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この異世界でかりそめの君と〜最悪の悪魔になった幼馴染を元に戻すため、僕は彼女と世界を壊す旅に出る〜  作者: 鳴尾リョウ


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第20話 人生を変えた瞬間

 翌日、朝から下山を始め、僕たちは元来た道を帰り、ユジーヌに戻ってきたのは朱音草を手にしてから三日後だった。僕たちを送り出したハントはずっと心配してくれていたのだろう。帰ってくるやいなや、急いで駆け寄ってきたかと思うと、僕の手を強く握った。


「無事で良かった」そうこぼした彼の声は震えているようだった。


「はい。なんとか目的のものは取ってきましたよ」


 僕は少し気恥ずかしくてそっけなく応え、慌ててかばんの中から大量の朱音草を取り出した。


「これで足りますか?」


「ははは、充分だよ。朱音草は少量でも色が濃く染まるんだ」


「これで望み通りのドレスが作れますね」


 彼は「ああ」とうなずくと、約束の品である仮面を二つ持ってきて僕に手渡した。


「約束の品だ。受け取ってくれ」


「ありがとうございます。使わせてもらいます」


 これで舞踏会に怪しまれずに行くことができる。そうほっとしたが、改めて考えてみると新たな問題が浮かんだ。着ていく衣装が無い。


 衣装っていくらくらいかかるんだ。お金ないぞ。


 僕の頭の中をのぞいたかのように、ハントは僕の肩をぽんと叩き言った。


「衣装のことなら心配ない。少し大きいかもしれないけど、僕のものを使うといい」


「いいんですか! ありがとうございます!」


 やった! 助かった。いや、でも。僕は家に帰ってきてくつろいでいるダリアの方を見た。人の家でよくそんなにくつろげるな。……待て待て、そんなことはどうでもいい。


「ハントさん、ドレスっていくらくらいするんですか?」


「ものにもよるけど、一般的なものでも金貨数枚ってとこかな。王室のものだと金貨十枚なんてのもある」


 金貨十枚! そんなにあれば何もしなくても丸一年は食うのに困らないぞ。それに僕は今まで金貨一枚だって使ったことはない。一枚でもあれば、武器屋の一番いい弓も買える。


 そんなにドレスが高いなんて思わなかった。もしかして、王室向けのドレスを作っているハントは、とんでもなくお金持ちなのでは……。


 途方に暮れている僕を見て、彼はもったいぶった様子で言った。


「……おほん、ただし君たちは僕の命の恩人でもある。だから特別にダリアさんのために朱音草を使ってドレスを作ってあげてもいい。もちろんお金はいらない」


 え、いいの? しかもただで。


 彼の言葉の意味を考え始めていた僕に向かって、ハントは続ける。


「でも条件がある。一応、僕にもプライドがあるからね。僕のドレスを着た人間が、舞踏会で下手な踊りを踊るなんてのは勘弁だ。だから、次の舞踏会がある三カ月後までに、君とダリアさんには最低限踊れるようになっていてほしい」


 彼の言葉はダリアにも聞こえていたようで、ソファでくつろいでいた彼女は文句を言ってきた。


「なんで私がそんなことをしないとならんのだ。絶対嫌だ」


 僕も彼女と一緒に踊れるとはとうてい思わなかったが、ドレスがないと舞踏会にはいけない。警備が厳しい城の中に入れる千載一遇の機会だ。逃すわけにはいかない。


「ダンスが踊れるようにならなかったら?」


「もちろん、仕事の対価としてお金を払ってもらう。そうだな、最低でも金貨が数枚ってところか……」


「やらせていただきます」


 当然だが僕たちが払える額じゃない。ダリアがこっちを見て何か言いかけたが、僕が威嚇するようににらみつけたら珍しく黙った。……そんなに必死そうに見えたか?


「そう言ってくれると思ってたよ。そうと決まればまずは採寸からだ。ダリアさん、こっちにきて!」


 諦めたように彼女は何かぶつぶつ言いながらも、ちゃんとハントの採寸に協力していた。憎まれ口をたたいているが、必要なことだと理解はしているのだろう。


 三カ月の間にダンスを踊れるようになる。全くの初心者の僕たちには難易度が高い。胃が痛くなる思いだったが、ハントの言う通りに大人しく協力しているダリアがおかしくて、少し笑ってしまった。



 「……こう動いた時は、足はこう。うーん、先は長そうねえ」


 僕のダンスの相手をしてくれているトトさんは、ステップを踏みながら難しい顔でそう言った。


 ハントがダリアのドレスを作ってくれている間、僕たちは彼の幼馴染でダンスの講師をしているトトさんの元で練習をさせてもらえることになった。


 しかし、トトさんもたくさんの生徒を抱えており、僕らの練習に付き合ってくれるのは時間が空いている時だけだ。空いた時間、僕は日雇いの仕事をしてお金を貯め、ダリアはというと一日ぼーっとしたり、街をぶらぶらしたりしているらしい。


