第58話 ひかりの軌跡6
9月23日、月曜日。
この日は祝日だった。私は、かなたに『思春期の少年』のメッセージは送らなかった。
そんな気分になれなかったからだ。明日は学校がある。登校時に、声を掛ければ、ループは継続していると思われるだろう。
日中は家にいて、夜、かなたのマンションに向かった。
22時過ぎにかなた一人がマンションから出てきて、近くの公園に向かった。
公園で、優花と合流した。
先週までの長いループとは変わっていた。
二人は時に笑顔を見せ、時に真剣な表情で会話をしていた。
9月24日、火曜日。
登校時に前方のかなたを見つける。
頭上の数字は『30』のままだった。
もし、私が声をかけて、かなたが私の頭上の数字を見たらきっと……
そう思うと怖くなった。
私は、『思春期の少年』のループをすることができなかった。
放課後、かなたの尾行をしたが、何事もなく、かなたはマンションに帰った。
かなたから、メッセージが来た。
『元気?』
かなたは、いつもこんな感じだ。短文でメッセージを送ってくることが多い。いつもなら『元気に決まってるじゃん!?かなたは恋の病にでもかかってる?』とか、短いメッセージに乗って、会話を広げるのは私の役目だった。
でも……
今は、そんな気持ちになれない。
かなたの頭上の『30』の数字は、次に私の頭上を見ると下がってしまう。
私は、かなたと今、どんな会話をすればいいのかわからない。新しいループも思いつかない。
『うん』
それが、私のできた精一杯の返事だった。
かなたから返事が続く。
『9月に入っても暑い日が続くよなー。夜は気持ち涼しくなったけど』
夜……涼しくなったのは私も感じている。いつもかなたの張り込みをしているから。
そして、夜にかなたが優花と毎晩のように会っていることも知っている。
『そう』
私は、それだけ返事を返した。
さすがにかなたからのメッセージも止まった。
この周は、下校時の尾行と、夜の張り込みを続けた。
水曜日、木曜日はまっすぐマンションに帰り、金曜日は、凛ちゃん、彩芽と一緒に駅の近くの古い喫茶店に入って行った。
それぞれがどんな気持ちで会話をするのだろうか。想像できないし、したくもない。
その日の夜だった。
いつものようにかなたは優花と公園で会った。
初めてだった。
かなたは、優花とキスをした。
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9月30日、月曜日。
かなたの登校姿を少し離れて見守る。
かなたは、私といつも挨拶を交わしていた場所で一度立ち止まった後、また歩き始めた。
少し先を歩いていた凛ちゃんに追いつき、二人は正門まで一緒に登校した。
私は、唯一の居場所を失ってしまった。
そもそも、ループしたのが間違いだったのだ。
普通に笑顔で話し、普通に一緒にふざけ合って……この世界でもできたはずだ。
放課後、教室を急いで出て、正門が見える位置に潜む。
下校する生徒が増えてきた頃、かなたは一人で正門を出てきた。
かなたは、何かに気づき、慌てて小走りになる。
向かった先では、一人の女子生徒が苦しそうにうずくまっていた。
かなたは、声をかける。
女子生徒は、マスクを外し、ゆっくり呼吸を整えているようだった。
マスクを外したその顔に、私はハッとした。
私は、クラスの友達から聞いて知っていた。誰にも内緒と言われていたけど。
そう、Re:inのMaoがこの学校に入学したことを。
そのことは、かなたに話していなかった。
かなたがMaoの大ファンだからだ。
中学3年生の頃、かなたはサブスク配信のオーディション番組に夢中になっていた。その番組で序盤の方から、かなたはMaoを気に入っていた。
Maoは抜群に歌が上手だった。素人の私にもわかるほどに。
でも、歌以外は不慣れなことが多く、番組の中で何度も涙を流していた。
メンタル面が心配され、一度はオーディションから落とされた。かなたはそのことにショックを受けていた。しかし、最終選考のライブ2週間前に、Maoの敗者復活が発表された。
そして、最終オーディションのライブで見事なパフォーマンスを見せ、Re:inのメンバー入りを果たしたのだった。
かなたは、受験前の忙しい時期なのに必死で応援し、メンバーに決まった瞬間は、大はしゃぎして喜んだ。
だから、私は言わなかった。
かなたが、自分以外の女の子に夢中になっている姿をあまり見たくなかった。
別にMaoがこの学校に入学したことを話したとしても、何がどうなるわけでもなかっただろう。でも、話したくなかったのだ。
目の前のかなたは、目の前の少女がMaoだと気づいていないようだった。髪の色が違うし、メイクもしていない。同じ学校に入学していることを知らないのだから、当然だろう。
二人は、スマホを取り出し、連絡先を交換したようだった。
ああ、4人目はMaoだった。
かなたは、のちに正体を知って、大喜びすることだろう。
そんな姿、想像もしたくない。
