第5話 『100』のその先
日曜日の朝。
スマホの通話アプリには、「おはよう。今日は10時に図書館で会おうね」とメッセージが届いていた。
今まで迎えたことのない日曜日に辿り着いた明確な証拠だ。
――今日を逃さない。
昨日、土曜日をなんとか乗り越えることができた。
でも、あんなに凛が感情をぶつけてきたのは初めてだった。
もし、今日失敗して、もう一周土曜日を迎えたときに、同じように乗り越えられるかわからない。
ようやく掴んだチャンス、この日曜日は一回で成功させてみせる。
――――――――――
「凛って、ほんとに本を読むの好きだよな」
「……まあね、奏多は?」
「オレも面白い小説は読むけど、凛ほどではないかなぁ。でも、凛と一緒に読むのは楽しい」
「……私も奏多との読書、楽しい、よ」
図書館に着くと、静かに席を取り、読みたい本を手に取った。
お互いに小さな会話を交わしながらページをめくる。
親愛度『90』→『92』
図書館の窓から差し込む光が、凛の横顔を柔らかく照らす。
まだ焦る焦る時間じゃない。今日の終わりを迎えるまでに、『100』に到達すればいい。
――――――――――
図書館を出て、近くのカフェに入る。
窓際の席に向かい合って座り、少し遅めのランチを注文する。
「今日は、昨日より暑いね」
「うん……でも、奏多といるから平気、かな」
笑顔の中に、わずかに照れたような雰囲気がある。
親愛度『92』→『94』
何気ない会話をしながら、カフェランチを楽しんだ。
凛は飼っている犬の話をして、オレは今ハマっている女性ボーカルグループの話をした。
時間はあっという間に過ぎていき、気づけば夕方になっていた。
――――――――――
カフェを出た後、二人で手をつなぎ、川沿いの並木道を歩いていた。
川のせせらぎ、初夏の陽気を紛らわす川からの涼しい風、風でざわめく新緑の木々、全てが心地良い。
二人は無言で歩いていたが、無言の時間も苦痛ではなく、オレは幸福感に包み込まれているように感じていた。
きっと、凛もそうなのだろう。少し笑みを浮かべた表情と軽く握り返す右手から幸福感が伝わってきた。
「ねぇ、凛」
「……なぁーに?奏多」
「この時間が明日も明後日も、永遠に続けばいいのに、ってオレは思ってる」
「うん……私も、そう、思ってた」
「ねぇ、凛」
「……なぁーに?奏多」
……今、言うのが正解かわからない。
でもーー
「好きだ」
凛の頬は赤く染まり、目には涙が滲む。
「私も……すーー」
言いかけた凛の手が、奏多から突然離れる。
凛の頭の上の数字は虹色に輝き、『100』と表示されている。
「……え」
小さく、声が漏れる。
目が、見開かれる。
「……なに、これ」
何かが凛の中で起きている。
「凛?」
声をかける。
返事はない。
「……え、そんな」
凛は、自分の手を見ている。
「こんなの、知らない」
震える声。
「でも……知ってる」
ゆっくりと、顔を上げる。
その目には――
明らかに、『別の時間』が映っていた。
「……ねえ、奏多」
声が、少しだけ揺れる。
「これ……何回目?」
息が止まる。
「……全部、覚えてる」
凛の声が、震える。
「何回も何回も、月曜日の朝に声をかけられて……」
「何回も何回も、同じこと言って」
「何回も何回も……」
凛の言葉が詰まる。
「何回も何回も……」
「……奏多に惹かれていってた」
心臓の鼓動が高まる。
「……なんで」
凛が、ぽつりと、呟く。
「……なんで、そんなに平気なの?」
まっすぐ、こちらを見る。
「なんで全部知ってて、何度も同じこと言えるの?」
言葉が、出ない。
「私」
小さく、息を吸って、
「全部……初めてだったのに」
凛の涙が、静かに頬を伝って流れ落ちていく。
「奏多にとっては……」
「奏多にとっては……恋愛ゲーム?」
「何度も何度もリセットできる、恋愛ゲーム?」
攻略したはずの凛に詰められて、オレは返す言葉が出てこない。
二人の間に沈黙が流れる。
「……奏多、答えて……ねぇ、奏多にとって私は単なるゲームの攻略対象だったの?」
更に凛が追い詰めるように、捲し立てる。
「……ち……が……」
やっとの思いでオレは言葉を絞り出す。
「……ちが……う」
「……何が違うの!?」
「違う……ゲームなんかじゃない!」
「最初は、凛を攻略することが目的だった」
「……ほら。やっぱり」
「でも……違う……違うんだ!」
凛に遮られないようにオレは続けた。
「何度も凛に声をかけて……どうやったらオレのこと好きになってくれるか、何回も繰り返して……その中で、どんどん凛の魅力を知って……」
「凛の魅力にどんどん惹かれていって……今のこの気持ちは本物なんだ!」
正解とか不正解とか関係ない、オレの心の声。
凛はオレから目を逸らし、俯き加減に口を開いた。
「……ズルい、よ」
一瞬笑ったように見えた凛の表情はすぐに崩れた。
「私は……」
「私は……何度も何度も、あなたに惹かれていって……どんどん心を奪われて……」
「どんどんあなたに夢中になって……」
「種明かしされて……真実を知って……こんなのインチキだ、許せないって……怒りと悲しみで狂いそう……」
「……なのに……」
二人の間に沈黙が落ちる。
凛の肩が、小さく震える。
「凛、好きだ」
「奏多、大好き」
二人の声と想いが重なった。
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