21話 疑似勇者の誕生
「は? どうしてアンタがここにいんの?」
アンヴィラは運動場に現れたオレを見てひどく不思議がった。
「この世界の人間は心臓を貫かれても歩けんの? いや、そんなワケないよね? つか、穴が塞がってるとか意味わかんないんですけど?」
運動場は放課後になると多くの部活動で賑わっているが、今はひたすらに無惨な光景が広がっていた。
空から巨大なドリルが墜落したかのように、運動場の至る所が抉れているのだ。だが、疑問はない。これが燕崎とアンヴィラの戦闘痕なのは考えるまでもないからだ。
「……燕崎」
木に背中からもたれかかるようにして動かなくなっている燕崎の姿を見つけた。顔は俯き、腕と手は力無く投げ出されており、その手元に星剣が落ちている。
身体のあらゆる所が傷だらけで、切り刻まれた制服に血が滲んでいるのが痛ましい。アンヴィラにやられたのは明白だ。表情は確認できないが、無念に満ちたまま気絶しているに違いなかった。
「つーか、どっから来たのアンタ? まさか三階から飛び降りてきたってワケじゃないわよね? この世界の人間がそんな事できるはずないし?」
燕崎のそばに行きたかったが、そんな事したら即キレされるだろう。
アンヴィラの姿はさっき教室で見た時と変わらない。傷もなければ、衣服もキレイなままだ。つまり、燕崎はアンヴィラにロクなダメージを与えられていない。
これでオレが燕崎が心配で駆けつけたりなんかしたら「私を心配する暇あるなら、あのクソ魔道士に一撃くらいブチかませ」と、気絶していてもオレをぶん殴ってくるだろう。何故かそんな予測しかできない。
燕崎に怒られるのはゴメンだからな。どうせ何か言われるなら「ふざけるな」より「よくやった」の方がいい。
ああ、こっからは任せとけよ燕崎。
このクソゴミ魔道士はオレが倒す。
「……まさか」
この場にやってきたのが、どうして那谷羅でなくオレなのが。
ようやくその意味をアンヴィラは理解したようだ。
「そうだ。那谷羅はオレを助けるために死んだ」
オレは校舎に視線を向けながら、はっきりとアンヴィラに告げた。
「う、嘘でしょ? 勇者様がお前を助けて死ぬワケないじゃん! 死ぬワケねーだろが!」
アンヴィラはワナワナと震えながら激しく頭を掻きむしりはじめた。流血しても手は止まらない。
掻くのをやめれば自我が喪失すると言わんばかりに、何度も何度も掻き続けまくる。
「じゃあ、なんでオレが生きてるんだ? どうして胸に空いた穴が塞がってるんだ? どうしてこの場に那谷羅がいないんだ?」
いくらアンヴィラが否定しようとも、ここにはオレがいる。オレが五体満足で地面に立っている。
それは絶対に変えようのない現実だ。
「な、なんで!? どうしてなの勇者様! あなたはそんな存在じゃない! ザコを助けるための命なんかじゃあッ! うあああああああッ! ああああああ……」
フッ、とスイッチが切れたように頭を掻きむしるのをやめ、アンヴィラは力無くペタンとその場に座り込む。
「お前にとって那谷羅はなんなんだ?」
「ああ?」
アンヴィラは力無く座り込んでいながらも、憎悪に染まった目でギロリとオレを睨みつける。
「そんなの愛する神様に決まってんだろが!」
それは勇者ディバーンを盲信する信者の発言だった。
「王国を破滅させる魔王を瞬殺できる存在! 世界が生んだ森羅万象の生命体! 勇者様は生まれも! 備わっている力も! 私のような普通人とは違う! 格が違うの! 人が目にできるだけでもありがたい存在なの!」
ついさっきまでとは打って変わって、目を輝かせながら那谷羅を語るアンヴィラは怖気が走るほどのガチ(殉教者)だ。心の底から那谷羅を神格化しており、同じ人間とは微塵も思っていない。
認めていない。
「勇者様は王国を救うために現れた世界自浄体! なんて素敵! 世界の神秘が肉を持ち心を宿しているなんて! ああ、そんな奇跡! 思うだけで頭がクラクラしちゃう!」
アンヴィラは下半身をモジモジさせながら顔を赤くする。
「なのにそこの弱虫ルディはさぁ!」
だが、その顔は気絶している燕崎の方を向くと、冷水でもブッかけられたように元に戻った。
「勇者様を勘違いしてんじゃねーってんだよ。勇者様は世界に作られたんだぞ? 女の股から生まれたんじゃねーんだぞ? 格の違う存在を自分と同等に見てんじゃねーよ。「あなたは私と同じ人間なの」みたいな顔して浸ってんじゃねーよ。ただの自己満足とかキモいんだよ。あげくの果てには、自分で勝手に傷ついて裂け目に落ちやがるしよ。ホントくだらねークソ女」
なんでこんなヤツが勇者パーティの一員だったのか、と。
悪意しかない燕崎への罵倒は、アンヴィラの不満が殺意に変貌している証拠だった。
「勇者様は人間が触れあおうなんてしちゃいけないの! 孤独に! たった一人でなきゃいけないんだから! 世界を救ってくれるってのは、人間の行く末を決めて貰う事でもあるんだもの。勇者様が勇者様でいられるよう、人間は勇者様を汚さないよう立ち回らなきゃダメ! 勇者様が汚れて墜ちた勇者(くだらねー女)にでもなったら目も当てられない」
