23話 まだ勝利ではない
「そうじゃーん! それじゃーん! 簡単なことじゃーん! アハハハ!」
アンヴィラの笑いは止まらない。
「勇者様は死んでるんだから! その身体をもらえばいいじゃん!」
目の前にいたはずのアンヴィラの姿が蜃気楼のように消えていく。
「だって、私は勇者様のことが大好きなんだから!」
魔道だ。ルスパリトが無かろうと、腐ってもアンヴィラは勇者パーティの魔道士。勇者の力があるとはいえ、しょせんオレは素人だ。目の前の疑似勇者を誤魔化すくらい楽勝のようだった。
「――そうだな。死体に取り憑くのは簡単だ」
アンヴィラが消え去ったと同時、背後に一つの影が降り立つ。
誰か、など思うまでもない。
「ああっ! 勇者様! これが勇者様の身体ッ!」
目の前に現れたのは那谷羅に取り憑いたアンヴィラだった。艶めかせるように全身を動かし、硬骨な表情を浮かべている。
「私バカじゃんねー。勇者様が死んだのなら、さっさとこうすればよかった」
アンヴィラはコツンと軽く握った拳で頭を叩く。
「力だってこの通り、だしね?」
オレに見せつけるように手の平を向けると、そこから強烈な風圧が放たれた。オレの後方一帯にある木々がザワめき、留まっていた鳥達がバタバタと空に飛んで行く。
「力とは身体に宿っているモノ。今のアンタならわかるでしょー?」
「…………」
アンヴィラの言う通りだ。例え魂の無い身体であろうと、その身体が正常に動くなら、そこには生前の力がある。屍術師の操る死体が生前のまま強いのと一緒だ。
「勇者様の身体を手に入れた私と、勇者様の生命を手に入れたアンタ。一体、どっちが強いのかなー? かなー?」
一見、互角のようだが結果は火を見るより明らかだ。
取り憑いたアンヴィラと違って、オレはあくまで那谷羅のおかげで生き返っただけだ。勇者の生命が使えるといっても、その力は副産物に過ぎない。本物と比べればさすがに劣ってしまう。
勇者ディバーンに等しくなったアンヴィラが相手では間違い無く分が悪い。
「こんどこそ死ねよボンクラ。勇者様に生き返らせてもらったとかさぁ! 反吐が出んだよ!」
形勢逆転。最後に勝つのはお前でなく私だと、アンヴィラは勝利を確信していた。
「魔道士って頭悪いのか?」
「あーん?」
苦境に立っているはずの相手が全く余裕を崩してないんだぞ。どうして勝ちを確信できてんだ。オレが無駄な強がりをしてるように見えるのか? ハッタリをかましてる思ってるのか?
コイツは油断と余裕の区別ができるようになったほうがいい。
「なんで警戒しないのか、オレには理解できんな」
オレはチラリとある方向を見た。
「……はっ!?」
やっとアンヴィラは気づいたようだ。だが、もう遅い。
「燕崎!」
オレが視線を向けた先。そこで、とっくに目を覚ましていた燕崎が星剣をオレに向かって投げ飛ばした。
「呼ばれなくてもわかってるっての!」
オレは投げられた星剣の柄に手を伸ばして難なくキャッチする。
「そこのクソアマゴミクズ魔道士に一撃ブチかまして!」
「たりめーだ」
同時、星剣から溢れんばかりの銀光が吹き出した。
勇者の生命をもらったオレには星剣を扱う資格がある。当然、星の力も借りられる。
「また形勢逆転だな、アンヴィラ」
相手が勇者本人に等しくては勝てないが、それは素手で対峙した場合だ。
勇者ディバーン。那谷羅はこの星剣ナフォルシュティを持って魔王を倒した。マルリリク王国を救った。
つまり、たった一人で魔王を瞬殺した勇者の力は星剣なくては使えない。
逆に言えば、この星剣を勇者ディバーンとして扱えるなら。勇者の生命があるオレなら魔王を倒した完全な勇者の力を使えるのだ。
この力があれば、勇者の身体を乗っ取っているだけの魔道士など敵ではない。
