第13話 労働者の街とおいしい料理
ユジーヌの街は僕らが知っている街とは、あらゆるものが異なっていた。
街の建物は赤茶色のレンガで組まれており、僕らの国の建物より頑強そうで、ちょっとやそっとでは崩れそうにない。外観に凝った装飾がある家もある。
辺りを見回すと空気がよどんでおり、まるで街全体が灰に覆われているようだ。おそらく、この国を支えている工場から出る廃棄物などが原因なんだろう。
だが、そんな空気とは対照的に、この場所にいるたくさんの人々は活気に満ち溢れていた。
黒ずんだ作業服を着た男たちは、大きな声を出しながら酒をあおり、愉快そうにしているし、商売をしている女性も、客に向かって店の商品を手にとって、熱心に交渉しているようだ。
この場所には、熱がある。そう感じた。
全ての人たちが、裕福というわけではなさそうだが、昨日より今日、今日より明日というように、日々に希望を抱いている。そんな印象を受けた。
「驚いたかい。ここの人たちは、工場で働く人やその人たち相手に商売をする人たちなんだ。城やその周辺は貴族が住んでいるんだけど、ほとんどは仕事をするためにやって来た労働者さ」
ハントはそう教えてくれた。心なしか、彼の表情は誇らしげに見える。
「この国は、ここにいる人たちが支えているんですね」
そう答えると、ハントもうなずき肯定した。
「いつの時代も、人が国を作っていくんだ。だから、価値がない人なんていないんだよ」
熱が入り語るハントを見て、僕は彼に対する印象が変わった。彼は仕事に誇りを持ち、この国を愛しているのだ。
「そうですね。僕もそう思います」
そう話していると、僕たちの後ろをついて来ていたダリアが、しびれを切らしたのか、
「さっさと歩け! もう腹がへって力が出ん。食材を買って、そいつの家に行くぞ」
と僕を急かしたので、苦笑いをしながら店に向かった。
食材の買い物はハントが慣れた様子で手短に済ませた。お金を出そうとしたが、「お客様に出させるわけにはいかない」と言われてしまった。せめて荷物だけは持ち、僕たちは彼の家にたどり着いたのだが、
「本当にここに住んでいるんですか?」とつい確認してしまった。
彼は一人暮らしと聞いていたので、こじんまりとした一軒家を想像していたが、目の前の建物は、新しくはないが、彼一人で住むには大きすぎる豪邸に見えた。
「ははは、本当は小さな家の方が落ち着くんだけどね。衣装や材料を置く場所がなくて、引っ越したんだ。王室の仕事を引き受けているおかげだよ」
僕は彼のかばんの中身を思い出した。毎度あの量を持ち帰って来たら、大きな家が必要なのも納得だった。
「さあ、入ってくれ。」
中に入ると、最低限の家具などはあるものの、生活感はあまりなく、家の外観よりも簡素な感じがした。しかし、家じゅうに衣装作りに使うであろう、様々な素材や布などが所かまわず置かれている。何より目を引いたのは、部屋の隅に置かれている、大きな機械だった。
「あれは何ですか?」
僕が聞くと、床中に置いてあるものをどかしながら、導線を確保しているハントが答えた。
「あれは織機だよ。糸を縦横に交差させて布を作るための機械さ。今では工場にもっと新しくて高性能の織機があるから、そっちの方が主流だけどね」
「それならなぜ、お前はあんなものを置いている?」
ぶっきらぼうにダリアが聞くと、気恥ずかしそうにハントは言った。
「なぜだろうね。ただ、あの機械は僕の体の一部みたいに扱えるんだ。自分で何かを生み出している。そんな感じがするのかな」
僕にはあまりわからなかったが、職人と言われている人たちは、きっと彼と同じような気持ちを抱いているのではないかと想像した。
「さっぱりわからん。私は新しいものの方がいいと思うが」
それきりダリアは織機に興味を失ったようで、部屋の物色を始めた。
「僕たちは料理を作りましょうか」
「いや、さっきも言ったがラック君たちは命の恩人でもあり、お客様だ。今日は僕に任せてくれ」
そう話すと、キッチンに食材を運び込み、ハントは料理にとりかかった。
手持無沙汰になった僕は、ダリアに話しかけた。
「何か面白いものでも見つかった?」
彼女は一着のドレスを手にしていた。
「ああ。どうやらあいつが素晴らしい職人というのは本当のようだ。見ろ、このドレスを。デザインに優美さが感じられる」
鮮やかな色のドレスだと思うが、いまいちわからない。
「そう……なのかな。ダリアはそういうのわかるの?」
僕の返事を聞いた彼女は深くため息を吐き、あきれるように言った。
「私を誰だと思っている。一流の悪魔だぞ。美しいものや素晴らしいものは一目でわかる」
「なるほど。尊敬します」
思わず下手に出てしまったが、彼女が美に対して理解があるということに疑問を感じた。悪魔とはすべてを破壊することを良しとしていなかったか? それとも何か基準でもあるのか?