Maoが黒いワゴン車に乗って立ち去り、かなたも帰路に着いた。
私は一人、その場に立ち尽くしていた。
ーーーーーーーーーー
次の日から、かなたに動きはなかった。
凛ちゃんと一緒に登校し、彩芽が補習があるため、一人で下校する。そして、週2回、夜に優花と公園で会う。
私は、この周もかなたと優花のキスを目撃した。
10月に入る。制服は、中間服になった。
月曜日の放課後、Maoをかなたが助けるループが起きた。
火曜日からは、凛ちゃんと登校し、彩芽と下校、週2回優花と会った。
この周は、土曜は凛ちゃんと買い物デートをした。
そして、日曜日は、優花が運転する車に、かなたと彩芽が乗り、どこかに出かけて行った。
様子からすると、凛ちゃんも途中で合流するのだろう。
おかしな世界だ。かなたは3人の彼女を既に作っている。
それぞれと仲良くするだけじゃない。彼女たち同士も仲良くしているようだ。
気分が悪くなる。
私はコンビニのトイレへ行き、嘔吐した。
吐いても、気分の悪さは変わらなかった。
かなたは、このままでは、Maoも攻略するだろう。
何人攻略対象がいるのか知らない。
次もまた、他の子を攻略するかもしれないし、私の番が来るかもしれない。
変な話だ。
この世界はおかしい。
この世界は間違っている。
私は、かなたの何人もの攻略された女性の一人には、なりたくない。
かなたに、攻略を続けて欲しくない。
かなたと話したい。
かなたに私を見てほしい。
私だけを見てほしい。
もうこれ以上、他の女子と結ばれて欲しくない。
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それからも、私はかなたの尾行をし、張り込みをし、時間は流れていった。
食事はほとんど喉を通らなくなっていた。
母は、心配して病院に連れて行こうとする。
でも、私はそれに応じなかった。
だって、そんなこと、どうでもいい。
本物か偽物かわからないこの世界で、私がどうなろうと構わない。
かなただけだ。
私が気になるのは、かなただけ。
10月26日、土曜日。
この日に何があるか私は、調べていた。
Re:in初の全国ツアーの初日だ。会場は特急列車で1時間ほどの都市部。
かなたが、行く可能性は低いだろう。
でも、行くことがあれば、そこで決定的な何かが起こる可能性もある。
朝9時、凛ちゃんとのデートならもうマンションを出る時間だ。
しかし、かなたは出てこない。
動きがあったのは、10時半頃だった。
かなたは、エレベーターから降りると、かなり慌てた様子でエントランスの出口に駆けて来る。
私の中で、何かが反応した。
かなたは、行かせてはいけない。
私は電柱の影から出て、エントランスの方へ急いで向かう。
かなたが、自動ドアが開くと同時に、飛び出してきた。
私は、かなたの手を掴んだ。
かなたは、大きくバランスを崩す。
そして、私の方を振り返った。
私は、何も言わずにかなたの手を強く掴み続ける。
「ひかり、どうした?オレ、急いでるんだ」
「……行かせない」
行かせてはいけない。
何がなんだかわからず、混乱した様子のかなたに、私は告げる。
「また誰かを攻略しようとしているの、わかってる」
「は?」
「今日は凛ちゃんじゃない」
かなたは、不思議そうな顔をする。だが、すぐに我に返る。
「ひかり、後でゆっくり話そう。オレはすぐに行かないといけない」
「だから、言ってるでしょ?行かせない。かなたを女の子の元には行かせない」
「何を言ってるんだ?」
私は、心の底から叫ぶ。
「もうこれ以上、誰も攻略させない!」
私の言葉に、かなたは大きく目を開いた。
それでも、かなたは態度を変えない。
「後で話す。だから、今は行かせてくれ」
私は、それ以上何も言わずに、両手でかなたにしがみつく。
かなたは他の誰のものでもない。
私だけのかなたのはず……なのに。
私の目からは涙が溢れる。
とにかく、今、かなたを行かせない。
私は、泣きながら、かなたに全身でしがみつく。
「奏多くん?……何をしているの?」
声がかかった。
声の主が誰かとか考えている余裕はない。
その声の主は、私の腕を掴んできた。
二人がかりでかなたから剥がされ、私はなす術がなかった。
「優花さん、ありがとう、行くね」
「奏多くん……頑張って」
「うん」
その言葉だけ残して、かなたは走り去った。
優花は私の手を強く掴んでいる。
ここまで来ると抵抗する力もない。
「あなた、ひかりさんよね?どうしたの?」
「……」
この女に話すことは何もない。
私は、ただ項垂れていた。
失敗した。かなたの攻略阻止に失敗した。
その現実が、また、私の心を砕いた。
こんな世界は、もういらない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
月曜日と木曜日の21時に投稿します。引き続き、お読みいただければ嬉しいです。
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