50話 選んだ道
記憶の戻った真央とオレは、控え室のモニターで、Re:inのステージを見守った。
冒頭、Re:inの歌から始まるはずのセトリを変更して、ステージに4人が並んだ。
リーダーが深くお辞儀をした後、感情を押し殺すように語り始めた。
「今日のツアー初日、たくさんの皆さんに私たちRe:inに会いに来ていただき、歌声を聴きに来ていただけたことを、嬉しく思います」
もう一度、お辞儀をする。
「最初に、皆さんにお話しなければいけないことがあります。もう気づいていると思いますが、Maoは今日の公演を休みます。今日は5人揃ったRe:inでこのステージに立つことができず、本当に申し訳ありません。今後のことについては、後日、正式に発表されると思います」
お客さんたちは静かに続きに耳を傾けている。
「でも、私は一つだけ言いたい。私はMaoが帰ってくるのを待っています。本人にも言いました。Maoの代わりは、Maoしかいません。私たちは5人でRe:inです!」
リーダーは一度言葉を切り、隣に空いたままの場所へ目を向ける。
「Maoは、泣き虫で、何でも一人で抱え込む、不器用な子です。でも、できるようになるまで、人の何倍も努力を続ける。私たちにとって最高の仲間です」
客席へ向き直り、声を張り上げた。
「そんなMaoを私はリスペクトしてるし、大好きです!みんなもそうだよな?」
「Maoー」「Maoちゃーん」と最初はところどころで声が上がった。
その声は増えていき、次第に一つにまとまる。
「まーお!まーお!まーお!」
ホール全体がMaoコールで包まれる。
「みんな、ありがとー!みんなの声聞こえてるよなー、Mao!私たちはここで待ってるから、絶対に帰ってこいよ!!」
オレの横で、涙を流しながら、真央はコクリと頷く。
「今日は本当に申し訳ないけど、4人でできる精一杯のライブをします。みんな楽しんで行ってください。いくぞーー!!」
そこから、生バンドの演奏が始まった。
「Kiyoさん……すごい」
真央は一言だけポツリと呟き、その後もモニターを見つめ続けた。
真央のパートはもう一人のボーカルや普段はラップ担当だけどボーカルもできる別のメンバーたちが補った。4人のRe:inのライブは大盛り上がりだった。
「私の居場所をみんなで必死に守ってくれた……」
「そうだね。さすが、仲間だね」
「うん」
ライブを終えた4人を真央は出迎えに行く。オレは真央に伝えた後、そっと会場を後にした。
その日の夜には、Maoの緊急降板のニュースがネットやテレビで飛び交った。
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翌日曜日。
オレは、真央に会うことはなかった。
この日もRe:inのライブがあり、Maoは会場に行き、メンバーのリハーサルの合間に、メンバーやマネージャー、社長らと今後のことについて話し合った。真央の母親も上京し、真央やマネージャーと話をした。
オレは逐一届く、真央からのメッセージに返事をし続けた。
日曜日の夜、事務所からMaoの当面の活動休止について正式に発表がされた。
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月曜日。
オレは、いつものように学校へ向かう。
ゴミ置き場の前で優花さんと「おはよう」を交わす。
土曜日のことについては、その日のうちに優花さんに会って話を終えていた。
優花さんは、攻略前からひかりのことを知っていた。ひかりがオレのマンションによく来ていたからだ。ひかりはあの後、項垂れたまま何も言わずに帰ったそうだった。
「それじゃあ、また後でね。いってらっしゃい」
「優花さん、いってきます」
オレは、道を進み、いつもの交差点に着いた。
そこには、凛と彩芽がすでに待っていた。
「奏多、おはよう」
「おはよう、かなたん。なんか学校前、すごい騒ぎになってるよ!かなたん、何か聞いてる?」
「聞いてるって何を?」
「その感じだと、本当に何も知らなそう、だね」
「そだねー。まぁ、行けばわかるよ。行こっ!」
学校に向かって3人で進み始める。
行き交う生徒たちが、ざわついている。
正門の前には人だかりができている。
人混みを掻き分けながら前に進む。いつの間にか、凛と彩芽はついて来なくなっていた。
人混みを抜けるとこの騒動の正体が分かった。
真央が立っていた。
髪は黒に染めず、ブラウンに水色のインナーカラーのまま。マスクもメガネもしていない。
変装をしている真央の制服姿は何度も見たことがあったが、Maoのままの真央の制服姿は全く雰囲気が違った。
「先輩、おはようございます」
「お、おはよう」
何事も無いように挨拶をする真央とは対照的に、オレはこの状況に完全に狼狽えていた。
「な、何も言ってなかったよな」
「あら、先輩なら予知能力で知っているかと思いました」
ニコリと笑う真央。
「予知能力って……根に持ってる?」
「そんなことありませんよ。ちょっとしたサプライズです」
「全然ちょっとじゃないよ。今日は何で学校に?」
「退学に向けた相談に来ました」
「え、退学?」
「はい。昨日、お母さんや事務所の人とも話して決めました。今日はお母さんと一緒に、先生に今後のことを相談します」
「お母さんは?」
「もう校内で待っています。私は……先輩にひと目会いたくて、ここで待っていました」
「真央……」
「少しくらいなら大丈夫と思ったんですが……甘かったです。人だかりがすごいので続きは後で話しましょう」
「そ、そうだね。わかった」
その日は教室で、普段全く喋らない人も含めたクラス内外の生徒たちに質問攻めにあったが、知らぬ存ぜぬで押し通した。まぁ、簡単に納得する人はおらず、凛に助けを求める視線を送ると、微笑んだ後、目を逸らされ、スマホにメッセージが届く。