彼女はしばらく部屋の衣装に興味津々のようだったので、僕は部屋のソファに座り、今後のことを考えることにした。
鉄の国に着き、ローレルがいるユジーヌにもたどり着いた。これからすべきことは二つ。一つは彼にシュタムでのことを尋ねること。そして、もう一つはダリアとの約束である宝玉を壊し、封印を解くことだ。
この国で宝玉の守護者をしているローレルには、おそらく城に行けば会えるだろう。しかし、この国の守護者という立場の彼に、ただの一般人である僕らが合わせてもらえるのだろうか?
それに、問題はダリアだ。仮に家族であるシズクが面会をしたいと言ったところで、中身は別人なのだ。他人ならともかく、実の兄妹であるローレルを欺くことが出来るとは、到底思えない。
シュタムでのことも気がかりだった。もし、本当に城を襲った連中の中に彼がいたのだとすると、妹までも犠牲にしたということになる。昔からローレルのことは知っているが、とてもそんなことをするとは信じられない。
宝玉の方も正確な場所はわからない。木の国と同様ならば、城の宝物庫などに置かれているのだろうが、確証はない。情報を集める必要がある。
僕は山積みの問題に頭を抱えた。一人でウンウン唸っていると、一通り部屋を見たのか、ダリアが声をかけてきた。
「何だ、悩みでもあるのか?」
「ありすぎる。聞きたいんだけど、ローレルに話を聞く時に、一時的にシズクに体を返すなんてことは出来ないの?」
無茶を承知で聞いてみた。帰ってきたのは、おおよそ予想通りの言葉だった。
「出来るわけがないだろ。何度も言うが、こいつは人質だ。取引が済んでないのに、はいどうぞと返せるか」
くそう、元々誰の体だと思ってるんだ。ちょっとくらい返してくれてもいいじゃないか。
「わかったよ。それなら、ローレルに会うときは、ボロが出ないように気をつけてくれ」
「言われるまでもない」
話が終わり、キッチンを窺うと、何か美味しそうな香りが漂ってきた。
「ラック君、ダリアさん、ご飯出来たよ!」
ハントが持ってきた皿には、ジャガイモにチーズをかけたような料理が盛り付けられていた。
「とりあえず、これ食べておいて。おいしいよ」
僕とダリアはテーブルに着き、ナイフとフォークを構えた。よく料理を見ると、ジャガイモを丸ごと焼き、十字に切れ目を入れ、そこにチーズをかけたようだ。とろけたチーズの香りが食欲をそそる。
ナイフで食べやすい大きさに切り、口に運ぶ。ホクホクとしたジャガイモに、濃厚なチーズが絡まり、国の中においしさが広がっていく。付け合わせの豆もトマトと煮ているようで、酸味があり、相性ばっちりだ。
ダリアも一心不乱に食らいついている。文句の一言でも言い出すかと思ったが、黙々と食べ進めている。気持ちはわかるぞ。だって、これめちゃくちゃおいしいもん。
「まだお肉も焼いてるから、楽しみにしててね」
キッチンからハントが言った。僕とダリアは顔を見合わせ、すぐにまた両手を動かした。