「そんな事言うクセして、よく那谷羅を放っておけたな」
「ああ? 勇者様が馬鹿共に非難されてるのは最高の展開じゃーん」
オレの質問をはっきりと予測できたのだろう。アンヴィラは満足気な顔で頷いた。
「勇者様はみんなの記憶に刻まれてなきゃいけないの。何百年も何千年も人の記憶から消えてほしくない。だから、バカ達が勝手に勇者様に暗い感情を抱いてくれてよかったわ。ハハッ、誰が王国を救ってくれたんだっての。笑っちゃうー」
アンヴィラは勇者を神と同義にしている。だから、勇者ディバーンという存在を人々の記憶に長く残すのを最優先にしているようだ。多神教の考えと同じだ。信仰対象である勇者が忘れ去られてしまうと、その時勇者は神でなくなってしまうと考えている。
だから、アンヴィラはその方法に拘りを持っていない。
勇者の記憶は必ずしも善である必要はないと判断している。
「勇者様はバカ達に記憶される存在。でも、勇者様がバカ達を記憶するのはダメ。特にバカ達に好意を持つなんて絶対に許されない。そんなのただの女の子がする事だもん。勇者様が墜ちちゃう」
アンヴィラにとって、勇者の存在は恐れられたり反感を買うモノがいいのだ。
「だからさボンクラ? 私、アンタがむちゃくちゃ嫌いの」
人間はネガティブな感情や思考が強く残る生物であるため、それを利用すれば人々の記憶に長く残る。孤独という面でも都合がいい。
――随分と自分勝手な理想を那谷羅に押しつけてヘドが出そうになる。
「なんでボンクラは良い子ちゃんを気取ったままの日常を続けなかったの? どうして勇者様を他の無象無象と同じにしなかったの? 今のアンタは間違い無く勇者様の癌になってる。あんなメス顔する勇者様見てられない。だから、殺したのに――クソがぁッ! クソクソクソクソクソクソ! どうしてボンクラじゃなくて勇者様が死んでんだよッ! ありえねぇッ!」
「……安心したよ」
地団駄しているアンヴィラを見て、オレは呆れたように息を吐く。
「今、完全に理解した。お前は燕崎と全く違う」
「ああ?」
「自分の欲だけ口にして、相手の心なんか全く考えない。これなら遠慮なくテメェをぶっ飛ばせる」
何を言ったか理解できないと、アンヴィラはワザとらしく首を傾げた。
「ぶっ飛ばす? アンタが? 私を?」
「そうか聞こえなかったか。なら、わかりやすく要約してやるよ」
オレは目の前にいるどうしようもないゴミと目を合わせる。
「勇者を信仰してるクセして勇者の下着に興味もってんじゃねーよ。とんだふしだら信仰女がいたもんだ。しかも詰多に盗んでもらってるとかダセー通りこしてんぞ。男に盗んでもらった勇者の下着でやる自慰は最高だったか? お前にとっての勇者はただのエロネタだってとっくにバレてんだよ。ああそうか。なるほどな。自分の手を汚さず、他人を使って嫉妬を解消しようとする(詰多を使つてオレを嬲る)ゴミにとってはそれが普通なのか。格の違うオレには全く理解できねーわ。ああ、もちろん格下はお前な。ゴミだから」
瞬間、アンヴィラは手に持っているルスパリトを軽く真横に振った。
「死ね」
オレの頭上に高層マンションくらいはありそうな超巨大な円錐が現れ、その先端が急速に落下してきた。
「墜石咆」
コレが運動場に空いている穴の原因だと直感で理解する。頭上に現れた円錐に対して、グラウンドの穴は小さいが、それは燕崎が健闘した結果だろう。アンヴィラが燕崎に容赦するワケがない。なら、燕崎にも墜石咆と同等の攻撃が放たれたと考える方が自然だ。
「ありがとうな、燕崎」
こんな攻撃から己だけでなく学校も守ってくれたなんて。
アイツが目覚めたら礼を言わないとな。
「潰れてひしゃげな! ぼぼぼーん!!」
アンヴィラは勝利を確信している。まあ、そうか。オレは勇者でもなければ剣士でも魔道士でもないからな。この世界に生まれた一般人であり、勇者パーティの一人と戦闘できる力なんて本来なら皆無だ。
そう、本来なら。
「おめでてー頭だな」
ただ生き返っただけだけでここに来るワケねーだろ。
お前を倒せる確信があるから、オレはテメェの前に来たんだろうが。
「オレは勇者の生命をもらったんだぞ?」
オレはだらしなく右拳の甲を振り上げた。空に向かって裏拳をしたような構えになり、そのまま墜石咆の落下を待つ。空を見上げようともしない。
「お前ごときの魔道士が勝てるワケねーだろが」
右拳の甲に墜石咆が直撃した。
ズッ、とオレの両足が僅かに地面へ沈み込んだが、それだけだ。
瞬間、墜石咆が粉々に弾け飛ぶ。破壊された墜石咆は煌めく魔道の残滓になると、霧のように周囲に立ちこめた後、すぐに蒸発した。
「なっ!?」
墜石咆はそれなりの魔道だったのだろう。少なくとも一般人に放つ魔道としてはやり過ぎで間違い無い。
なのに、それがオレの手の甲にぶつかっただけで弾け飛んてしまった。ダメージどころか、ハッタリにすらなっていない。
「ま、まさか……お前はッ!?」
ここでやっと、アンヴィラは目の前に現れた男子生徒が何者になったか理解したようだった。