「なんでよ……なんでぇ……」
星剣を壊しておけばよかったとでも思っているのだろうか。それとも、燕崎を殺しきってなかったことを後悔しているのか。
オレに星剣を使われてはどうしようもないと、観念したアンヴィラは膝から崩れ落ちた。
「クソクソクソクソクソクソクソクソぉぉぉぉぉぉぉ!」
同情はない。あるわけがない。
コイツは何度もオレにやってはならない事をしたのだから。
「あばよ。魔道士」
今のオレにとって身体と魂を分けて攻撃するのはなんてことない。
オレは星剣を振り下ろす。
「万象貫く灰絶の嵐!」
一瞬、太陽の光すら凌ぐような銀光が星剣から溢れ、嵐と雷が纏われた斬撃がアンヴィラを襲った。燕崎の時とは比べるべくもない威力だ。放たれた万象貫く灰絶の嵐は周囲の風景を歪ませる程の衝撃を発生させ、爆音と共に大気を引き裂く。
それは目の前に広がっている光景全てを飲み込むような広く深い斬撃だったが、周囲に被害はない。
アンヴィラの魂だけを消滅させた後に見えたのは、呆れた程いつも通りな淀鹿島高校と、その淀校を囲む田舎風景だ。
「っと」
すぐさまオレは那谷羅の死体に駆けよって抱き留めると、蕾と同じようにそっと地面に寝かせた。
「……本当に死んでるのね」
身体を引きずるようにしてやって来た燕崎が死んでいる那谷羅を見る。
きっと無事なオレを見た時から察していたのだろう。
燕崎は那谷羅の死体を前にしても狼狽えはしなかった。
「アンタを生き返らせる為に死ぬなんて……嫉妬しちゃうな」
燕崎は那谷羅に近づいて座ると、その顔を優しく撫でる。
涙を流してないのは、那谷羅の死を前にしても実感が沸かないからなのか。
燕崎は悲しむでも微笑むでもなく、ただ那谷羅の顔を見つめていた。
「心梨は……この世界にきて幸せだったのかな」
「さあな」
オレは燕崎の横に並んで座ると、那谷羅の手を握った。
「生き返らせるから、本人に聞けばいいんじゃないか?」
「……へ?」
「怖がるなよ。お前は那谷羅の親友だろ?」
「ちょ、ちょっと待って! 私が聞きたいのはそこじゃなくて!」
「オレは勇者の生命をもらって生き返った。だから、オレは擬似勇者になっている。アンヴィラを圧倒できたのがその証拠だ」
聞きたい事はわかってると、慌てる燕崎を手で制す。
「擬似勇者になっているのなら、那谷羅にやれる事はオレにもできるはずだ。つまり、この生命を返せる」
「た、たしかにそうかもだけど……」
理屈はわかるし意味もわかる。だが、それは現実的に可能なのかと、燕崎の表情は不安気だ。
「ああ、別に生命を返してもオレは死なないぞ。勇者の生命がオレの死を払ってくれたから、オレ自身の生命は蘇っている。オレの生命が車のエンジンだとするなら、勇者の生命が車のキーって感じだな。止まったエンジンに火がつけば、もうそのエンジンはキーがなくても動くだろ?」
「そ、そこは別にいいわよ! アンタが死ななくて心梨も生き返るなら何も問題ない。けど……その」
「そうだな。一つの生命をやりとりするってのは、たしかにリスクだ」
燕崎の言わんとしている事はわかる。生命なんてのは、本来の身体だけに宿るべきモノだ。決してあげたり返してもらったりするモノじゃない。行き来した生命に問題はないのかと、不安を覚えない方がおかしいだろう。燕崎の反応は至極真っ当だ。
「大丈夫、なのよね? アンタも心梨も無事でなきゃあたし許さないからね!」
だが、これで終わりだなんて納得できない。
那谷羅が死んだままエンディングを迎えてたまるか。
「任せとけ。オレは総理大臣になる男だぞ?」
これからやるべき事を為す。
オレは自信満々に親指を立てた後、目を瞑り那谷羅の手を強く握った。




