第10話 盗賊の剣士
「やあ、君たちはこの村の人間か?」
三人組のうち、ひょろっとした男が声をかけてきた。
「いえ、僕たちは違います。この子はそうですが?」
男たちを怖がって、僕にくっついているフィルの方を見て答えた。
「そうかそうか。じゃあ、お嬢ちゃん。この村の村長さんの家に連れていってくれないかな」
言葉は丁寧だが、有無を言わせない雰囲気だったので、僕は疑念を抱いた。
「村長さんにどういったご用ですか?」
「いやなに、ちょっとした用があって」
「用って何ですか?」
僕と話していた男が口ごもっていると、筋肉質の男が大声で割って入ってきた。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 黙って連れていけばいいんだ!」
男の声にびっくりしたフィルは、僕の後ろで震えている。
荒い口調で話す男に嫌悪感を抱きながら、僕はトワルさんとの会話を思い出していた。
「……あなたたちは盗賊ですね。村長さんの家に行くのは、金目のものを奪うためですか?」
「なんだよ、ばれてるじゃねえか。そうだ、痛い目に遭いたくなかったら、さっさと連れてけ」
痛い目はごめんだ。だけど、こいつらを村長さんのところに連れていくわけにはいかない。どうする?
黙ったまま立ち尽くしている僕に腹が立ったのか、筋肉質の男はひょろっとした男に向かって言った。
「おい、二人でこいつを痛めつけるぞ。そうすれば、ガキも言うことを聞くだろう」
ためらった様子のひょろっとした男だったが、腹をくくったのか僕の方をジロッと睨んだ。助けを呼ぼうにも、雨のせいか辺りには一人も住民がいなかった。
二人の男は今にも僕に向かって襲いかかって来そうだ。懸命に打開策を考えるが、思い浮かばない。
土をざりっと蹴る音が聞こえるやいなや、二人の男が僕に突撃してくる。筋肉質の男の拳が僕に直撃するところで、
「雑魚が、手間をかけさせるな」
という、ダリアの声がした。
その瞬間、ダリアの蹴りで筋肉質の男は吹っ飛んでいった。間髪入れずに、ひょろっとした男の方を向き、拳を振るう。「ひえっ」とだけ言い残し、もう一人の男ものびてしまった。
僕とフィルはその早業を見て、ポカンとしていた。あっという間に男二人を倒してしまうなんて。
「……すごいね」とフィルに言うと、彼女もこくこくと首を振った。
ダリアはつまらなそうにこちらを向き、
「この程度の奴らなど、私の相手ではない。だが……」
彼女を背後から、男が素早い動きで斬り付けてきた。僕たちに襲い掛かってきた二人を後ろで見ていた、もう一人の男だ。ダリアは転がりながら、ぎりぎりでかわす。斬撃をかわされても動揺することなく、あごひげをさわって呟いた。
「……これをかわすか。なるほど、慢心しているわけではないようだ。それに、あの二人が武器を出す前に戦闘不能にしたのも、三人で襲い掛かられたら分が悪いと判断したからかな」
そう分析しながらも、あごひげの男は構えを解くことなく、剣先をダリアに向けている。隙があれば、いつでも剣を振るってくるだろう。
この男はさっきの男たちのようにはいかない。直感的にそう感じた。ダリアもそう考えているのだろう。男の剣を警戒して、間合いに入ろうとしない。
雨だけが降りやむことなく、お互いが攻撃の機会をうかがい、時間が流れていく。
しびれを切らしたダリアは、男に話しかけた。
「お前、その動きは剣術を学んでいたな。なぜ盗賊なんてしている?」
「誰だって、つまずくことはあるのさ。俺はユジーヌで兵士をしていた。だが、へまをしてね。街を追われたんだ。そこからは食うために盗みをするようになったのさ」
あごひげの男は淡々と語った。それがありふれたことであるように。
僕には彼の事情はわからない。しかし、彼の行為を見逃すわけにはいかない。そのために僕ができることは……。
「フィルちゃん、走れる?」
「うん!」きっと怖くてたまらないだろうが、気持ちを奮い立たせるようにフィルは言った。
その言葉を聞き、僕たちは駆け出した。
「何をする気か知らないけど、行かせないよ」
あごひげの男がこちらを追いかけようとするが、ダリアが立ちふさがり足止めしてくれた。「ありがとう。少しだけ時間を稼いでおいてくれ」と声をかけ、僕たちは宿屋に急いだ。
