第15話 いい女はいい男がわかる
次の日、僕とダリアは午前中から街に向かい、必要なものをそろえることにした。
「昨日は疲れもあって、あまりゆっくり見られなかったけど、やっぱりこの街はすごい!」
文化のレベルが明らかに僕たちが暮らしてきた国とは違う。知識としては知っていたが、産業が発達しているということは、ここまで暮らしを変えるのか。
この国に来て最初に驚いたのは、街の明るさだった。道のいたるところに街灯があり、日が沈んでも、暗闇に包まれることはない。
昨日僕たちが買い物を済ませるころには、空が暗くなり始めていたが、街は活気で溢れていた。僕らの国では、日が沈む頃になるとみな家に帰り、あとは屋内でゆっくりと時間を過ごす。そう考えれば田舎なんだな、僕らの国って。
それに昨日も思ったが、人が多い。通りを歩いていると、老若男女さまざまな人がいる。作業着姿の人もいるが、洗練された洋服を着ている人も多く見かける。自分の服は変じゃないかなと心配していると、ダリアが言った。
「おい、今日は山に行くための準備をするんだろ。どこに行くんだ?」
「ハントさんの話を聞いて、自衛の必要があるかもと思ってね。弓矢を買いに来たんだ」
ダリアはなるほどといった様子で話を続けた。
「この間の盗賊を倒した時のようにか。確かに、危険があるなら用意するに越したことはないか」
「僕はそれくらいしかできないしね。だから、君の力を頼りにしてるよ、ダリア」
急に褒めたのが意外だったのか、少しダリアはたじろいだようだったが、すぐにいつもの調子を取り戻し、
「はっ、あまりあてにされるのも困るんだがな」
とぶっきらぼうに答えた。
しばらく歩いていると、突然、目鼻が整った背の高い女性に話しかけられた。
「あの、あなたたち、昨日ハントと一緒にいなかった?」
急に話しかけられて驚いたが、女性が必死そうだったので丁寧に答えた。
「ええ、いましたよ。失礼ですが、あなたは?」
女性は少し落ち着いたのか、無礼を詫び、言葉を続けた。
「ごめんなさい。私はトト。彼とは幼馴染なの」
幼馴染! ということは、この人が例の!
「僕はラック。こっちはダリア。兄妹で旅をしています」
「そうなのね。でも……」
「見えないですよね! よく言われます」
食い気味でごまかし、トトに話の続きを促した。
「昨日、ハントと一緒にいたあなたたちを見かけたの。彼、しばらく家に帰ってないみたいだったから、気になってて」
「それなら、今まで衣装に使う素材を集めに行ってたみたいですよ。その時に僕たちと出会って、一緒にこの街に来たんです」
僕の話を聞いて、彼女は安心したように見えた。
「そうだったのね。まったく、いつも遠出をするときは声をかけてって言っているのに。以前、彼が一人で出かけた時も、準備不足で死にかけたって言ってたんだから」
僕たちと初めて会った時も死にかけていた。でも、ここでは言わない方がいいか。
「トトさんもこの街に住んでいるんですか?」
「ええ、ダンスの講師をしているわ。生徒さんには城の舞踏会に出る方もいるのよ」
舞踏会か。くしくも僕たちが目指している場所の話題が出てきて、どきりとした。
「ダンスの先生なんですね。僕も少し興味があります」
「そうなの! 良かったら、今度私の教室に来て! バッチリ教えてあげるから」
そう言うと、トトはハントの家の方へ走って行ってしまった。あまり落ち着きがない人らしい。
「騒がしい女だな」
今まで無言だったダリアが言った。
「まあね。でも、いい人そうだった。あんなきれいな人に想われるなんて、ハントさんも隅に置けないね」
「あいつは見た目はさえないが、腕がいい。いい女はいい男がわかるもんだ」
ダリアがそう言うのなら、事実なのだろう。彼女は簡単に人を褒めるとは思えない。
「いい女はいい男がわかる、か。ちなみにダリアから見て、僕はどう見えるのかな?」
軽くあしらわれると思ったが、冗談のつもりで聞いてみた。
