ていなかったことに気づいた。いつも傲慢で、何事にも面倒そうにしている彼女をどこか冷めた目で見ていたのだ。しかしダリアは、僕が雨で濡れないように傘を持ってきてくれた上、練習に現れない僕の言葉を信じて、ギリギリまで待ってくれていた。僕のために。


 トトさんに礼をして、受け取った傘を差し家に急いだ。水たまりに構わず走っているため、ズボンのすそは泥で汚れていく。それでも速度を緩めることなく、僕は家まで立ち止まらなかった。


 ようやくハントの家にたどり着くと、荒くなった息を整えることもせず、勢いよく扉を開いた。


「ダリア!」


 ダリアとハントは驚いた様子で僕を見た。


「どうしたの、そんなに必死な顔して?」


 ハントが慌てて言ったがその言葉には答えずに、テーブルで先に食事をしているダリアの前に立つ。


「ごめんダリア!」


 彼女は僕の方を見ずに言った。


「……なぜ来なかった?」


「……仕事でトラブルがあった。すまない」


 彼女は僕の方を向き、落ち着いた口調で言う。


「理由はわかった。だが、だからといって許すわけにはいかん。……いつも人間は約束を守らない」


 僕は何も言えなかった。彼女が言うことはもっともだ。約束を破られた方に破った側の事情は関係ない。


 すると立ち尽くすことしかできない僕に、彼女はフォークで肉を口に運びながら提案をした。


「とはいえ、お前がいなければ困るのも事実だ。だから、許してほしかったら代償を払うことだ」


 思いもしなかった言葉に僕は面食らった。代償?


「つまり、僕に何かをしろっていうのか。いったい何をすればいい?」


 その言葉を待っていたとばかりに、こちらを向いたダリアの口元は緩んでいた。


「決まっているだろう、供え物だ。揚げパンを買ってこい」


 彼女の言葉にあっけにとられていると、今まで口を挟まなかったハントが僕の肩を叩いた。


「いいパートナーに恵まれたね」


 ダンスのことだよな? それとも……。


 ダリアの器の大きさに感謝しながら、返事をする。


「うん、わかった。約束する」


 彼女は「おう」とだけ言って、再び料理に集中し始めた。僕はそんな態度を今日はありがたく思い、二人と共に食卓に着いた。


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