足元の水たまりに気をつけつつ、ひた走る。全身びしょびしょになり、宿屋にたどり着くと、トワルさんが驚いて声をかけてきた。
「どうしたんです! そんなに慌てて!」
「盗賊が出たんです! それより、弓矢はありますか?」
何が何だかわからない様子だったが、一大事だと理解してくれたようで、トワルさんは奥の物置に向かい、木でできた古そうな弓矢を持ってきてくれた。
「これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます。あとフィルちゃんをお願いします! 僕はまた戻らないと」
それだけ言い残し、僕は弓矢を背負い、ドアから飛び出した。
ダリアの元に戻ると、さっきの様子とは違い、激しい応戦が繰り広げられていた。あごひげの男が斬りかかったかと思うと、それをダリアは寸前でかわし、蹴りを放つ。胴に入ったかに見えたが、剣の反対側の腕でガードされる。お互い、決定打はなかなか入れられないようだった。
僕は背中の弓を手に持ち、強度を確かめた。古いもので、手入れもあまりされていなかったのだろう。矢を何回も放つことはできなさそうに感じる。一発、それか二発が限界か。
矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。これからしようとしていることを考えると、うまく狙いを定めることができない。
今から僕は人を撃つ。もちろん、今まで一度も人を撃ったことなんてない。
森で獣を撃ち、仕留めたことは何度もある。しかし、人を撃ち、自分の矢で人が死ぬかもしれないというのは、想像していた以上に恐ろしいことだった。
狙うのは剣を持っている側の腕、または肩だ。そうすれば、相手の反撃を食らうことなく、ダリアが無力化させることができるだろう。
呼吸を整え、体の震えを落ち着かせる。よし、もう大丈夫。やれる。
決意したところで、息を吸い、止めたところで矢を放つ。それと同時に、持っていた弓に亀裂が入った。もうこれでは使えない。頼む、当たってくれ。
獲物に襲い掛かる猟犬のように放たれた矢は、剣を持つ男の肩に突き刺さった。すると、痛みのためか、男は体勢を崩した。
やった、これで剣は振るえない。そう思い、ダリアに近づいていったところで、男は刺さった矢を抜きながら、口を開いた。
「まさか、狙撃とはね。彼女をさっさと倒して、君を追いかけるつもりだったんだけど、うまくいかないね」
男は肩から血を流しながらも、剣を離そうとはしなかった。
「もう、決着はついています。武器をしまってください」
「いや、彼女との決着はまだついていない。そうだろ?」
ダリアの方を見て、男はにやりと笑った。
「いいだろう、とどめを刺してやる」とダリアも応じた。
二人ともやめるつもりはなさそうだった。僕は止めるのを諦め、ダリアに一言だけ念を押した。
「ダリア、約束は守るんだぞ」
「わかっている」
あごひげの男が雄たけびを上げながら、素早い動きで距離を詰め、ダリアに剣を振り下ろす。しかし、その剣先は彼女には届かなかった。彼女の繰り出した拳が、それより先にみぞおちに入り、男は倒れた。
「……やはり、剣の速度が遅くなっていたな。つまらん」
ぴくりとも動かない男を見下ろして、ダリアはぽつりとつぶやいた。そう言った彼女の顔は、少し残念そうに見えた気がした。
「……生きているよね?」
「ああ、約束だからな。殺すつもりなら、最初から炎で焼き殺している」
確かにダリアは魔法の炎を使える。雨が降る中だから、炎を使わないのだと思っていたけれど、僕との約束を守るためだったのか。少し彼女に対する考えを改めなければならない。
「兵士さんこちらです!」
宿屋の方から大きな声が聞こえてきた。どうやら、僕たちを心配したトワルさんが、警備の兵を連れてきてくれたらしい。
「これで一安心かな。えっ、どうしたのダリア!」
雨でぬれた地面にも関わらず、ダリアは力なく座り込んでしまった。
「……少し疲れた。人間の体にまだ慣れていないからかもしれん。おんぶしてくれ」
おんぶかあ。僕は悪魔をおんぶするという、人類でおそらく初めての行動をとり、後は兵士に任せることにして宿屋に向かった。




