第23話 突然の再会
ダンスの練習を始めて一カ月ほど経ったある日のこと。トトさんの予定が空いていなかったので、朝から工場での日雇いの仕事に出て、夕方頃、帰路に着くところだった。
この国の労働者はユジーヌ近辺の村から出てきた男性がほとんどで、工場での作業も製鉄に必要な燃料や鉄鉱石を運んだりする重労働だ。加えて作業場は高温になる。熱中症の危険もあるため、水分と塩分補給は欠かせない。
仕事が終わるころには服が汗でびっしょりなので、必ず着替えは持っていかなくてはならない。それでも家に帰るとダリアには「汗臭いな」と言われてしまう。まったく、大変な仕事なんだぞ。
そうして作られた鉄はこの国の一番の産業になっている。自国の鉄製品や武具への使用はもちろん、他国への輸出によって外貨を獲得する手段にもなっていた。
相当潤っているらしく、街はどこも整備が行き届き、近代的だ。シュタムでも文明的だと感じていたが、この街はその比ではない。ユジーヌ以上に発展している街はおそらくないのではと思わせる程だった。
日が沈んでいく中、仕事終わりの労働者たちがごった返している通りに出た。ここに来た初日も思ったが、本当に活気がある。まあ、酒に酔っぱらって店で暴れたり大声を出しているのはいただけないが。
僕も早く帰って夕食にしよう。そんなことを考えていると、雑踏の中に見知った顔があった。
突然のことだったので、胸の鼓動が速くなるのを感じる。しかし、この機を逃すわけにはいかない。夕日に照らされて、銀髪が赤く染まった少年に駆け寄った。向こうもこちらに気づいたようで、驚きを隠せていない。彼のそんな表情を僕はほとんど見たことがなかった。
「ラック! どうしてお前がこの国にいる!」
「ローレル! 君こそどうしてここに」
守護者として城で働いているはずの彼がなぜこんなところに? 僕の疑問を悟ったのか、すぐに冷静さを取り戻したように返事をする。
「俺の仕事はこの国の守護だ。基本的に城の警備をしているが、城外の危険分子も警戒する必要がある。今は見回り中だ」
「そうなんだ。いや、そんなことより君に聞きたいことがある」
「……ここでは人目がある。場所を移そう」
そう言うと彼は路地裏の方を指し、移動を促した。二人で人気のない場所まで歩いていくと、ローレルが話し出した。
「……それで何が聞きたい?」
表情を曇らせながらローレルは短く言った。聡明な彼はこれから僕がする質問を理解しているのだろう。
「木の国が襲われたことは知っているよね」
「ああ」
「たくさんの人が傷つけられた。死んでしまった人だっている。……オリバーも」
「……」
ローレルは返事をしない。僕は言葉を続けた。
「……やっぱり知っていたんだね。僕は君を城の中で見た。鉄の国で守護者をしているはずの君をだ。ありえないことだってわかってる。でも、答えてくれ。君が国を襲ったのか?」
しばしの間、沈黙が流れた。ようやく口を開いた彼は決心したように言った。
「……そうだと言ったら?」
「なぜだ! 君がそんなことをする理由がわからない! 故郷を襲い、人々を傷つけ、家族にまで手をかけた。僕の知っている君はそんなことをするはずがない!」
感情を露わにして大声を出すと、遠くからこちらを通行人が窺っていた。巻き込まれてはたまらないとすぐに退散するのを見届けると、ローレルが視線を合わせずに返事をした。
「理由か。お前に話したところで意味はない。……今日は見回りに来て正解だった。こうして危険分子を発見できたんだからな」
「ローレル!」
「ラック、今回だけは見逃してやる。だから大人しく木の国へ帰れ。さもなければ、次に会った時はお前を始末する」
彼はそう告げると、もう話すことはないといった様子で通りの方へ歩いて行く。これ以上は話を聞けそうにない。それでも、これだけは聞いておかなければ。
「理由を話すつもりはないってことか。……最後に一つだけ。シズクがどうなったかは知っているのか?」
妹の名に動揺したのか、一瞬だけ歩みを止めた。だが、こちらを振り返ることなくローレルは一言呟いただけだった。
「……俺にはもう、家族はいない」
家に着いた時には完全に日が沈んでしまっていた。
「ただいま」
ソファでくつろいでいたダリアがこちらに気づいて応じる。
「遅かったな。寄り道か?」
「ローレルと会った」
想定外の様子だったが、「へぇ」とだけ言うと、興味を持ったのか僕に先を促した。
「こいつの兄か。で、何か聞き出せたのか?」
「いや、何も。一方的に国に帰れだってさ。じゃなきゃ始末するって言われた」
彼女はにやにやしながら、さらに興味をそそられたようだった。
「はっ、ますます怪しくなってきたな。そいつの口から無理やりにでも真相が聞きたくなってきた」
ダリアの態度は気になったが、意見は同じようだ。
「珍しいね。僕も同意見だ。どのみち僕たちは、もう一度彼に会うことになる。ローレルはこの国の守護者だ」
「守護者か。あいつが忌々しい宝玉を守っているというわけだ。ちょうどいい。封印を解くついでに、奴の口も割らせてもらおう」
彼女に任せたらローレルでもただじゃ済まなそうだ。もちろん、こちらが手を抜いて彼に勝てるとも思えない。
「そのつもりだ。でも、僕たちには先にやらなければならないことがある」
さっきまでのやる気はどこへやら。面倒ごとの空気を感じ取ったのか、ダリアは嫌そうに聞いてきた。
「……なんだ」
「ペアレッスンだ」
「んん、ぺあれっすん?」
僕は前日にトトさんから聞いた話を伝えた。
一人ずつの練習で、僕たちは少しずつだが踊れるようになってきた。だが、初心者同士の練習ではそうもいかない。トトさんが相手の場合は僕らを引っ張って、ある程度の形までもっていってくれる。
だが、本番ではそうはいかない。僕ら二人でやらなければならないのだ。そのため、次からは僕ら二人での練習を開始するとのことだった。
「お前と二人で踊るのか。せいぜい私の足を引っ張らないようにな」
彼女は相変わらず自信満々でそう言った。僕も少しは見習った方がいいのかもしれない。
「それはこっちのセリフだ」
トトさんとの練習ではそこそこ形にはなってきた。たとえダリアと組むとしても、そこまでひどいものにはならないだろう。僕の甘い考えはすぐに打ち砕かれることになる。




