第2話 精霊使いの修行
数日前。
「ラック、また一人で修行してたの?」
日が沈みだした頃、人がいない川辺にいた僕をシズクが呼びに来た。青い瞳でこちらを見つめ、あきれたように息を吐いた。またやってしまった。集中するといつも周りが見えなくなってしまう。
「ごめんよ。早くシズクみたいに、一人前の精霊使いにならないとと思ってさ」
「私は一人前なんかじゃないよ。全然まだまだだし。そんなことより早くごはんにしよう!」
夕日に照らされながら、シズクは耳が隠れるくらいの銀色の髪を揺らし、家の方へ走っていく。昔から彼女は僕の先を進んでいく。僕は駆け出していく彼女の背中を追いかけた。
家に着くと、料理が準備されていた。今日はシチューだ。
「待ちくたびれたよ。さあ、食べよう」
この家の主人であり、シズクの父でもあるオリバーが待ってましたとばかりに言った。
「すみません、遅れてしまって」
「気にするな、また修行だろ。しかし、ラック。何度も言うが、お前には精霊使いは難しいかもしれん。人には向き不向きがある。だから……」
「はいはい、そこまで。私が作ったシチューがまずくなっちゃう。話は食べ終わってからね」
シズクが割って入ってくれたところで話はいったん終わる。オリバーはまだ何か言いたげだったが、気持ちを切り替えてスプーンを動かし始めた。僕は自分の話題をそらすため、精霊使いが活躍したという昔話について話すことにした。
この世界は五つの国に分かれている。僕たちがいるのは「木の国」と呼ばれている国だ。千年以上も昔、五つの国はそれぞれ争い、戦争を行っていた。しかし、世界を滅ぼすほどの悪魔が現れ、五つの国は団結した。数えきれないほどの犠牲を払って、ついに悪魔を封印することに成功する。言い伝えでは、封印の際、悪魔が自分の力で願いを叶えてやるから助けてほしい、と命乞いをしたとも言われているが、定かではない。
平和になった国々は争うことをやめ、その証として、五つの宝玉を祀ることにした。宝玉には悪魔を封印する力が込められており、今でも厳重に国宝として管理されているらしい。
「私たちの国にもあるよね、宝玉」
シズクは持っていたパンを、食べやすい大きさにちぎり、口に運ぶ。
「ああ、それを守っている最強の精霊使いがお父さんなのです」大柄な体をより大きく見えるよう、胸を張りながら自信満々にオリバーは言う。
「自分で言わなければかっこいいのに」とシズクは心底残念そうな顔をして見せた。だが、僕はこんな二人のやりとりがとても好きなのだ。
宝玉を守る役目は、その国で最も優秀な精霊使いが務めることになっていて、五つの国それぞれに「守護者」と呼ばれる精霊使いがいる。しかし、精霊を操ることが出来る者は限られており、自国で守護者を用意できない場合、最も多くの精霊使いがいる、木の国から適任の者を派遣することになっている。
オリバーは木の国の宝玉を守る守護者だ。彼の使役するクマの精霊は、あらゆるものを薙ぎ払い、この国の脅威を取り除く。実際に僕は、彼の精霊が大きな岩を粉砕するところを見せてもらったことがある。とてもじゃないが、人間では歯が立たない。
彼の血を引き継いだシズクと、三歳年上の兄のローレルも優秀な精霊使いだ。僕と同い年のシズクは、今年、弱冠十六歳で精霊使いとして国から認定されている。兄のローレルの方はと言うと、国内最年少の十四歳で精霊使いとなり、五つの国の一つ、「鉄の国」で守護者の任に就いている程だ。シズクも将来、オリバーの仕事を引き継ぐと言われている。
僕はというと、精霊を呼び出すこともできない落ちこぼれだ。しかし、それも仕方ないのかもしれない。僕と彼らに血のつながりはない。
十年ほど前、身寄りのなかった僕はこの家に引き取られてきた。その頃はまだ、オリバーの妻であるアザレアも生きており、オリバー、シズク、ローレル、そして僕を含めた五人で生活をしていた。この家の者は誰一人、よそ者の僕のことを邪険に扱わず、本当の家族のように接してくれた。そのことに僕はどれほど救われたか。
「昔話のように五つの国は争うことはなくなった。だが、不幸な出来事で、大変な思いをする人たちはいつの時代でもいるんだ。私はそんな人たちの、少しでもいいから助けになれればと思っているよ」とオリバーは僕の目をまっすぐ見て言った。
食事も終わり、テーブルの食器の片づけをしているとシズクが話しかけてきた。
「お父さんが話してたこと気にしてる?」
「僕に精霊使いは難しいって話? 実際、オリバーさんの言う通りだと思う。僕に精霊を操る才能はなさそうかな」
自分でも嫌というほどわかっているのだ。でも、諦められない。
「私はそんなことないと思うけどね。ラックが毎日努力しているのは知ってるし。それに、お父さんだってラックには期待しているんだよ。よそでは、お兄ちゃんや私と同じくらいすごい力があるって言いふらしてたみたいだから」
