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この異世界でかりそめの君と〜最悪の悪魔になった幼馴染を元に戻すため、僕は彼女と世界を壊す旅に出る〜  作者: 鳴尾リョウ


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第22話 独りぼっちは寂しい。でも……

 目を凝らして先の方を見ると、それは動いていた。僕の視線を感じ取ったのか、地面を這っていた黒い塊は上体を持ち上げ、こちらを見返した。


「シズク待って! クマだ!」


「どうしよう。こっちを見てる」


 僕たちは恐怖のあまり足が動かなかった。額から嫌な汗が流れてくるのを感じながら、僕は冷静に努めてシズクに話しかける。


「……大丈夫。目を離さずにゆっくりと動くんだ。そうすれば襲ってこない……はず」


 彼女は無言でうなずくと、僕の指示通りに街の方へゆっくりと体を動かした。どうやら襲ってはこないようだ。少し気が緩んだタイミングで、森の中から鳥の大きな鳴き声が響き渡った。それに反応したのか、クマは興奮したようにこちらに向かって駆け出してきた。


「駄目っ、こっちに来る!」


「走れ! 街まで逃げるんだ!」


 思い切り地面を蹴って走ったが、人間が走ってクマから逃げられるとは思えない。案の定、僕らとクマの距離は一瞬で縮まった。


 クマの太い腕が僕を捕らえようとしている。もう駄目だ。そう思って目を閉じた。しかし、数秒待っても、どこにも痛みはない。不思議に思って目を開けると、僕の目の前でもう一頭の大きなクマが、襲ってきたクマと組み合ってお互いの動きを封じていた。


「二人とも無事か!」


 街の方から大柄な男性が慌てたように声を張り上げながら、こっちに向かってきた。


「お父さん!」


「ったく、いつのまにかいなくなってたから探すのに手間取ったよ。間一髪だったな」


「ごめんなさい」


 謝罪の言葉を述べたシズクからは、さっきまでの不安そうな表情は消えている。心底ほっとしているようだ。


「今度からはせめて一声かけてくれ。そっちの男の子は?」


 僕の方を見て、彼は言った。


「ラックです。ここから離れた村に住んでいます」


「ラック君か。よし、もう安心してくれ。オルソ、ねじ伏せろ!」


 僕の肩に手を置きながらそう言うと、それを皮切りに青白い光で形作られたクマが、相手をじりじりと押し返す。組み合うのは分が悪いと見たのか、もう一頭のクマは組んでいた腕を振り払い、距離を取ろうとする。


 その一瞬の隙を逃さなかった。逃げようとする相手にすかさず追いつき、彼の操るクマは大きな腕で薙ぎ払うように打撃を加えた。渾身の一撃を受けたクマは地面に倒れこみ、沈黙する。


