第49話 一筋の光(A Ray of Light)
真央は、一人でステージの上に立っていた。
Re:inの他のメンバーもスタッフも、真央なしでどうやって今日の公演を乗り切るか、緊急ミーティング中だ。
真央は白い衣装を着ていた。
それは、奏多が最初の周にテレビで観た衣装だった。
オレは真央からもらったチケットの席、最前列の中央に立つ。
真央は、ラップパートが終わり、自分のパートが始まる前のポーズを取る。
そして、歌い始めた。
『A Ray of Light』
広いホールにオケも無く、真央の歌声だけが響き渡る。
力強くも繊細に、気持ちを込めて真央は歌っていく。
何も希望を見つけられず、くじけそうになっていた少女が歌と出会う。
彼女が口ずさんだ歌声は、やがて人々の心を動かしていく。
彼女の歌声は希望になる、死の淵をさまよった病気の少女の、目の前の現実に絶望した青年の。
かつて、希望を探し続けていた少女自身が、いつしか多くの人にとっての『一筋の光』になっていた。
そして、その事実が今度は、少女自身を導く希望の光になる。
そんな内容の歌詞だった。
この曲は、Maoがメインボーカルを務めることを前提として作られた、Maoのための曲だった。
真央はたった一人の観客と、自分自身のために最後まで歌い上げた。
オレは、精一杯の拍手を送る。
真央は最後に丁寧にお辞儀をした。
マイクを持ったまま、ステージ上の一番前、オレの目の前まで来る。
「先輩、今日はありがとうございました」
「お礼を言うの、今日、何度目?」
「何度でも言わせてください」
「うん、何度でも言ってよし」
「もうホール周辺には多くのファンが集まっています。Re:inの歌声を聴くために」
「うん」
「今日、歌えないことは本当に残念です。ファンの皆さんに申し訳ないです。メンバーやスタッフさんたちにもたくさん迷惑をかけてしまいます」
「うん」
「それでも私は選びました。今日、歌わないことを」
「うん」
「きっかけは先輩にかけられた言葉でした。でも、私は自分で選びました」
「うん、そうだね」
「褒めてください、私のことを。今日の私のこと、褒めてください」
「うん、よく決めたね。真央、偉いよ」
「ありがとうございます、先輩。私は、自分の病と闘います。きっと打ち勝ってみせます」
「うん、真央ならできるよ」
「できません」
思いがけない真央の言葉に驚く。
「え?できないって……」
「……私ひとりじゃできません……だから、先輩が隣にいてください」
真央が、かがんでステージの上から手を伸ばす。
オレはステージに上がり、真央の手を取る。
そして、二人で立ち上がる。
「先輩、これからずっと、私の隣にいてくださいね」
「うん、約束する。真央もオレの隣にいてくれるの?」
「もちろんです。私もずっと先輩の隣にいます」
真央が笑顔で答えた。その直後だった。
真央が、動きを止める。
「え、何、これ……」
オレは知っている。何度もこの光景を見てきた。
オレはもう真央の頭上の数字に目を向けない。
真央を見ていればわかるからだ。
過去の記憶がどんどん真央に流れ込んでいく。
遠くを見つめる真央の表情が、微笑んだかと思えば、苦しそうに歪む。
しばらく経ち、真央の目がしっかりオレを捉える。
「先輩……」
「真央、大丈夫か?」
「先輩……」
「どうした?ほんとに大丈夫?」
「先輩!」
真央は、両手でオレの両手を掴む。
「先輩!何度もズルしてたんですね!」
「えっ?」
「『えっ?』じゃ、ありませんよ。チョコレートも、デモテープもズルじゃないですか!」
「き、記憶、戻ったんだね」
「『記憶、戻ったんだね』じゃ、ありません!ごまかさないでください」
真央は、オレの言い方真似した後、楽しそうにオレを問い詰めてくる。
「あれだよ、楽しくするための冗談。真央も楽しかっただろ?」
「楽しくないです。見てないはずなのに当てられたら、ビビりますって。もう!ホントに先輩は……」
笑っていたはずの真央の目から涙がこぼれ始める。
「でも、ズルしたこと、許します……先輩は、何度も何度も苦しんでいる私を助けて、声の出ない私と連絡先を交換して……何度も何度も笑わせて、励ましてくれました」
笑いながらも、涙は止まらない。
「そんな先輩が、私は好きです。記憶が戻った今だから、はっきり言えます。私は、先輩のことが大好きです」
真央の突然の告白にオレは驚く。
オレは、頭の中で真央との思い出をたどる。
そして、自分の正直な気持ちを伝える。
「オレも真央のことが好きだ。これからもずっと隣にいてほしい」
少し恥じらいながら、オレは続ける。
「そして、これからもオレに甘えろ」
ぱぁっと、真央の表情に花が咲く。
「う、嬉しいです。これからもずっとずっと隣にいます。いっぱいいっぱい甘えます」
握り合っていた手は自然と解け、抱きしめ合う。
真央が耳元で囁く。
「先輩は、真央にとって、かけがえのない光です。ずっとずっとそばにいてください」
「うん、わかった」
オレは抱きしめる手に力を込める。
真央はもう、一人で光を探し続ける少女ではない。
そしてオレにとっても、真央はかけがえのない一筋の光だった。
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