オリバーがそんな風に言っていたことを、僕は知らなかった。きっと、駄目な子どもを引き取ったことを、内心では後悔しているのではないかと思っていたからだ。
「……そうだといいんだけどね」
「きっとそうだよ。よし、明日は私も修行に付き合うよ」
「ありがとう。それじゃあ、お願いしようかな」
まかせなさい、と得意げな顔をしてシズクは言った。彼女には助けてもらってばかりだ。小さい時から変わっていない。でも、いつになるかはわからないけれど、僕だってシズクを助けられるはずだ。
翌日の午後、時間が出来たので、約束通りシズクが僕の修行を見てくれることになった。「びしびしいくよ」と言った彼女は、どことなくうれしそうだ。
今日は昨日と違って、シズクが修行の時に来る森にやってきた。森の中は日の光に照らされており、空気も澄んでいる。しばらく彼女は僕の修行の様子を見ていたが、全然成果が出ないので、腰掛けていた岩から立ち上がり、僕に近寄ってきた。
「要はイメージなんだよ。人によって操る精霊の姿は違うけど、共通するのは自分が深く、具体的にイメージできるかどうかってこと。大体の人は、自分が住んでいる場所や環境に生息している動物を精霊として具現化する。私やお父さんみたいにね」
確かにシズクもオリバーも、この国に生息する動物を精霊として操っている。シズクはキツネを。オリバーはクマといったように。
「頭では理解しているんだけどね。なかなかうまくいかない」
「確かに難しいよね。私も初めはそうだった。だから、慣れないうちはよりイメージしやすいように、この森に通って修行してたの」
なるほど。だから今日はこの森に来たのか。なんとなく、出来が悪い僕の修行に付き合っているのを、誰かに見られたくないからだと考えていた。少し反省する。
「僕も森にすむ動物をイメージした方がいいのかな?」
「そのほうがいいかも。今は何をイメージしてるの?」
そう言われて僕は返事に困った。
「えっ、それはその、なんというか」
「どうせ竜とか、かっこいい生き物なんでしょ」
思いっきり図星だった。だってかっこいいし、竜。
「ラック、竜を見たことあるの? 精霊として操るには、自分自身がはっきりイメージできないとだめなの。例えば、悪魔がどんな姿かイメージできる?」
「……できないね。なんとなく怖そうってくらいしか」
「でしょ。そういうものは操ることができないの。だから、えーっと、例えばあの子なんてどう?」
シズクは正面の木の下辺りを指差した。リスだ。えさを探しているのか、行ったり来たり忙しない。
「……弱そうだから嫌だ」
そう言うと、横から頭をパシンとはたかれた。
「リスに謝れ! 確かに見た目は小さくてかわいいけど、精霊は自分のイメージを具現化したものなの。見た目が非力そうに見えたとしても、自分のイメージ次第では強力な精霊になったりもする。もちろん、その逆にもなるけどね」
つまり、巨大で力強そうな竜を具現化できたとしても、イメージが強固なものでなければ、ただのハリボテになるってことか。ごめんよ、リス。
「よくわかった。さっそく、リスをイメージしてやってみるよ」僕は気合いを入れなおした。
まずは目の前のリスを観察する。どうやら、食べ物を見つけたらしく、堅そうな木の実をガリガリと食べている。ということは、意外と歯は強いのか。食事が終わると、さっさと木に爪を立てて登って行った。つまり、爪も鋭く武器になる。
「……よし、いける!」
僕は両手を正面に向け、今見たリスのイメージを呼び出そうとした。なんとなく、手がピリピリとしているような。これは本当に成功するのでは……。
「……出ないねえ」しばらく経って、シズクがのんびりと言った。
「出ないかあ。そうだシズク、実際に精霊を呼び出して、見せてくれないかな?」
「うーん、精霊を呼ぶのは疲れるからなあ。でも、わかった。見せてあげる」
そう言うと、シズクは目を閉じて集中し出した。前に突き出した両手からは、淡い光の様なものが出ている。その光が一層大きくなったタイミングで声を上げた。
「来て、コンちゃん!」
すると、両手の前方に青白い光で形作られた、キツネのようなもの現れた。
「やっぱり、かっこいいなあ!」
「えへへ、そうでしょ。よーし、もっとかっこいいところ見せてあげる。行け、コンちゃん!」
シズクが正面にある木を指さすと、キツネの精霊は地面を一気に駆け抜けて、木に突撃した。
その衝撃で、太い幹は裂け、十メートルほどある木はズズンという音を立てて奥へと倒れていった。
「……すごいね。それに比べて僕は。はぁ」
まあ、コツを教えてもらったからって、すぐにできるなんてちっとも思っていない。本当に。
「そんなに落ちこまなくていいよ。反復練習、これが基本。……よし、今日はそろそろ帰ろうか。暗くなったら危ないし」そう言いながら、シズクは家に向かう道をさっさと歩いていく。
「あ、待って」
慌てて追いかけるが、修行で疲れていたので、走る体力がない。
突然、後方から笛を鳴らしたような、甲高い叫び声が聞こえた。




