第36話 『声』
その日の夜8時。オレは珍しくテレビを観る。
好きなボーカルグループ『Re:in』が出演するからだ。しかも、今日歌うのは、テレビ初披露の『a ray of light』だ。
この曲は、なんと言っても、Maoのボーカルパートが抜群にかっこいい。
いよいよ『Re:in』の出番が来た。
トークは無く、曲紹介だけあった。
暗い画面になり、少しずつ明るくなる。
イントロと共に、黒い衣装の4人の姿が見えた。『Re:in』は5人組だ。
そこに映っているのはMao以外のメンバーだった。
彼女たちは、踊りながらラップパートを分担して歌う。
そして……
いよいよ、Maoのボーカルパートに入る瞬間、一気に照明は明るくなり、4人が2人ずつ左右に分かれると、間から、一人だけ白い衣装を着たMaoが現れた。
髪は、いつも通りダークブラウンに水色のインナーカラー、毛先にはレイヤーが入っていて、動くたび柔らかく揺れる。
Maoが口を開く。
力強くもあり、繊細で、まっすぐ心に刺さる歌声だった。
4分弱の歌唱時間、オレはただ圧倒され、聴き入っていた。
オレは去年の4月にRe:inがデビューする前から、Maoの歌声に惹かれていた。Re:inのメンバーを選抜するためのオーディション番組で、Maoの歌声に惹きつけられた。
力強くて、まっすぐで、それでいてどこか切なさを感じさせる。
Maoは見事にオーディションに合格し、最年少のRe:inのメンバーとなった。合格が発表された時の胸の高まりは今でも忘れられない。
デビューし、曲がリリースされてからは、毎日のようにRe:inの曲を聴いている。
勉強中に流すこともあれば、眠れない夜に聴くこともある。誰かとの恋に悩むときも、聴いてきた。
MVでも歌番組に出演する時も、いつも自然とMaoの歌声に耳を傾け、Maoの姿を目で追っかけていた。
だから、今日のテレビ出演も、発表された時から楽しみにしていた。特に今日歌った『a ray of light』は、Maoが一人でボーカルパートを担当し、歌詞もMaoを主人公にして書かれたものだ。
テレビでの初披露。
白い衣装をまとったMaoは光そのもので、輝いていた。
歌声と同様に、その姿も、強さと儚さを併せ持つ、圧倒的な存在感だった。
Maoが歌い始めた瞬間に空気が変わった。
会場の空気も、テレビ越しに見ているオレの意識も、一気に引き込まれた。
やっぱりすごかった。
これがMaoだ。
オレはしばらく余韻に浸っていた。
その時、ふと放課後の出来事が頭をよぎる。
正門前で苦しそうにしていた少女。
声が出ず、悔しそうにスマホを打っていた姿。
同じ『Mao』という名前を持つ少女。
二人の姿を心のどこかで重ねてしまう。
物思いにふけっていると、スマホの通知が鳴った。
『今、少しお話できますか?』
下校時に助けたMaoからだ。
『はい、大丈夫です』
打ち終わって、5秒も経たず、通話が来た。
「こんばんは。いきなりすみません」
――この声は……
「い、いえ」
「今日は、助けていただいてありがとうございました。優しい言葉といただいた水に救われました」
「ほ、ほんと気にしないでくださいね。回復したなら良かったです」
「あの、私、星野真央と言います。教養コースの一年です」
星野真央、それは、Re:inのMaoの本名だ。
一瞬、頭の中が真っ白になる。
毎日のように、曲を聴いていた。
ライブ映像も何度も観た。
そのMaoが、今オレと話している。
「お、オレは早川奏多。2年で教養進学です」
「なら、先輩ですね。これからは先輩と呼びますね」
これから?
「い、いいけど」
声が裏返る。
「あ、先輩が良かったら時間ある時、メッセージ送っていいですか?私、同じ学校に友達いなくて」
今度は、一呼吸おいて、落ち着いて返事する。
「ああ、いいよ。返事遅れることもあるかもしれないけど、ちゃんと返すから」
「ありがとうございます、先輩。私の方こそ、返事がとても遅れることあると思うので、いつでもメッセージ送ってくださいね」
「うん、わかった」
「あ、もう切らなきゃいけないので、また連絡しますね、先輩。繰り返しになりますが、今日は助けていただいてありがとうございました。正直、今日すごく焦りました」
「うん、でも今は大丈夫そうで安心したよ。また、連絡してね」
「はい、先輩。では、おやすみなさい」
「おやすみ」
通話が切れた後も、しばらくスマホを見つめていた。
画面の向こうで歌っていたMao。
その彼女が、今はオレのスマホの友達一覧にいる。
信じられなかった。
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