第62話 ずっと隣にいて
1月3日。
オレはマンションの一室に来ていた。
みんなでクリスマスパーティーをしたマンションだ。
今回もオレと真央が会うために、樫木さんはまたこのマンションを用意してくれた。
真央が12月にこっちに帰ってきてから、会うのは今日で3回目だ。
樫木さんは、このマンションを用意してくれるたび、クリスマスパーティーの時と同じように、「キッチンもシャワーも全て自由に使って構いません」と言うが、真央と二人きりでシャワーを使う状況を想定して言っているのだろうか。聞き返したことはない。もちろん、真央にも変なことは言わなかった。
「樫木さんにはほんと感謝です。お節まで用意してくれたんですよ」
オレは考え事をやめる。
「ほんと感謝だねー。しかも、お雑煮まである」
「先輩、お雑煮は私が作ったんです」
「え?真央、料理なんてできるの?」
「失礼ですよ、先輩」
「だって、いつもコンビニのおにぎりとかだったじゃん」
「最近は自炊もしてます。このお雑煮は、実家でおばあちゃんに教えてもらったんです」
「そ、そうなんだね。それは失礼しました。では、そのお雑煮からいただこうかな」
「先輩、どうぞ、召し上がれ」
隣に座っている真央は笑顔で言った。
二人並んで、「いただきます」をした後、オレはお雑煮のお椀を持ち、汁をすする。
真央は、じーっと見つめ、オレの反応を待っている。
「お、おいしい!こんな風味のお雑煮初めてだ!」
「ふふふ、さすが先輩ですね!このお雑煮はダシが違うんです」
「ダシ?昆布とか?」
「このお雑煮は、干しエビでダシを取ってるんです」
「干しエビ?そんなものをダシに使うなんて聞いたことないな。料理のことよく知らないけど」
「私の地元では、干しエビでお雑煮のダシを取るんです。おいしいですか?」
欲しがりな真央にオレはもう一度言う。
「うん、めっちゃおいしい!今まで食べたどんなお雑煮よりもおいしいよ。さすが、真央!」
「先輩、褒め方がわざとらしいです。もっと普通に褒めてください」
真央が求めていた答えとはどうやら違ったらしい。
オレは、お雑煮の具を確認する。餅、人参、椎茸、鶏肉、カイワレ大根……
「あれ?真央。ダシの干しエビ、取り出し忘れてるよ?」
「うふふ。その干しエビも食べるんですよ、私の実家では」
オレは干しエビを箸でつまみ上げる。
「これ、食べるところあるの?」
「ちゃんとありますよ。殻をむいたら小さな身があるんです。それがまた美味しくて」
真央は楽しそうに話していた。
その時だった。真央の視線が窓の方に動く。
「せ、先輩……」
「ん、どうした?」
オレは言いながら、エビの殻をむいていた。
「先輩、見てください!」
真央が窓を指差す。
オレはエビをお皿の上に一度置いて、真央の視線を追う。
窓の外には、雪が降り始めていた。
「ゆ、雪ですよ!先輩!」
「雪、降ってるね」
「だから、雪が降ってるんですよ!先輩!」
「冬だし、雪も降るだろっ」
「先輩、わかってませんね!私の地元では雪は珍しいんです!」
「そ、そうなんだ」
「そうなんです!……すごい、どんどん降りますね!きれい……」
真央は目を輝かせ、雪に見入っていた。
オレはそんな真央を見ながら、殻をむいて、エビを食べた。身は小さく、殻も少し残っていたが、確かにおいしかった。
「先輩……」
「どうした?吹雪になった?」
「違います。先輩……雪を見ていると、こっちに帰って来たんだなって実感が湧きます。私は明日からMaoとして再出発します」
「うん、そうだね。頑張ってここまで来たね」
真央は12月の1か月間、歌やダンスのレッスン、そして治療やカウンセリングを続けていた。そして、明日、まずはレコーディングから、再出発する。
「はい、がんばりました。ここまでがんばれたのは、先輩はもちろん、他のハーレムメンバーのみなさん、Re:inのメンバーのみんな、樫木さん、その他たくさんの人のおかげです」
真央は強気で前向きな言葉を口にしながら、誰も頼らず無理をする子だった。最初は、真央が無理をしていることに触れず、楽しい会話をするだけだった。でも、それだけでは真央を救うことはできないと気づいた。
『オレの前では甘えろ』
『オレの前では、普通の16歳に戻れ』
オレは、覚悟を持って踏み込んだ。真央を逆に傷つけてしまうかもしれない。でも、踏み込まないと真央を助けることはできない。
『涙が止まってからも、一緒にいてください』
それが、真央の出した答えだった。
真央はライブ当日、声が出なくなった。
そのとき、
『先輩……助けてください』
真央はオレに頼ることができた。
そして、最後はメンバーに頼ることができ、活動休止する決断をした。
今の真央は、昔の真央とは違う強さを持っている。
それは、孤独な強さではない。
人に頼りながら、未来に向かって歩みを続ける、本当の強さだ。
「先輩……先輩!」
「ん?どうした?」
「ん、どうした、じゃありません!それ、私の栗きんとんです!」
オレは、いつの間にか重箱の栗きんとんをつついていたようだ。
一つの重箱に、二人分の和洋のおせち料理が詰まっている。
「え?栗きんとんに名前なんて書いてないだろ?」
「だから、そこの部分、私が食べたかったところなんです」
「そんなのわからんわ!」
「栗も一個しか乗っかっていないんです」
「あー、わかったわかった」
オレはまず、栗きんとんの真ん中にある栗を箸で半分に割る。次に、四角のスペースに入った栗きんとんが左右半分ずつになるように、箸でラインを引いた。
「これでいいだろ?」
「先輩、私はそっちを食べたかったんです」
「どっちも変わらんだろ!」
そこまで言ったところで、真央が我慢できずに笑い始めた。オレも一緒に笑う。
「それにしても先輩は、甘いものが好きですね。考え事しながら箸が伸びてましたよ」
「あ、バレてたか。考え事してたの?甘党なのは認める」
「甘党なだけじゃありませんよね?コーヒー飲めないですし」
ここは全力で否定させてもらおう。
「飲めないんじゃない、飲まないんだ!」
「先輩、それ苦しいです」
真央はまた笑った。
その後も、楽しく二人で重箱をつつき合った。
ほとんど食べ終わってお茶を飲んでいた時だった。
真央が、少し神妙な顔をして言った。
「先輩、明日から始まると思うと、ドキドキします」
「それは、不安?それとも期待?」
「その両方です。明日からRe:inのみんなと仕事ができると思うとワクワクもします。でも、不安も大きいです」
真央は、少しうつむく。
「私の病気はまだ治っていません。いつ過呼吸になるか、いつ声が出なくなるかわかりません」
「うん」
「そう思うと、とても不安になります」
「でも、前の真央とはもう違うよ」
「はい、そうです。今はみんなに頼ることができます。助けてほしい時には、助けてって言うことができます。甘えろって言われなくても、甘えられます」
「うん、すごい成長だよ」
「ありがとうございます。私は、不安を抱えていますが、先輩に甘えながら、みんなに頼りながら、時に迷惑も掛けるかもしれませんが、未来に向かって歩き始めます」
「うん、時には立ち止まってもいいよ。一緒にがんばろうね」
「はい!」
気付くと、真央の目には涙が溜まっていた。
オレは、真央を抱き寄せる。
そして、優しく抱きしめた。
真央はオレに体を預ける。
そして、耳元で言う。
「先輩、ずっと隣にいてください」
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