第61話 変わる勇気
12月21日。三つ星ホテルのレストラン。
赤いドレスを着た優花さんは、一口大に切ったステーキを、上品にフォークで口に運ぶ。
口を動かし、美味しそうな表情をする。
そして、しゃべり始める。
「ねぇ、奏多くん、聞いてる?私ね、バイト先で不倫を疑われているんだけど?」
いきなりの爆弾投下に、カジュアルなジャケットを着て、慣れないコース料理に苦戦していたオレは驚く。
「ねぇ、奏多くん、聞いてる?」
「き、聞いてますとも」
ふぅ、と一息吐いた後、優花さんは、白ブドウスパークリングを一気に飲み干す。運転があるため、もちろんノンアルコール……のはずだ。そして、おかわりを注文した。
「順に話すわね」
優花さんはまた肉を口に運ぶ。
「私に彼氏ができたことはもうバレバレなの。『月曜日のおはよう』のためにオシャレな服を着るじゃない?髪もきれいにセットして。そのまま大学やバイトに行くから、バレてしまうのは時間の問題だったの」
おかわりの白ブドウスパークリングが届き、ゴクリと一口飲む。オレは、フォークとナイフを持ったまま止まっている。
「でも、以前と変わらず、土日に休みを取らないことで不思議がられてはいたの。だって、奏多くんとはバイトの後に会うことが多いし、土日は、凛ちゃんとあやむんとのデートが入ってるじゃない?今日は特別に譲ってもらったけど」
オレは、話が少し切れた瞬間に急いで苦戦して切った肉を食べる。
「だから、土日休む必要ないだけなんだけど、そこを疑われてたのよね。でも、まぁ、そこまではいいの。そして、今回よ」
「今回?」
「そう、今回。このデート」
「え?何か疑われるようなことあるかなぁ?」
「大ありよ!今日は12月21日よ!どうして、イヴ当日に会わないのかってひそひそ話しているのが聞こえたの。そこから、相手に24日に会えない事情があるんじゃないかってなって。そこからさらに、相手には家庭があるんじゃないかってなったのよ」
「うわぁ。話が飛躍してるなぁ」
優花さんは、白ブドウスパークリングの残りをゴクゴクと飲み干す。
「何、他人事みたいに言ってるの?誰のせいかわかってる?」
「……オレのせい?」
「そう!奏多くんのせいよ!イヴの日に誰とも会わないなんて、『ハーレムメンバー』全員に気を遣ってるつもり?」
「ちょっと、優花さん、声が大きいよ」
「何よ!『ハーレムメンバー』は『ハーレムメンバー』じゃない!」
優花さんは、何杯目かの白ブドウスパークリングをまたゴクゴク飲む。オレは、砂糖の入ったアイスティーに口を付ける。
「優花さん、少し飲み過ぎじゃない?」
「何よ。飲まないとやってられないわよ!」
もちろん、ノンアルコール……のはずだ。
ーーーーーーーーーー
ディナーを終えたオレたちは、優花さんの運転で、丘の上の展望台に移動した。この辺りでは有名なデートスポットだ。
車を降りたオレたちは、手を繋ぎ展望台へ向かう。
周りを見ると、カップルしかいない。どのカップルも仲良さそうに、笑い合ったりイチャイチャしたりしている。オレは、こんなところに来るのは初めてで、ドキドキしてしまっていた。
優花さんは、手を恋人繋ぎに変えて肩を寄せてくる。オレが優花さんの方を見ると、おっとりとした目で微笑む。そんな優花さんが、オレにはとても大人に見えた。
展望台の頂上に着く。
目の前には、美しい夜景が広がっていた。
オレたちが住む街の灯りが、夜の暗闇の中で煌めいている。音もなく、ゆっくり動く車の灯りも、とても綺麗だった。
「わぁ、きれい!」
「ほんときれいだね!」
しばらく夜景の美しさに見惚れる。
優花さんがポツリと呟く。
「まさか、奏多くんと夜景を見にくる日が来るなんて……」
優花さんにとってオレは、同じマンションに住む年下の男の子だった。夏祭りで迷子になった時に優花さんに助けてもらったのがきっかけだった。それからというもの、優花さんにとって、オレは守るべき存在だった。
会うたびに毎回、笑顔で挨拶をしてくれて、時間がある時は、少し雑談をする。そんな関係が何年も続いた。オレが中学生の頃は、年上のお姉さんと挨拶を交わすのが恥ずかしく感じる時期もあった。淡い恋心も抱いていた。
でも、優花さんにとっては、オレはいつまでも同じマンションに住む、守るべき男の子だった。
そして、攻略が始まった。迷子の記憶が蘇ったことをきっかけに、優花さんと夜の公園で話すようになった。毎回、優花さんは楽しそうに過去のオレのことを語った。
とてもスムーズに仲良くなっていった。『親愛度50』までは。そう、『50の壁』が大きく立ちはだかった。
優花さんは、変わらない関係を求めた。変わらないままでいたら、ずっと今のままでいられる。優花さんはオレを守るべき存在のままにしておこうとした。
「私は奏多くんのお姉ちゃんでいたいの。これからも、これまでと同じように」
「困ったなぁ……今のままでいたら、壊れること……ないでしょ?……これからもずっと、奏多くんを近くで見ていられる……それだけで私は幸せだよ……」
でも、オレはそれを拒否した。
優花さんを祭り会場に置き去りにして、一人、家に帰った。
もうそれで全てが終わってしまうと思っていた。
でも、優花さんはオレと会うことを望んだ。そして、変わる勇気を選んでくれた。過去のオレではなく、今のオレと向き合うことを選んでくれた。
オレは、変化を望まない優花さんの『全て』は、受け入れなかった。その結果、優花さんが変わる勇気を選んでくれた。
「あのマンション、私たちの住むマンションじゃない?いや、絶対そうだよ!方角的にも合ってるし」
隣ではしゃいでいる優花さん。
オレは何か答える代わりに、優花さんを見つめる。
それに気づいた優花さんは、微笑んだ後、口を閉じ、静かに目を閉じる。
オレは、優花さんを優しく抱きしめながら、キスをした。
優花さんとの何度目かのキスだった。
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