「そうだな、お前も見た目がパッとしないのはあいつと同じだな。だがまあ、評価は保留ということにしておいてやる」
うん? 保留? てっきり全然だめだと言われると覚悟していたんだけど。彼女も少しは人の心があったのだろうか、悪魔だけど。
「……ご期待に沿えるようがんばるよ」
余計な話をしているうちに、武器を取り扱っているという店にたどり着いた。この国の兵士たちの武器も扱う店のようで、他の商店よりもかなり大きい。
扉を開けると、男性の大きな声が聞こえてきた。
「いらっしゃい! どんな武器でも揃えてますよ!」
確かに、店の中には剣や鎧がぎっしりと飾られている。
「あの、弓矢が欲しいんですけど」
「もちろんあるよ! そこに置いてある弓は鉄でできているから、強度もあって、おすすめだよ!」
店主が示した先にある弓は、見た目も凝っており、装飾も派手だ。一応、値札を見てみるが、僕の手持ちのお金ではとても買えない。
「ちょっと、僕には似合わないかな。もっと、安いものはないですか?」
すると、店主は少し僕を値踏みするような顔をして言った。
「失礼ですが、お客さん。お若いようですが、何に弓矢なんて使うんで?」
「その、エラーブ山地に行くんですが……」
そう言いいかけると、店主は目の色を変えた。
「エラーブ山地だと! あんた、あそこがどんな場所だか知ってんのか!」
「危険な場所だとは聞いています。でも、行かなければならない事情があって」
「やめとけやめとけ。あんたみたいなひょろっとしたのじゃ、すぐに死ぬのがオチだ。あそこは何人も商人が素材目当てで向かったが、誰も帰って来やしない。その噂を聞いて、城の兵士も偵察に行ったがそれっきりだ。昔と違って、今では誰もあそこに行く奴なんていない」
どうやら、ハントが言っていたよりも危険な場所らしい。
「それならなおさら武器が必要です!」
僕がそれでも食い下がったので、店主は条件を出した。
「あんたもしつこいな。それなら力試しだ。おれと腕相撲をしろ。それでもし勝てたら、弓矢を売ってやる」
カウンターから出てきて、僕の横に店主が立つ。大きい。身長も僕より二十センチは高いし、腕の筋肉も盛り上がっていて、パンチを受けたらひとたまりもなさそうだ。
しかし、ここで引いてしまえば武器が手に入らない。どんな危険があるかもわからない場所に向かうのだ。準備はできるだけしておきたい。
僕は腕まくりをして、気合を入れた。
「わかりました。やりましょう」
店主はニヤリと笑い、「いい度胸だ」と言うと、店の奥に引っ込んだ。戻ってきたときには、高さのある台を担いできた。
「この台で腕相撲をする。よーいドンで試合開始だ。合図はお嬢さんに頼んでもいいか?」
彼が僕の後ろで様子を伺っていたダリアに向かって声をかけると、彼女は無言で片手を挙げ応じた。
「よし、それなら準備はいいか?」
僕は台の前に立ち、肘を置いて店主を見据える。
「はい。よろしくお願いします!」
お互いに右手をがっちり組み合う。僕はダリアに目をやり、開始の合図を促した。
彼女はあくびをした後、気のない声で開始を告げた。
「よーい、ドン」
僕は右手に神経を集中させ、店主の腕を台にたたきつけようとした。だが、彼の太い腕は若干傾いただけで、それ以上は動かない。そこからは彼の腕がじりじり押し戻し、ついには僕の手が台に着いてしまった。
「おれの勝ちだな。まあ、細い腕の割には頑張った方だよ」
彼は明らかに本気を出していなかった。僕の全力を受け止めた上で、まだ余裕を残しているように見えた。
「だが勝負は勝負だ。弓矢は売れん。諦めるんだな」
結果は受け入れなければならない。どうしても武器は欲しかったが、朱音草の採取に危険がないことを祈ろう。僕はダリアの方を振り返り、店を出ようとした。すると、彼女はそこから動かず、店長に向かって言った。
「今度は私が相手をしよう」




