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この異世界でかりそめの君と〜最悪の悪魔になった幼馴染を元に戻すため、僕は彼女と世界を壊す旅に出る〜  作者: 鳴尾リョウ


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第18話 ヤギ

 山登り二日目は、日が昇り始めたばかりの早朝から歩き始めた。平地から登ってきたせいか、空気が冷たく、鼻から吸い込むとツンとした。そこまで高い山ではないから、装備に気を遣わなかったが、やはり朝は少し寒い。日が高くなればましになるだろうか。


 黙々と登っていくと、だんだん危険な場所も増えてきた。斜面も急になってきており、足元に気をつけないと、一気に転がり落ちてしまいそうで気が気でない。


 それでも進み続け、昼近くになり少し開けた平地に着くと、休憩のため腰を下ろした。


「人間が来るにはきついよ、ここは」


 泣き言をこぼすと、水筒から水を飲みながらダリアが言う。


「文句を言うな。それより、目的の植物はどこにある?」


「もうそろそろ、高さ的には生えていてもおかしくない場所まで来てるはず。この辺りは植物も多いし、少し探してみよう」


 朱音草は葉を染料として使用すると鮮やかな赤色になると聞いたが、花も赤色のため見つけることは難しくないらしい。


 辺りを気にして見ると、こんな高地にも動物がいた。


 ヤギだ。白っぽいのや茶色っぽいのがいる。遠くに見える急斜面にも点在しており、おとなしそうな見た目と異なり、俊敏な動きで崖を上がっていく。すごいな、ヤギ。


 すっかりヤギに見とれていると、ダリアが怒った様子で近づいてきた。


「ヤギ見てる場合か! ちゃんと探せ! ったく、ん?」


「ごめんごめん、どうかした?」


 ダリアの方を見ると、さっきまでと表情が違っていた。遠くの一点を見つめる彼女に違和感を抱き、僕も同じ方向に目を向ける。


 ヤギだ。しかし、それは周りの個体とは明らかに異なっていた。


 大きすぎる。数百メートルは離れているのに、存在感がこちらにも伝わってくる。それに、体が青白い光で覆われていて本体のようなものが見えない。一体なんだ、あれは。


 僕の脳裏にはハントの言葉がよぎった。『商人が何かに巻き込まれた』そう言っていた。今見えている存在と彼の言葉が結びつく。


 気づかれてはいけない。そう思った時には遅かった。


 こっちを見ている。頼む、来るな。だが、その祈りは届かなかった。巨大なヤギのようなものは、こちらに向かってものすごい速さで駆けてくる。


 かなり距離はあるはずだった。それなのに数十秒後にはこちらに到達する勢いだ。


「どうしよう」ダリアに話しかけるが、彼女も戸惑っているようだ。だが、こぶしを握り締め、覚悟を決めたように言った。


「あのスピードでは逃げることはできないだろう。迎え撃つしかない」


 冗談だろ。あんな化物みたいなやつを相手になんかできるわけない。しかし、彼女の言うことは正しい。あれは僕たちを逃がしてくれそうもない。


 僕も覚悟を決めるしかなさそうだった。かばんに取り付けた弓を外し、矢筒を背負う。


「やるしかないのか。勝算は?」


「なければ諦めるのか?」


 いつもなら腹が立つ言い方だが、こんな時は頼りになる。僕は矢筒から矢を取り出し、弓を引き絞る。


 あのスピードで衝突されれば、ひとたまりもない。必ず当てなければ。矢をつがえる手に力が入る。


 巨大な青白い物体まではもう数十メートル程しかない。僕は深く息を吸い、呼吸を止めたところで矢を放った。


 頭部を狙った矢は直進し、ヤギに直撃した。仕留めた、そう思ったが、ヤギの眉間に突き刺さることなく、矢は弾かれた。


「ダメか、くそ!」


 致命傷に至らなかったヤギは、勢いを緩めるどころか殺意を持って僕らに向かってくる。矢を外し、戦意を失いかけていたが、ダリアは違ったようだ。両手を相手の方に向け、構えている。


「まさか、受け止める気か!」


 正気とは思えない。山頂から転がってくる巨岩を受け止めるようなものだ。たとえ悪魔の力があったとしても無謀すぎる。失敗すれば押しつぶされて終わりだ。


 もうすぐそこまで来ている。轟音を立て、僕たちを地面に張り付けているようだ。絶望的な気分の僕とは異なり、隣の彼女は構えを崩さずに少し笑った。それはきっと、強がりだったのだと思う。それでも、僕の体を動かせるようにするには充分なものだった。