『自業自得』
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放課後も多くの生徒に囲まれたが、潜り抜けて学校を脱出する。
『ドゥ・アメール』の前で凛、彩芽と合流する。
「大変だったね、かなたん」
「自業自得」
対照的な言葉がそれぞれから掛けられた。
古い扉を開けて、店に入る。店内にはいつもの静かなジャズが流れており、今日の喧騒を忘れさせてくれる。
いつもの奥の席には優花さんと……もう一人いた。
真央だ。
オレを見つけて優花さんは手を振り、真央はぺこりとお辞儀をした。
店員さんが、椅子を持ってきてくれる。
彩芽がその『誕生日席』に座離、凛が手前の優花さんの正面、オレが真央の正面に座る。
5人が席に着いて落ち着いたところで、真央が姿勢を正して自己紹介を始める。
「は、初めまして。星野真央です。よろしくお願いします」
真央はまた頭を下げた。
「わぁ、本物のMaoちゃんだ!」
「よろしく、ね」
「私はさっきまで少し話してたけど、改めてよろしくね。それで真央ちゃん、私たちに敬語はいらないわよ。同じ……」
「「「ハーレムメンバーだから」」」
「ね」
優花さんの声にタイミングを合わせて凛と彩芽が重ね、最後に凛の「ね」が付け加えられた。
3人それぞれ、クスクス、ケラケラと笑い合う。
「ハーレムメンバーって……」
真央だけは戸惑っている。
「奏多くん、説明してあげて」
優花さんが、意地悪そうに微笑みながらオレに振る。
「あ、えっと、つまり……」
「あ、あの、昨日説明してもらったので、意味はわかります!」
顔を赤くして真央が言った。
「そ、そうか。そうだよね」
オレは、何を言っていいか分からず、とりあえずそう答えた。
「あの、私の話をしてもいいですか?」
「みんなの前で大丈夫?」
「はい、大丈夫です……お、同じハーレムメンバーですから」
後半、小声で真央が言った。優花さんがくすくす笑う。
「じゃ、じゃあ、改めて、退学した理由や今後のこと、話してくれる?話せる範囲でいいから」
「はい、全部話します。退学した理由は決意したからです」
「決意?」
「はい。私は、病気を乗り越えて、復帰する。そして、改めてRe:inでトップを目指すと決意しました。これまでは、普通の高校生活に未練がありました。だから、進級するために補講にも通ってました。病気が悪化して歌えなくなったら、普通の高校生に戻ろうなんて考えてました」
みんな話に聞き入っている。真央は続ける。
「でも、一昨日の控え室でのメンバーの言葉、ライブでのKiyoさんの強いメッセージ、そして、昨日の話し合いで決意できました。私は、これからもRe:inのMaoとして生きていきます」
「本当に後悔しない?」
優花さんが心配そうに尋ねる。
「はい。前から考えていたことですし、ちゃんと話し合って決めました」
「真央ちゃん……すごい、ね」
凛は素直に本音を漏らす。
「いえ、すごくなんかありません。奏多先輩に支えてもらったから、辿り着くことができたんです。奏多先輩のおかげです」
「オレは何も……」
「嘘でしょ」
オレが言いかけると、すかさず彩芽がつっこんだ。
「はい、嘘です。いっぱい笑わせて、励まして、力づけて、立ち止まらせて、背中を押してくれました」
「奏多くんらしいね」
優花さんが優しく言葉を添える。
照れ隠しにオレは話を進める。
「そ、それで、これからどうするの?」
「明日、実家に帰り、最低1ヶ月は、ゆっくり過ごします。その後、また上京します。主治医はこちらの病院の先生で変更せず、治療していきます。専門のカウンセリングも受けます」
「そうか……」
明日からしばらく真央と会えなくなる。そのことはショックだったが、言葉には出さない。
「先輩、淋しいと思いますが、我慢してくださいね」
「奏多の心、読まれてる、ね」
今度は凛がつっこんだ。
「こちらに帰ってきたら、ボイトレやダンスの練習を始めます。そして、経過が良ければ、レコーディングやMVの撮影など、できることから仕事を再開する予定です。春までのツアーの最後の方、少しだけでも参加できればいいな、と思っています」
「そっか、そこまで考えているんだね。一緒に頑張ろうな」
「はい、一緒にがんばります!これからも支えてください」
「まぁ、かなたんほど力になれないかもしれないけど、学校辞めても後輩は後輩だから、私たちも頼ってよ」
彩芽が明るく言葉をかけた。
「はい!頼らせていただきます!同じハーレムメンバーですし!」
どうやら真央はそのワードを気に入ってしまったようだ。
「うふふ、飲み込みが早いわね、さすが、現役アーティスト」
「うふふ、褒めて貰えて嬉しいです」
優花の言葉に、ノリ良く真央が答えた。
その後は、それぞれが真央に自己紹介したり、オレとの馴れ初めを話したりして、オレは恥ずかしかったが、みんな楽しく和やかな時間を過ごした。
真央はこれから新しい道を歩む。
オレはこれからも隣でそれを支え続けたい。
ふと、ひかりのことが頭に浮かぶ。ひかりとは、何年も仲良くしてきていた。お互い支えになっていたはずだ。
それが、何であんなことになったのだろう。
その疑問をいったん胸の奥にしまい、オレはみんなとの会話に戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第4章、残り1話となります。
月曜日と木曜日の21時に投稿します。引き続き、お読みいただければ嬉しいです。
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