22話 魔道士に為す術無し
「勇者!?」
「勝手に想像しとけ」
オレは力無く手の平を前に突き出すと、突然アンヴィラが後方に吹き飛んだ。
「ぐうっ!?」
そのまま地の果てまで飛んで行きそうな勢いだったが、即座にアンヴィラは自身の魔道力を込めたルスパリドを地面に突き刺し、吹き飛ぶ距離を最小限(一メートル程度)に留める。
さすが元勇者パーティと言うべきなのか、七英武具に感謝すべきと言うべきか。魔道士は勇者の一撃にどうにか耐えきった。
「こ、こんなことが……助けられただけでなく……」
アンヴィラは悪夢でも見ているようにワナワナと震えはじめる。
「そんなの許せるかぁ! ボンクラが勇者!? 認めるかあッ!」
アンヴィラはルスパリトを引き抜くと、その場で杖を十字に薙いだ。
「業火蝶! 雷撃蝶!」
墜石咆と同程度はある、巨大な炎の蝶と雷の蝶が空に現れた。二匹は大気を震わせるように羽ばたくと、左右上空に展開し、挟み込むようにして襲ってきた。
ルスパリトによって極大化して放たれた業火と雷撃は、敵を黒焦げにするどころか、周辺の原子すら灼き尽くしてしまうだろう。
それだけの魔道をアンヴィラは放っている。当然だ。
今、アンヴィラは勇者の力を持った者(正義道人)と敵対しているのだから。
「この程度か。だろうなクソゴミ魔道士」
オレはその場から動かない。左右から迫ってくる炎と雷を一瞥すると、それらが直撃する寸前に右腕と左腕を突き出した。
「祓線属性!」
オレの両腕に風が纏われた瞬間、二匹の蝶の動きが止まった。業火蝶と雷撃蝶の巨躯がオレにあっさりと掴まれたのだ。
涼しい顔をした小人が、凶悪な巨大怪獣(極大魔道)を圧倒している。
こんなにもアンヴィラにとって絶望的な光景はない。
「オレみたいな疑似勇者も倒せなくて、よく魔道士を名乗れるな」
那谷羅が燕崎にやった時と同じように相殺が始まる。業火蝶と雷撃蝶は削られていき、段々とその巨躯が小さくなっていった。
「あ、あああ……」
もうアンヴィラはどうしようもない。墜石咆と違って、この業火蝶と雷撃蝶に奢りや油断はないからだ。確実に正義道人(敵)を殺るために放たれたはずで、それは同時にコレがアンヴィラが使える最強魔道である事も意味する。
つまり、この業火蝶と雷撃蝶が通用しなければ、アンヴィラにオレを倒せる術はない。
「あ、あああ……」
祓線属性は相手の必殺に触れ、威力を削り、やがて無力化する。極大化された魔道であろうと関係無い。勇者の技に例外など存在しないのだから。
オレよりも遙かに大きく、巨大で質量ある二匹の蝶はあっさりと消滅した。
「アンヴィラ」
瞬間、オレはアンヴィラの背後に移動する。アンヴィラにはオレの姿が消えたようにしか見えなかっただろう。事実、アンヴィラは背後に来たオレに反応できていない。
「蕾を返してもらう」
オレがアンヴィラの背中を冷蔵庫でも閉めるように突くとアンヴィラの――蕾襟果の身体から派手なローブを着た、同い年くらいの女が飛び出して来た。
「ぐっ!? なっ!?」
「蕾の調子が悪い時期と関係してるんだろうが、いつからお前が憑いてたかなんてどうでもいい。興味ない」
鬼火のように浮遊する魂に見えるが、実際魂なのだろう。コレが蕾に取り憑き、その身体を操っていたのだ。
蕾はさすがに気づくのが遅れた。霧と違って、知り合ってから間もないからな。さっき気づいたぜ。
「ど、どうしてッ!?」
「お前を蕾から追い出すくらいワケない。生きている者に取り憑くのは、バランスの危ういシーソーに乗ってるようなもんだからな。極大化された魔道なら人を選ばず取り憑けるだろうが、取り憑き続けるのは本人の技量次第だ。ようするにヘタクソなんだよお前」
「なんで王国出身者でないお前がそんな事を知ってんだ!?」
「勇者の生命をもらったってことは、最低限(マルリリク側)の知識も得たって事だ。だから祓線属性を使えたり、お前を蕾から追い出したりできてんだろ?」
「さ、最低限の知識でそこまでできるワケがッ!?」
「できるんだよ。どうやら魔道士ってのは勇者と比べて不勤勉みたいだな」
理屈は知らないし、知りたいとも思わないが、魂の状態なのにアンヴィラは裸体ではなく、衣服を纏っていた。あらゆる部分が装飾された改造ローブで、露出も激しく、魔道士を連想させるような地味さは欠片もない。きっと身体も同じ格好をしているだろう。
オレは抱き留めた蕾を、そっと地面に寝かせる。
「コレは没収だ」
襟果からアンヴィラが抜け出た際、地面に転がったルスパリトを拾う。
「いや、破棄だな」
オレはルスパリトを両手で掴むと、細い薪でも割るように膝に当て、そのままへし折った。その拍子に転がり落ちた水晶は思い切り踏みつけて粉々にする。
「なッ!?」
「マルリリク王国、に伝わる秘法なんだっけか? はっ、そんなん知るか。オレにとっては、母校と友達をメチャクチャにしたクソ道具でしかない」
ダメ押しとばかりに、破壊されたたルスパリトに祓線を放つ。
ボッ、とガスに火がついたような音を立てて、極杖ルスパリトの残骸が消え去る。
オレにとっては聞いた事も馴染みもない七英武具の一つが、この世から完全に消滅した。
「く、くそっ……」
魂と肉体はどちらも健在であるなら、魂は場所を問わず肉体に引っ張られる性質を持っている。魂は何処にいようとも、必ず肉体の元へ戻れるのだ。
つまり、これを応用すれば王国に肉体を残し、魂だけをオレの世界に持っていける。魂が何処にあろうと元の肉体に戻れるのだから、世界が隔たれてようとも関係無い。
目の前のアンヴィラはそれを証明している。
「オレは勇者パーティがどんなヤツらの集まりだったのか知らないが、あえて言わせてもらうぞ」
肉体と魂を分離させる世界移動。これを可能とさせたのはルスパリトだ。魔道を極大化できる杖がなければこんな芸当はできない。
だからオレは杖を破壊した。こうなれば、もうアンヴィラは王国に戻るしかできない。
「二度と吠えるな。お前が最も勇者パーティの面汚しだ」
また誰かに取り憑けばこの世界に残れるが、そんなのは無理だとアンヴィラは理解しているはずだ。
アンヴィラはオレの友達に取り憑いて勝手をした。オレがそのアンヴィラを魂のままにしておくワケがない。
「ううう……」
「王国に帰って、一人ひっそりと暮らすんだな」
オレは「帰らないなら消滅だ」と、アンヴィラに手を翳す。ルスパリトもなく、魂だけのアンヴィラなら、たった一発の祓線で消滅させられる。
「ぐ、ぐううううう……」
アンヴィラはジッと蹲るだけで、その場から動こうとしない。
「そうか。死にたいか」
オレはアンヴィラに翳した手から祓線を放とうとし。
「ぐうう……アハハハハハハハハハハハハ!」
その時、絶体絶命のアンヴィラが声高らかに笑い始めた。




