第47話 『助けてください』
土曜日の朝は遅めに起きた。
昨夜は、優花さんと公園で話をした。オレは真央が出るライブに行くことを興奮気味に話した。ついつい時間が経つのを忘れて話が長引いてしまった。
優花さんは、優しく微笑みながら、オレの話をずっと聞いていてくれた。
9時過ぎに、真央に『おはよう 今日は頑張ってね』とメッセージを送ったが、返事は来なかった。
忙しいのか、緊張しているのかと思い、返事が来ないことを気にしていなかった。
だが、10時過ぎに届いたメッセージでオレは固まった。
『先輩、今日はやっぱり来ないでください』
は?どういうことだ?
『真央、どうしたの?』
『ごめんなさい、今日は来ないでください』
その後、何を聞いても『ごめんなさい』『来ないでください』の繰り返しだった。
オレは通話をかける。
しばらく鳴らして、ようやく真央が出た。
「真央、大丈夫か?」
「……」
スマホの向こうから、小さく息を飲む音だけが聞こえてきた。
しばらく、沈黙が流れる。
やがて、
「……ひっく、ひっく」
真央の泣き声が漏れてきた。
「真央?」
「……」
「もしかして……声が出ないのか?」
「……」
返事が無いのが、返事だった。
「真央、待ってろ!すぐに行く!オレが控室に入れるようにしといてくれ!」
オレが通話を切ると、メッセージが届いた。
『先輩……助けてください』
オレの心臓が強く鳴った。
真央が初めて自分から助けを求めてきた。
『すぐに向かう。特急で一時間ちょっとかかる。それまで待ってろ。大丈夫だから』
少し間が空いて返事が来る。
『待ってます』
オレは、今日着ると決めていた服にすぐ着替えると、髪も整えず、マンションを出た。
今からすぐに駅に行けば、11時前の特急に乗れる。
エントランスの自動ドアを出て、駆け出そうとした……
――その瞬間だった。
腕が誰かに掴まれた。
オレは振り返る。
そこにいたのは、ひかりだった。
ひかりは、無言でオレの腕をきつく掴む。
「ひかり、どうした?オレ、急いでるんだ」
「……行かせない」
「!?」
ひかりは何を言っている?
「また、誰かを攻略しようとしているの、わかってる」
「は?」
「今日は凛ちゃんじゃない」
ひかり……何をどこまで知ってるんだ?
だが、今はそんなことを話している場合じゃない。
「ひかり、後でゆっくり話そう。オレはすぐに行かないといけない」
「だから言ってるでしょ?行かせない。かなたを女の子の元へ行かせない」
「何を言ってるんだ?」
「もうこれ以上、誰も攻略させない!」
振り絞るようにひかりは叫んだ。
オレは大きく目を開く。
――ひかりは、この世界のことを知っている。
それは、確信した。
でも、今は……
「後で話す。だから、今は行かせてくれ」
ひかりは、両手でしがみついて来る。
目からは涙が溢れている。
ひかりはオレを見つめる。
その眼に宿っている感情を、オレは読み取ることができなかった。
オレも力を入れて振りほどこうとするが、全力でしがみついてくるひかりの手をオレの腕から剥がすことがなかなかできない。
ひかりと揉み合いになっていると、声がした。
「奏多くん?……何をしてるの?」
優花さんの声だ。
状況を察した優花さんは、ひかりの手を引き剝がすのをすぐに手伝い始めた。
二人掛かりでなんとかひかりを振りほどくことができた。
「優花さん、ありがとう……行くね」
「奏多くん……頑張って」
「うん」
優花さんは力なくうなだれるひかりの腕を掴んだまま、オレを見送る。
1秒も無駄にできない。
オレは振り返ることなく全力で走りだした。
住宅街を全力で駆け抜けた。
いつも凛と会う学校前の交差点を曲がらず、駅の方へと直進する。
「間に合え……!」
何度も心の中で叫ぶ。
今日だけは……今日だけは、真央を1人にしたくない。
駅に着いた時、時計は11時を過ぎていた。
ホームに駆け上がる。
目の前で特急列車のドアが閉まる。
発車ベルが鳴る。
オレは列車に駆け寄る。
だが、列車はゆっくりと動きだした。
間に合わなかった。
「ちくしょーー!!」
オレは、叫んだ。
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