20話 魔道士アンヴィラ
「訂正する。テメーは大大大嫌いだ」
背後から声が聞こえた。
オレと那谷羅が声の方に振り向くと、そこに立っていたのは。
「死ね、ボンクラ」
蕾襟果だった。
「がふッ!?」
ズッ、と、アンヴィラ(蕾)の人差し指から放たれた光がオレの左胸を貫いた。
吹き出した鍋みたいに血が溢れる。
「ミチヒトッ!」
倒れゆくオレの身体をすぐに那谷羅が抱きとめる。どうにか床にぶつからずに済んだが――もうコレはどうしようもない。
「ボンクラ死んじゃうね。さあ、悲劇に沈んでよ勇者様。選ばれし者(勇者)には悲劇がとっても似合うんだよ?」
再びアンヴィラの指先が光るが、それは放たれる前に阻止された。
「アンヴィラぁッ!」
教室に乱入してきた燕崎が星剣でアンヴィラを斬りつけたからだ。
「は? なんで弱虫ルディまで催眠が解けてんだよ」
だが、その剣はアンヴィラに届かない。斬りつけられる寸前、燕崎の攻撃を弾くように、アンヴィラと星剣の間に杖が現れたのだ。
先端の水晶が七色に輝いており、その周囲は派手に飾られている。それは柄部分も一緒で、持ち主の性格が窺えるような装飾がされた杖だった。
これが那谷羅の言っていた魔道士アンヴィラが持つ七英武具、極杖ルスパリトだと直感で理解する。
「お前道人をッ!」
「私を斬りつけるなんて生意気ー。勝てると思ってるなら心外なんだけどー。弱虫ルディちゃん?」
「抜かせぇッ!」
斬りつけた勢いのまま、燕崎はアンヴィラを教室から押し出した。
三階のベランダに向かって突撃していき、二人は空中へ飛び出た。そのまま運動場へと落下した直後、剣戟と爆発音が響く。
それは燕崎とアンヴィラの戦闘が始まったゴングで間違い無く、勇者パーティだった二人の仲が決定的になった瞬間だった。
「ミチヒト! ミチヒトッ!」
燕崎とアンヴィラの戦闘音が遠くに聞こえる。さっきから溢れ出る血が止まらないせいだろう。当たり前だな。心臓に穴が空いたんだ。身体の感覚はとっくになくなってんだから、耳も目も――クソ、声が出せない。
これじゃ、泣き叫びながらオレの名前を連呼する那谷羅に返事ができない。
死ぬなら――せめて最後にコイツを安心させる言葉の一つくらい残したいのに。
「ミチヒト! ダメだ! 意識を失うなミチヒトッ!」
自身の命が闇に飲み込まれいく。抗えずに瞼が落ちる。いや、落とした。このままだと目を開けたまま意識が途切れそうだったからだ。
それに那谷羅に見苦しい死に顔は見せたくない、からな。
「……ミチヒト」
何かを決心したように、オレの手を握る那谷羅の手に力がこもった。
「……初めてミチヒトと会った時、私の抱いた印象は疑問だった。何の得にもならず義理も無い私を助けるなんて。私とミチヒトには“正常な関係がない”のに、コイツは何なんだと思った」
何だ? 那谷羅は何を話している?
「ああ、もうその理由はわかっている。お前は自分の評判を上げるため、自校の制服を着ている私を助けたのだろう? 校内でのミチヒトの行動は上っ面な違和感が目立つし、キリに聞くと白々しく誤魔化そうとしてくるしな。すぐに確信できた」
バレてたのかよ。まあ、仕方ないか。那谷羅は勇者なんてのをやってたんだ。騙せるって思う方がおかしいか。
「でも、呆れや憤慨はない。ミチヒトの行動は評判が欲しい以上に、本心によるものだからだ。そうでなければ昔のキリを助けるなど割に合わないと諦めるはずだし、私の代わりに殴られてホッとした顔にもならない。燕崎に脅されたのもそうだ。自分の命と評判がかかってるなら、普通は我が身を可愛がるはずだからな」
なんか色々と見透かされている。オレの知らない所で霧や燕崎から色々聞いてるみたいだ。仲が良いのは喜ばしいが、直で言われるのはムズ痒すぎる。オレの意識が正常だったら顔が真っ赤になってるに違いない。
「ミチヒトは上っ面(評判の為)以上に相手への優しさで動いている。思いやりがミチヒトの行動理由だ。相手を思い、そのために動ける。そんな“正常な関係”を無視できる……いや、そんなの考えもせず、相手への思いやりを優先して行動できるミチヒトこそが……勇者だと思う」
その称賛が自虐的に聞こえるのは勘違いではないだろう。
那谷羅は「私にあるのは役目だけだった」と続ける。
「王国から逃げて、勇者とは何なのかと考えたが……その答えはバカらしいくらいすぐに見つかった。あの日からそれが間違いでないか確認していたが、もう確認の必要はないだろう」
ふと、気がつく。闇に飲み込まれる感覚がなくなっているのだ。
失われたはずの生命が戻ってきており、呼応するように腕や足がピクリと反応している。身体が蘇りつつあるのだ。これならじきに動けるようになるだろう。
でも、なんでだ? オレは心臓を貫かれたんだぞ?
「私は勇者ではない。魔王を倒しただけの人形だ」
嫌な予感がした。
「役目を果たした人形は消えるべきだろう。万象より生まれた存在なんだ。これ以上は摂理に反するというものだ」
おい、ふざけんなよ那谷羅。
お前、さっきから何言ってんだよ。
「燕崎には私の代わりに謝ってくると……嬉しい」
私の代わりってなんだよ。なんでオレが燕崎に謝らなきゃならないんだよ。
どうして那谷羅はこれから死ぬヤツみたいに喋ってんだよ!
「生きろ、私の勇者よ」
瞬間、真っ暗だった目の前が明るくなり、身体に生命が漲った。
オレはすぐさま起き上がる。
そして目の前に映ったのは――オレに寄りかかるようにして倒れ込んでいる那谷羅の姿。
「バカ……野郎ッ!」
己の命をオレに与えきった那谷羅は死んでいた。
正義道人の命を救えて本当によかったと、後悔のない穏やかな笑顔をオレに向けている。
「初めて見せた笑顔がコレかよッ!」
オレは力無く倒れている那谷羅の死体を抱きしめることしかできなかった。
何処かの誰かが言っていた。
力を持つ者には義務が発生し、救われた者には義理が発生するのだと。
それは世界を高潔に回す人の心であり、セカイを救う行動であるらしい。
たしかにそうかもしれない。優しくしてもらった人は誰かに優しくなれるし、力を持つ者は例えそれが戯れであっても、救われた力無き者に意味を与える。
だが義務? 義理? どうしてそんなモノが発生すると理解しなければならないのか。
助けたい、力になりたい、救いたい。
これらにあるのは純粋な気持ちだけだ。強制力は何もない。思い想うのは誰しも自由であり、絶対に束縛させられない人の意志だけがそこにある。
魔王を倒す義務だけで行動した那谷羅には無く、気持ち(意志)だけで行動できるオレにあるモノ。
その“理由なき純粋な人の意志”が勇者の線引きだというのなら、那谷羅。お前は人形なんかじゃない。元勇者でもない。立派な勇者だよ。
お前がオレを生き返らせたのは、オレが神社で助けた時と同じ“理由なき純粋な人の意志”によるモノなんだから。
これからオレはお前にもらったこの生命を使ってやるべき事を為す。
オレのやるべき事。
それは。




