第63話 再会(前編)
1月に入って冬休みが明けて最初の週もひかりが登校することは無かった。
このまま時間だけが過ぎていくのかと思っていた。
1月14日、火曜日。成人の日の次の日だった。
オレは登校して教室にいた。
彩芽が、教室の入り口に駆け込んで来た。
「はぁはぁはぁ、か、かなたん、いる?」
彩芽のかなたん呼びは、多くの生徒に目撃されており、クラスメイトは違和感なく、普通にオレを呼ぶ。
呼ばれるまでもなく、気づいていたオレは、彩芽の方へ向かっていた。
冬で寒い日なのに、彩芽は汗ばんでいた。
どこから走って来たんだろう。
「あやちゃん、どうしたの?」
オレは朝の挨拶もせず、彩芽に尋ねた。
「かなたん!!ひかりちゃんが、ひかりちゃんが!」
「ひかりが?どうしたの?」
「学校に来てる!今日、学校に来てるの!」
オレは、驚いた。
彩芽に言われ、すぐひかりと彩芽が在籍している情報コースの教室に向かった。
教室にひかりはいなかった。
オレは、情報コースの生徒にひかりがどこに行ったか知らないか尋ねた。
いくつかの目撃情報があった。何か月も学校に通っていなかったひかりが登校したのだから、みんな注目していたのだろう。
情報によると、ひかりは誰の挨拶にも応じず、無言だった。バッグを持って、教室を出た。普段使う階段ではなく、廊下の奥の方の階段に向かった。
オレは、情報にあった場所へと駆けた。すぐ階段に辿り着く。
上りと下りがある。オレは、上りを選ぶ。
3階は、3年生の階だ。オレは、さらに階段を上る。
扉がある。屋上への階段だ。
鍵が開いているはずはない。だが、何か予感がした。
オレはドアノブを握り、回した。
ドアノブは回った。
ーーーーーーーーーー
オレは、屋上に出た。
空はどんより曇り、風が強い。
オレは見渡したが、誰も見当たらない。
金網のフェンスに囲まれた殺風景な屋上の景色が広がっている。
オレは、自分が出てきた建物の裏側に回る。
すると、見えた。
髪をなびかせながら、フェンス際で何かをしているひかりの後ろ姿が、遠くに見えた。
オレが駆け寄ると、ひかりが何をしているのかはっきりとわかった。
ひかりは、髪を整えておらず、風の影響もあって大きく乱れている。化粧はもちろんしておらず、頬は明らかにこけている。
ひかりは、手にハサミを大きくしたような工具を持っている。
そして、その工具で、フェンスの金網を切っていっている。
オレが近づいても振り向きもせず、ひかりは必死に金網を切り続けている。
「ひかり……」
オレの呼びかけにも、ひかりは応じなかった。
ーーーーーーーーーー
(ひかり視点)
「ひかり……」
私の名前を呼ぶ、かなたの声は聞こえた。
だが、私は応じない。応じる必要などないからだ。
私は手に持っているボルトクリッパーという工具で金網を切り続ける。
「ひかり、何をしてるんだ!やめろ!」
私は、何も答えない。
この世界のかなたに言うことは、何もない。
縦一列に切り終え、次は横に切り始める。
「やめろ、ひかり!」
かなたが手を押さえてきた。
「かなた、邪魔をしないで」
私は仕方なく、口を開いた。
「何を考えてるんだ、ひかり」
私は私の手を掴んでいるかなたの体温を感じながらも、かなたに言う。
「この世界のかなたに、私の考えなんてわからないでしょう」
「この世界のかなたって……ひかりは何をしたいんだ?」
私はかなたの目を見ながら言う。
「私は、この世界を終わりにしたいだけよ」
「終わりにしたいって……どういうことだ?」
「わからないの?この世界は3月31日までに親愛度が100にならなかったら、なかったことになる」
私が話始めるとかなたは手を離した。
私も工具を一度、下に置く。
「なかったことになるのは知っている」
「なら、私がしたいことはわからない?」
「わからない」
私とかなたは1メートルほどの近い距離にいる。
それなのに、遠い。二人は全然違うものを見ている。
仕方なく、私は説明することにした。
「私は、3月31日まで、部屋で静かにこの世界の終わりを迎えようと思っていたわ。でも、待てなかった。暗い部屋の中で時間が過ぎていくのを待つのは苦しかった。だから、私は今日、学校に来た。わかったかしら?」
「わからない」
「この世界で私とかなたの周りで起きたことは、全てなかったことになる。だから、時短をしに来たよ」
時短……とても、適した言葉。
「……時短って?」
「まだわからないの?私は、ここから飛び降りる。そしたら、かなたが私の親愛度を100にすることはできなくなる。私が死んでも、その死もなかったことになる。4月1日には私も生き返り、世界は元通りになる」
話していてわかる。
今の私の目には光が蘇っていると。
「なんてことを言っているんだ。死んじゃだめだ。本当に生き返る保証なんてどこにもない!」
「ふふ。その時はその時で、いいわ。この世界で生き続けるよりはマシよ」
「ひかりはどうしてこの世界をそんなに嫌っているんだ!」
「は?わからないの?私の頭の上の数字が見えるでしょう?私にはかなたの頭の上の数字が見える」
「オレは……数字なんて、もう見ていない」
「は?何を言ってるの?この世界は数字が全てでしょう?かなたの頭の上の数字は……」
私は、久しぶりにかなたの頭上を見る。4人の女性を攻略したかなたの頭上の数字は10に下がっているはずだ。
なのに……
「30?かなた、私の数字はどうなってる?」
「知らない。興味がない」
「さっきから何を言っているの?この世界は数字が全てでしょう。私はかなたの数字を100にすること、かなたは私を含め、対象の女性全員の数字を100にすることが目的でしょ?」
「うん。確かに、この世界はそうなっている。でも、大事なのは数字じゃない」
「何を今更言っているの?かなたは、女性たちの数字を100にするのに必死だったじゃない!」
私の数字が下がるのを放置して、他の子の数字を上げるのに必死だったくせに。
「確かに、必死に数字を上げてきた。でも、大事なのは数字じゃないんだ。心なんだよ」
「心?そう、心なのね。心が私から離れていったということね」
「……そうなのかもしれない。オレは、ひかりの数字が下がっているのを見てショックを受けていた。だから、その影響はあるかもしれない」
「あるのでしょうね。私の頭上を見た後、かなたの数字は下がっていっていた」
またかなたの頭上を見る。
さっきと変わらず、『30』という緑の数字が浮かんでいる。
だが、その直後だった。
数字は『29』『28』『27』……と、下がり始めた。色も青くなっている。
なんで今下がるの?
数字はどんどん下がっていく。
『16』『15』『14』……
「ちょっと待って……」
「ひかり?どうした?」
「かなた、やめて!それ以上、数字を下げないで!」
『11』『10』『9』……
「待って!やめて!」
『5』『4』『3』……
ああ、だめだ。その数字は、私とかなたの絆、そのものなのに……
私はかなたに近づく。
止めなくては。数字が下がるのを止めなくては。
『2』『1』
私が数字に手が届いたのは『0』になった瞬間だった。
黒い『0』という数字。
私が触れた瞬間だった。
数字は、さらさらと下の方から、砂になり、崩れ始めた。
そして、最後には跡形もなく、消えた。
私には、何が起きているのか、わからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エピソードも残りわずかとなりました。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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