「……やった」


「良かったー!」


 隣にいたシズクと手を取り合い、僕は久しぶりに笑った。


「ふう、なんとか助かった。シズクもラック君も無事でよかった」


「本当にありがとうございました。えっと……」


「オリバーだ」


「ありがとうございます、オリバーさん」


 僕は頭を深く下げながら礼を言った。


「そんなに気にしなくていい。人々を助けるのも精霊使いの仕事だからね」


 照れくさそうにオリバーはそう言った。


「そうそう、気にしなくっていいって」


「お前は少しは気にしなさい。まったく、いつもいつも……」


 そんな二人のやりとりを見て、僕はとてもうらやましく思った。


「ところでラック君。もう日も遅いことだし、今日はうちに来ないか?」


「いえ、僕は……」


「子どもが遠慮なんてしなくていい。それにみんなで食べるごはんの方がおいしいしな」


 オリバーはシズクの方に顔を向けながら言った。彼女も首をこくこくと振っている。


「……それじゃあ、お願いします」


 二人を見ると、親子らしい似通った笑顔を浮かべ歓迎してくれた。


「じゃあ、早くおうちに行こ!」


 シズクが僕の手を引っ張って走っていく。僕はこの子には一生敵わないのだろうな、そんなことを思った。



 彼らの家は街からさらに数十分程歩いた場所にあった。近くに他の家はなく、森に囲まれている。


「ただいま」


 シズクとオリバーが扉を開け、そろって言うと、奥から細身の女性が出てきた。

「おかえりなさい。あれ、その子は?」


「ラックっていうの。お父さんが無理やり連れてきた」


「えっ」


 女性は疑いの目をオリバーに向けた。


「こらこら変な言い方するんじゃない。今日は色々あってね。この子の家はここから遠いみたいだから、今日はうちで泊まってもらうことにした」


「なんだびっくりした。それならちょうど良かったわ。晩ごはん多めに作っちゃったから」


 キッチンの方からは、彼女が用意していた料理の匂いが漂ってきていた。


「お母さん、いつも多めに作るよね」


「だって、少ないよりも多い方がいいじゃない。一人よりもみんなで食べる方がおいしいしね」


 さっきオリバーが全く同じようなことを言っていたっけ。シズクも同じ感想だったようで、


「ほんと似たもの夫婦なんだから」とあきれたように彼女たちを見てこぼした。


 料理を温め直し、全員が席に着くと、シズクの母が自己紹介を始めた。


「それじゃあ改めて、私はアザレア。みんなの頼れるお母さんです! それでこっちは息子のローレル」


 アザレアは隣に座っている利発そうな少年を指し言った。


「ローレルだ。よろしく」


 ローレルはそう言うと、テーブルの向かいにいる僕に握手を求めてきた。


「僕はラックです。よろしく」


 握手に応じながら、僕も名を名乗った。少し緊張したせいか、もごもごしてしまう。


「ラックとシズクは六歳で年が同じだから、ローレルの方が二歳年上だな」


 上座に座っていたオリバーがそう話すと、ローレルは快活な笑顔になり、改めて僕を見て言う。


「このあたりには年が近い子どもが少ないから、ラックと知り合えてうれしいよ」


 うう、なんていい奴なんだ。人見知りな僕と違って堂々としている。それなのに嫌味なところが一切ない。


「……僕もずっとばあちゃんくらいしか話す人がいなかったから。今日はみんなでごはんを食べられてうれしいです」


 僕は振り絞るように言葉を声に出し、全員の表情を窺った。すると、四人全員がほっとしたように笑顔になった。


「良かったー。無理やり連れてきたから嫌だったかなと思って。ほんとお父さんには困っちゃうよね」


 シズクがそう切り出すと、オリバーはカチンときたのか反論した。


「そういうシズクだって、ラックに家に来てほしそうだったじゃないか。お父さん、気づいてたもんね!」


 言い返されたシズクは顔を赤くして、さらに声を大きくして応えた。


「お父さんは大人のくせに大人げない! 空気を読むってことができないの!」


 ヒートアップしている二人を見て僕は慌てたが、アザレアとローレルは何事もなく、ハンバーグを口に運んでいた。たまらず小声で彼らに尋ねた。


「あの、止めなくていいんですか?」


 すると、アザレアがふふっと笑いながら答えた。


「いいのよ。いつものことだから。それに料理が冷めたらおいしくなくなっちゃうでしょ」


 ローレルも無言でうなずき、食べ続けている。


 いいのかなあと思いつつ、僕も料理を食べ始めると、さっきまで罵り合っていた二人も落ち着いたのか、食事を再開した。


 その後は和やかに夕食は進み、すべて食べ終えるとオリバーが改まった様子で口を開いた。


「なあ、ラック。良かったらうちに来ないか?」


 驚いて彼を見返すと、真剣な顔をしてこちらを見ている。


「そうね、ラック君が嫌じゃなければどう?」


「でも……」


 二人の言葉はとてもありがたいものだった。実際まだ子どもの僕が、これからも一人で生活していくことは難しいだろう。それでも、今日知り合った家族の世話になるというのはあまりにも急に感じられた。


 僕が返答に困っていると、今まで黙って話の行く末を見守っていたシズクが、思い切ったように声を上げた。


「独りぼっちは寂しいよ。でも、みんなでいればきっと大丈夫!」


 彼女の言葉は家族を失い、心細かった僕の中に沁み入る様に収まった。みんなでいればきっと大丈夫。それは真実なのかもしれない。


「……わかりました。これからよろしくお願いします」


 深々と頭を下げ、申し出を受け入れる。


 こうして六歳だった僕は、彼女たちの家族の一員となった。




 朝目が覚めると、もうとっくに日は昇っており、いつもよりもかなり深く眠っていたと気づく。部屋から出ると、すでにドレスの製作にとりかかっているハントがこちらを見て、声をかけてきた。


「おはよう。ラック君が朝寝坊なんて珍しいね」


「昔の夢を見ていたんです」


「へえ、どんな夢だったんだい?」


 少し気恥ずかしい気がしたが、隠すことでもないので正直に答えた。


「家族の夢です。今までそんな夢を見たことはなかったんですけど」


 ハントは彼自身思うところがあったのかもしれない。どこか遠くを見るように言った。


「きっと、幸せな夢だったんだろうね」


 大切なばあちゃんを失った後、幸運にも新たな家族ができた。オリバー、アザレア、ローレル、そしてシズク。彼らと暮らした日々は確かに幸せだったのだろう。あの頃にはもう戻ることはできない。それでも、まだ掬い上げることができるものはあるはずだ。握った拳を見つめながら僕は言った。


「はい、そうかもしれません」



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