第24話 対等な存在
翌日、二人でトトさんの教室に向かった。
「それじゃあ、今日から二人で踊ってみようか。まずは基本的なステップから……」
僕はダリアの手を握りながら、足を前後左右にと運んでいく。しかし、トトさんが相手の時のようにスムーズに動くことができない。何度もダリアの足を踏み、文句を言われる。彼女の方も動きがぎこちなくなってしまうことに苛々しているようだ。
僕らの不穏な空気を感じ取ったのか、トトさんがストップをかけた。
「うーん、最初から上手くはいかないか」
トトさんがそう言うと、ダリアは腹に据えかねたのか、僕を指さして大声を上げた。
「こいつが私に合わせないからだ!」
確かに僕の実力が十分だとは言えない。それでも言い方というものがある。僕の方も頭に血がのぼり語気を強めて言い返す。
「いや、ダリアが自分勝手に動くからだろ!」
このままでは言い争いになるであろう時に、トトさんがなだめるように言う。
「はいはい、二人とも落ち着いて。まずはダリアさん。あなたの動きはキレもあって、華やかさもある。」
先生であるトトさんに褒められたからか、ダリアは怒りが引っ込んだようにうれしそうな表情になる。
「そうだろそうだろ。だから、悪いのはこいつ……」
「でもね、それだけじゃ駄目なの」
厳しい表情をして、トトさんはダリアをじっと見た。
「どういうことだ?」
訳が分からないと言いたげな彼女に向かって、トトさんは諭すように続けた。
「これはペアダンスだから。二人の息が合わないと、せっかくの踊りもチグハグでまとまりがないものになっちゃう。舞踏会に出るならラック君と協力して、美しい踊りを踊らなくっちゃ」
彼女の思いが通じたのか、ダリアは少しの間黙り込み、
「……わかった。努力しよう」
とだけ言った。
ダリアに考えを改めさせるなんて。やはり普段から人に教える仕事をしているだけあって、彼女は説得がうまい。感心していると、今度は僕に指導が入った。
「次にラック君」
「えっ、僕もですか?」
急だったので、変な声が出てしまった。
「もちろん。あなたはダリアさんの動きを見て、自分はあまり目立たないようにして、彼女を引き立てるように踊っているでしょう?」
一度踊りを見ただけでわかるものなのか。ダリアが調子に乗りそうだから口には出したくなかったのだけれど。
「確かにそうです。悔しいけど、彼女の踊りは見てる人を惹きつけるので」
ふとダリアの方を見ると、驚いていたのか口を挟んでこない。
僕は踊りに関しては素人だから、良し悪しなんてわからない。それでも、ダリアが踊っているところを何度か見るうちに、彼女の踊りは不思議と見入ってしまうと感じた。
トトさんは「はぁ」と息をつくと、先程ダリアを説得する時と同じ表情をして言った。
「それが悪いとは言わない。でもね、あなたたちはパートナーなの。二人で一つ。どちらが欠けてもいけない。だから、自分も主役だってことは忘れないで、堂々と踊りなさい」
二人で一つか。その通りかもしれない。僕が引き立て役になればいいと思っていたけど、それでは本当のペアにはなれない。お互いが対等な存在でなければ。
「わかりました。やってみます」
僕の返事に納得したのか、トトさんも顔を緩ませた。
「それじゃあ、もう一度始めましょうか!」
結局、今日は一日中練習を続けた。もうこれ以上は足が動かない。
「今日はお疲れ様。次の練習もがんばりましょうね」
僕たち二人に手本を見せるために、何度も踊っていたのにトトさんは疲れた素振りを見せない。これがプロってやつか。
「おお、またな」
「はい、よろしくお願いします」
二人で礼を言い、ハントの家まで帰ろうとした。しかし、僕は前から引っかかっていたことがあり、ダリアに先に帰るよう促して、再び教室に戻った。
「? 何か話したいことでもあるの?」
トトさんは不思議そうな顔をして僕を見た。
「いや、その……」
「何? 気になるじゃない」
意を決して彼女に質問する。
「トトさんは昔、ハントさんと真っ赤なドレスを見て、それに感動してダンスの講師になった。そうでしたよね」
彼女は顎に手を添え、考えるようにしながら答える。
「大体はそんな感じね」
「やっぱり、ダリアのために思い出のドレスを作ってもらうのはどうなのかなと思って……」
「またその話? 前にも話したけど気にする必要なんてない」
「でも……」
自分でもしつこいことはわかっていた。それでも、以前の彼女の寂しそうな表情が頭から離れない。トトさんは深く息を吐くと、ぽつぽつと語り始めた。
「ほんとのことを言うと、ちょっとだけ羨ましい。私がこの仕事を始めるきっかけにもなっているしね。あんなドレスを私も着てみたいって思う」
「だったら……」
興奮した僕を落ち着かせるようにして、彼女は諭すように言った。
「でもね、講師になって思ったの。自分が教えた生徒さんが美しいドレスを着て、晴れの舞台でダンスを踊る。きっとその瞬間は、最高の時間だって思ってくれる。私はその手伝いができることがとてもうれしいの」
自分の仕事に誇りを持ち、笑顔でそう語るトトさんはまぶしかった。
「……わかりました。トトさんに恥ずかしくないようなダンスを踊ります」
「それでよし!」
彼女は僕の背中をバンと叩き、笑顔になった。
「でもねえ。ハントの奴、一度も私にドレスを作ってくれたことないんだよ!」
「えっ、そうなんですか!」
「さりげなく理由を聞いてみたら、『僕のドレスは君にふさわしくない』だって。むかつくよね」
彼女の話はどこか違和感があった。僕が知っているハントは、傲慢さのかけらもない人だ。彼がそんな風に言うだろうか? 僕がそう言いかけると、それを打ち消すように彼女は続ける。
「それでそんなに言うなら、ドレスを作りたくなるくらい上手くなってやるって思って、必死に練習して講師になれたの。……まあ、その点では感謝しないとだけど」
もしかしたら、ハントはそこまで考えてあえて厳しいことを言ったのかもしれない。彼女のことを理解しているからこその発言だったということだ。
いろいろと話してすっきりした様子でトトさんは言った。
「ところで、次の練習はいつにする? 明日は夕方以降なら大丈夫だけど?」
明日はもう工場の仕事を入れてしまっていた。だが、今日のダリアはやる気が感じられた。その気持ちに水を差したくはない。
「それなら夕方でお願いします。ダリアには僕が伝えておくので」
「了解! それじゃあ、また明日」
教室を出るとさっきまでとは違い、もう辺りは暗くなっていた。
すっかり遅くなってしまった。腹を空かせるとダリアの機嫌が悪くなる。僕は街灯の光に照らされながら家路を急いだ。