「そろそろ休憩しましょうか」


 慣れない運動をしているせいか、息が上がって体も熱い。トトさんは講師をしているだけあり、息一つ乱れていなかった。


「はあはあ。いつもこんなに動いているんですか?」


「今日はあまり動いていない方よ。上級者コースならもっと大変だもの」


 彼女はふふふと笑いながら答える。その笑顔を見て、この人目当てに通う人は多いのだろうなと思った。


 床に座りこんで体力を回復させながら、彼女に質問することにした。


「トトさんは昔からダンスが好きなんですか?」


「そうね、小さいころからダンスの先生になりたいと思っていたわ」


「きっかけとかあるんですか?」


 そう言うと、彼女は懐かしむような表情で話し出した。


「小さいときにハントとお城に行ったことがあるの。その日は舞踏会の日で、こっそり中に入れるかなと思って。でも、警備の人に止められて中には入れなかったわ。諦めて帰ろうとした時に、目の前の馬車から真っ赤なドレスを着た人が下りてきたの」


 真っ赤なドレス。ハントも同じようなことを言っていたな。トトさんと一緒に見ていたのか。


「とてもきれいだった。一緒にいたハントも同じことを考えていたみたいで、二人でその人が城に入って見えなくなるまで目が離せなかった。そのあと彼ったら興奮して大変だったんだから。自分もあんなドレスを作れるかなって」


 それが彼の人生を変えた瞬間だったのかもしれない。子どもの時に見た忘れられない光景。それが大人になっても彼の原動力になり、一流の職人になるまでに至った。


「今思うと私も彼と同じで、あの時が原点なのかもしれないわね。あのドレスを見ていなかったら、ここまでダンスに打ち込むことはなかったのかもしれない」


 彼女の話を聞いていると、僕は複雑な気持ちになった。トトさんとハントの思い出のドレス。二人の人生までも決定してしまったようなものを、ダリアのために作ってもらっていいのだろうか。


 少し考え込んでいると、それを見透かしたようにトトさんは言う。


「……もしかして気を遣ってくれてたりする? 自分たちにドレスを作ってもらってもいいかって。だとしたら、それは違うわ。あなたたちが朱音草を取ってきてくれたおかげで、私たちは憧れのドレスをもう一度目にすることができる。とても感謝しているの」


 彼女の言葉に嘘はないのだろう。でも、なぜだろう。笑顔で話している彼女は少しだけ寂しそうに見えた。


「ちょっと話過ぎたわね。休憩はおしまい。練習再開!」


 僕も立ち上がり、さっきの動きの復習を始めようとしたその時、教室の扉を開けてダリアが入ってきた。


「来たぞ。ちょっとは上達したか」


 むかっ。なんだ偉そうに。自分だって初心者のくせに。


「ダリアさんも来たのね。それならラック君と交代して、踊ってみない?」


 ダリアはまんざらでもないような顔をして、返事をした。


「仕方ない。こいつにお手本を見せてやるとしよう」


 何だこの自信は。初めてここに二人で来たときはお互い全然踊れなかったはずだ。それなのに、今日のダリアには余裕が感じられる。もしかして、僕が働いている間練習を……。


「それじゃあ、前の復習をしましょうか。手を持って、……はい、足はこう動かす」


 なんと! 初日に比べて動けている! ちゃんと練習してたのか! 僕は驚きを隠せなかった。あの面倒なことはしない彼女が上達しているとは意外だった。だが、


「って、僕と同レベルじゃないか! ところどころ間違っているし」


「うるさい! まだ始めたばかりだからだ。すぐに上手くなってやる」


 先生の動きについて行くのが必死なようで、さっきまでの余裕は消え失せていた。何度もトトさんの足を踏み、動きもぎこちない。それでも、ダリアはなんとか食らいつこうとしていた。


 小休止を挟んでいる時にトトさんが言った。


「始めた時よりだいぶ良くなってきたと思う! ダリアさん、踊るの好き?」


「そうだな、嫌いではないな。前にお前の踊りを見せてもらっただろう。あれは美しかった。だから、少しは私も踊りたくなった」


 へえ、ダリアでもそんなことを思うのか。確かに彼女の踊りは美しい。


 トトさんの踊っている姿は僕も見せてもらった。しなやかな身のこなしでありながら、感情豊かであり、なおかつ優雅でもある。彼女の指先一つ一つの動作まで見入ってしまう程だった。


 僕らの様な素人でもそう感じてしまうのだから、相当な腕前なのだろう。僕は詳しくはないが教えるだけではなく、自分自身で舞台に立って生計を立てられるのではないのだろうか。


「ふふふ、ありがとう。そう言ってもらえたらうれしい。あっ、もうこんな時間! ごめんなさい、今日はこの後生徒さんが来るからここまででお願い」


「わかりました。またお願いします」


 二人で礼を言って教室を出る。そろそろ、ハントの家に帰るか。


「トトさんの教室が人気がある理由が分かった気がするよ。技術はもちろんだけど、何より生徒さんたちは彼女のファンなんだ」


「私に教えられるくらいなんだ。当然だろ」


 ダリアはなぜか胸を張ってそう答えた。自信があるのは結構なんだけど、まだまだへたっぴなのは変わらない。自分も同レベルであるから、「ははは」と濁して家路に着いた。


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