 衝突の寸前、僕は彼女を抱きかかえ、側面に飛びのいた。


 地面の上を転がり、すぐに立ち上がる。また攻撃は来る。地面に着いたままのダリアを引き上げながら言った。


「無茶するな!」


 すると、ダリアは今まで見たことない表情をしていた。口をぱくぱくさせ、驚いているようだ。やがて、ほおは紅潮していき大声を上げた。


「じゃ、じゃまをするな! もう少しであいつの動きを止められたのに」


「確かに可能かもしれないけど、危険すぎる」


 そう話しても騒ぎ続けるダリアに、一つ提案をすることにした。


「考えがある。ダリアは炎が使えるんだろ。あいつを丸焼きにするってのはどう?」


 彼女が炎を使えるのは木の国で確認済みだ。ようやく落ち着いたようで、彼女は一息つくとこう答えた。


「……無理だな。あいつを丸焼きにするには、高火力の炎を出し続けなければならない。今の私の力では手のひらで扱えるほどの炎を出すので精いっぱいだ。それに、強い炎を出せたとしても、あいつが黙って焼かれ続けてくれるとも思えない」


 ダリアの言うことはもっともだった。そうなると、別の方法を考えるしかなさそうだ。


 僕らに突進をかわされた巨大ヤギは、再び体勢を整えてこちらを狙っている。少しでいいから考える時間が欲しい。


「ダリア、あいつもヤギの姿をしているからには、炎は苦手なはずだ。できるだけ炎を出し続けて、牽制してくれないか」


「わかった。だが、そう長くはもたんぞ」


 そう言って、彼女は両手から炎を出し、相手を威嚇するように見せつけた。すると、こちらに踏み出しかけていたヤギも、脚を止め、こちらの様子を窺いだした。

 ダリアが稼いでくれた時間だ。考えろ。あいつの弱点を。


 目の前にいる敵は巨大なヤギだ。そうはいっても単純に体が大きいというわけではない。青白い光が体を覆っていて、それがヤギの姿を形作っている。あの光のせいで、矢が弾かれたのだろう。生半可な攻撃では通じそうにない。


 他に特徴的なのはねじれた角だ。左右に生えているが、僕から見て左側の角だけ異様に大きい。まるでそこに力が蓄えられているような。


「おい、何か気づいたか!」


 炎を出し続けるのは想像以上に体力を使うらしい。山登りでは平気そうだったダリアも辛そうにしている。


「……角を狙おう。確証はないけど、左の方の大きな角が力を蓄えている気がする。あれを破壊できれば、弱体化できるんじゃないかな」


「なるほどな。やってみる価値はありそうだ。それで、どう狙う? 私が攻撃するとして、あいつの突進を食らえばただじゃ済まなそうだ」


 それが一番の問題だった。彼女が角に一撃を与えるためには、あいつを大人しくさせる必要がある。危険かもしれないが一つ案を出した。


「今のところ襲ってこない様子を見ると、やはりあいつは炎を警戒している。だから、僕の矢に炎を移して興味を引きつけている内に、君が後ろから角を攻撃してくれ」


「それだと私の炎が消えた瞬間、奴はお前に向かって襲い掛かるはずだ。それでもやるのか?」


 僕がうなずくと、彼女は「わかった」と言い、炎を矢に移した。


「さあ、行ってくれ。頼んだぞ」


 彼女が岩陰に隠れながら、ヤギの背後に向かうのを確認し、僕は火の着いた矢を掲げた。


「おい、こっちを見ろ!」


 ヤギはダリアの姿を探すことなく、僕を警戒していた。正確には火の方をだが。なんとか彼女が後ろに回るまではそのままでいてくれよ。


 ほんのわずかな時間だったはずだが、僕は気が気でなかった。火が消えて、ヤギがこちらにむかって突進をしてくるのではないか。それとも、背後に回っているダリアに気がつき、反撃を試みるのではないか。次々と頭に失敗する可能性がよぎった。


 それでも彼女はなんとか敵の背後に回りこむことに成功した。ダリアが角に攻撃を仕掛けるのと、僕の持っている矢から火が消えたのはほぼ同時だった。


 火が消えたのを確認し、僕に向かってこようとするヤギの角に、ダリアが炎をまとわせた拳を振るう。僕に気を取られていたヤギは反応が遅れ、彼女の攻撃を避けられなかった。


 直撃した。これで倒れてくれ。


 しかし、彼女の渾身の一撃を食らってもなお、大角は砕けることなくあり続けた。


 全力を使い果たしたのだろう。ヤギがその角ですくい上げるように投げ飛ばすのを、彼女は避けることができなかった。空中に大きく打ち上げられた後、ダリアは地面にたたきつけられた。


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