第48話 本当の居場所
オレは列車を見送った後、駅を出る。
次の特急列車の時間は45分後、駅から会場への移動も含めて2時間はかかってしまう。
そんなに待つことはできない。
オレはどうしようかと考えながら周りを見まわす。
駅前のロータリーに停まっているタクシーを見つけた。
タクシーのところまで行き、運転手に声をかけ、ライブ会場までどのくらい時間がかかるか尋ねた。
「遠いですねー。下道だと2時間半はかかりますよ」
年配の運転手だったが、丁寧な言葉遣いで返してくれた。
「高速を使うとどうですか?」
「高速を使うと1時間半ぐらいで着きますよ。高速代もいただくことになりますが」
「高速でお願いします」
迷う理由なんて、一つもなかった。
タクシーに乗り込み、行き先を再確認した。
道路は幸い混んでおらず、タクシーは順調に進んだ。
タクシーの中で、真央にメッセージを送る。
『今、向かってる。後1時間半で着くよ』
すぐに返事が届く。
『待ってます』
その短い言葉を何度も読み返した。
真央の心が、オレが着くまで持ちますように、と願いながら。
オレは急ぐ気持ちを落ち着かせながら、会場に着くのを待った。
――――――――――
予定より少し早く、1時間20分ほどでタクシーは会場に着いた。
運転手にお金を渡し、お礼を言ってから、会場へ向かう。
会場周辺には、すでに多くの人が集まっていた。
オレは真央に言われた通り、スタッフを探す。すぐに首からスタッフ証を下げた女性を見つけ、事情を説明した。
女性はすぐにトランシーバーで誰かと連絡を取り始める。
「早川さんですね?スタッフと確認が取れました。こちらへどうぞ」
オレは女性の後についていく。建物の横側のスタッフ専用の入り口まで案内された。
そこには、別の女性が立っていた。黒いスーツに身を包んでいる。年齢は30代ぐらいだろうか。
女性は固い表情のまま、口を開く。
「早川さん、お待ちしていました。Maoから話は伺っています。Maoはこちらにいます、ついて来てください」
女性は踵を返し、返事を待たずに歩き始めた。オレも慌てて後を追う。
その足取りだけで、事態の深刻さが伝わってきた。
通路を進み、扉の前で止まる。
「ここにMaoがいます。お入りください」
オレは、唾をごくりと飲む。
女性によって、扉が開かれた。
狭い部屋だった。ミーティングルームだろうか。長机が四角形に並べられている。
その部屋の奥に、真央がいた。
「では、扉の前でお待ちしています。何かあったらお呼びください」
スーツ姿の女性はお辞儀をしてから部屋を出る。
真央はリハーサル用の長袖のTシャツとショートパンツにレギンスといった服装だった。
顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「真央、お待たせ」
オレは声を掛けながら近づく。
真央は涙で赤く腫れた目でオレを見つめる。
言葉が無くても、オレを待っていたことが伝わる。
「真央、つらかったな。もう大丈夫だよ」
真央の肩が震える。そして、縋るようにオレの上着を掴んだ。
オレは、そっとその身体を抱きしめた。
オレの腕の中、真央は、コクリと頷く。
そして、真央は泣き始めた。
嗚咽を漏らしながら、真央はひたすら泣き続けた。
オレは、真央の背中を優しくさすった。
30分ほど、その状況が続き、やがて小さな声がした。
「せ…ん…ぱ…い」
真央の声が出た。
「真央……」
「先輩」
今度は、はっきりとした声だった。
オレは、腕を緩めようとする。
「待って!……先輩、もう少しこのままでいてください」
「わかった」
「ありがとうございます」
腕の中の真央の表情は見えない。でも、声のトーンで真央の安心感が伝わってきた。
腕の中で、真央がゆっくりと深呼吸をした。
「よし、もう大丈夫です、先輩」
オレは、改めて腕を解く。
真央が、はにかんだ笑顔でオレを見上げる。
「先輩、ありがとうございます」
「何度も言わなくて大丈夫だよ」
「何度でも言わせてください。ありがとうございます」
「もうわかったって」
クスクスと小さく真央が笑う。
「それじゃあ、リハーサルに戻ります。先輩、行ってきますね」
オレは、心のままに言葉を紡ぐ。
「それでいいのか?真央」
「え?」
「今、無理にステージに立つことが正解なのか?」
「何を言ってるんですか?」
「今日はオレが駆けつけて、たまたま声が戻った」
「……」
「でも、次はどうなるか、わからない。その次もどうなるか……」
「不安にさせないでください。今日は声が戻ったんです。だから、ステージに立ちます。それでいいじゃないですか!」
「真央に不安を抱えたまま生き続けて欲しくない」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「真央はオレを頼ることができた。今度はメンバーに頼ってみたらどう?」
「メンバーに頼るって……ステージに立たない選択はありません。私の居場所はそこにしかないんです!」
「それは、本当か?真央の居場所はたくさんあるんじゃないか?オレの隣もそうだし……Re:inの中にも、きっと真央の居場所はできている」
「そんなことありません……私がいなくなるときっとすぐに代わりを探します」
「それが本当か確かめてみるといい」
「確かめるってどうやって……」
「本人たちに直接聞くのさ」
「そんなこと……できない」
「怖いよな。でも、確かめないまま一人で苦しみ続けるはずっと苦しむことになる」
「……」
「樫木さんを呼ぶよ?」
「……」
「すみません」
扉に向かって大きな声を出す。
すぐに扉が開き、スーツ姿の女性が入ってくる。
真央は少し迷った後、顔を上げ、女性に向かって言った。
「……樫木さん、みんなを呼んでください」
「Mao、声が出るようになったのね!……わかったわ、すぐに4人を呼ぶわ」
そう言うと、樫木と呼ばれた女性は、スマホで誰かに電話をかけた。
まもなく、Re:inのメンバーが部屋に入ってきた。
オレは立ち上がり、退室しようとする。
「先輩、ここにいてください」
「いや、ダメだ。真央とメンバーで話すんだ」
「……私が話します。でも、先輩もここにいてください」
「……わかったよ」
オレは真央から離れた席に座る。
メンバーが歩み寄る。
真央は、メンバーに向かって話し始める。
「みんな、いつも心配をかけてごめんなさい」
「Mao、声が戻ったのね。心配したわ」
リーダーが答える。他の3人もうんうん、と頷く。
「私……いつも迷惑ばかり掛けて……私の代わりを探した方がRe:inにとっていいんじゃないかっていつも思っています」
「何言ってるの!?Maoの代わりはMaoしかいない」
リーダーが声を上げる。
他のメンバーも続ける。
「Mao、私たちがどれだけ心配してるか、わかってるの?」
「迷惑を掛け合うのが仲間じゃん。一緒に乗り越えようよ」
「勝手に一人でいなくなろうとしないでくれる?私たち、そんなに頼りない?」
「みんな……」
「休んでも、真央の居場所はここにある。私たちRe:inは、5人でトップを目指し続けるよ」
再びリーダーが声を掛ける。
しばし沈黙が流れる。
真央がポツリポツリと語り始める。
「……私、歌いたいんです」
「でも、こんな気持ちで歌いたいんじゃない」
「今日だけステージに立てても、また次も、またその次も同じことが起こるかもしれない」
「そんなままじゃ、みんなに迷惑だし、ファンの皆さんにも失礼です」
「だから……」
「だから……」
真央は一度唇を噛む。一筋の涙が頬を伝う。
「私……今日のライブ、休みます」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
月曜日と木曜日の21時に投稿します。引き続き、お読みいただければ嬉しいです。
ブックマーク、リアクション、評価、感想等、とても励みになります。いただけたら有難いです。




