第35話 出会い
「奏多ぁ、起きなさい。また遅くまでスマホ見てたんでしょ?」
月曜日の朝、母の声で目を覚ます。
先週は祝日だったから、月曜日の新たな母の言葉を聞くのはこれが初めてだ。
起きてダイニングへ行くと父が、
「青春だなぁ」
と、聞こえるように呟いた。
朝の支度を済ませて家を出る。
9月最終日だが夏服をまだ着ている。今日の最高気温の予想は28度だ。
ゴミ置き場の前、優花さんが待っていた。
花柄の長袖のワンピースを着ている。優花さんのワンピース姿は、初めて見る。
可愛い。
「あら、お嬢様、おはようございます」
「おはよう、奏多くん。で、お嬢様って何でしょうか?」
「朝からお美しい格好をなされてるから、目の保養になりましてよ」
「うふふ、変な褒め方ね。奏多くんのために、早起きしておしゃれしたんだから、もっと普通に褒めてよ」
「あら、それは失礼あそばせ。とても可愛らしいワンピースで、お嬢様にとてもお似合いですことよ」
「だから、誰よ、それ」
優花さんは、声を出して笑う。
「まぁ、冗談はこれぐらいで。ほんと可愛いよ。朝からありがとう」
「どういたしまして。奏多くん、そろそろ行かなきゃね。また夜に会おうね」
「うん、また夜にね。じゃ、いってきます」
「はい。いってらっしゃい」
ああ、なんて幸せな朝だ。
ルンルン気分で、通学路を進む。
学校手前500メートルの交差点に差し掛かる。
……やっぱり。
そこに、ひかりは現れない。
先週の火曜日もひかりに会わなかった。
それだけではない。ひかりにメッセージを送っても、いつもは明るくからかうような返事だったが、前の周は、『うん』、『そう』などの返事が来る程度だった。
ループが変化したのだろうが、それだけでは説明がつかない。
親愛度の変化も気になるが、それもまだ確認できていない。
ひかりのことを考えながら歩いていると、少し先に凛を見つけて、正門前まで一緒に登校した。
昼休みは凛とお弁当を食べた。
凛は、前から読んでいる小説の続巻のことを夢中で話した。オレも、読んだところまでの感想を答えた。
お弁当を食べ終わった後、廊下に出たが、ひかりにばったり会い、「順調そうね」と言われることもなかった。
――――――――――
放課後、彩芽と帰る予定だったが、テストの結果が悪く、今週は放課後に補習を受けることになっている。
仕方なく、一人で正門を出た。
下校のピークの時間は過ぎていて、数名の生徒がぽつぽつと帰路についていた。
その中で、門の左側で、一人だけうずくまっている女子生徒を見つけた。
オレは、急いで近づく。
「はぁはぁはぁはぁっ」
眼鏡をかけた少女は、マスク越しでもわかるほど、苦しそうに肩を上下させていた。
――過呼吸だ。
オレは、声をかける。
「ゆっくり呼吸をして」
彼女は、オレの方をちらりと見た後、小さくうなずいた。
マスクを外し、大きく息を吐き、ゆっくり吸い込む。それを繰り返しているうちに、徐々に呼吸は落ち着いてきた。
彼女の呼吸が普通に戻ったのを見計らって声を掛ける。
「落ち着いてきたみたいで良かった」
彼女はコクリと頷く。
近くで見ると、彩芽より少し低いぐらいの身長をしていた。
黒髪だが、毛先にはレイヤーが入っている。校則に合わせているのか、派手さはないが、どこか人目を引く髪型だった。
「あ、そうだ」
オレは、思い出してバッグに入っているペットボトルの水を取り出す。
「それ、まだ開けてないから。良かったら飲んで」
彼女は、遠慮がちに受け取った。
そして、何か言おうとして口を動かす。
しかし、声は聞こえてこなかった。
彼女は険しい表情をする。
何度か、口を開き、声を出そうとする。だが、声は出ない。
そのたびに、眉がわずかに寄った。
声が出ない自分に腹を立てているようにも見える。
彼女はオレと同じ通学バッグからスマホを取り出す。
手は震えている。
その震えた手で、スマホに文字を打ち始めた。
少しして、文字を打ち終えると、画面をオレに見せた。
『ごめんなさい。声が出なくて。助けてくれてありがとうございます』
文字を見せたあと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。声が出ないことに慣れているのかもしれない。
でも、その表情はどこか悔しそうに見えた。
本当は、自分の言葉で伝えたかったのだろう。
「いや、もう大丈夫なら良かった。一人で帰れそう?迎えが来るまで居ようか?」
彼女はまた文字を打つ。
『大丈夫です。でも……今度ちゃんとお礼を言いたいです』
彼女は、少し考えている様子だったが、何かを思いついたようで、スマホを操作する。
『もし、嫌じゃなかったら、登録してください』
その文章を見せたあと、通話アプリのQRコードの画面に切り替えて、オレに見せた。
オレは特に迷うこともなく、スマホを取り出し、カメラでQRコードを映して、登録した。
名前は、『Mao』と表示されていた。
連絡先を交換し終わったところで、黒いワゴン車が彼女の横に止まった。
彼女は、ペコリとお辞儀をした後、車の後部座席に乗り、去って行った。
時間にして、30分もかからない出来事だった。
その時のオレは、まだ知らなかった。
この出会いが、凛とも彩芽とも優花さんとも違う、新しい物語の始まりになることを。
今日から投稿再開となります。
しばらくは、月曜日と木曜日の21時に投稿します。
引き続き、読んでいただけると有難いです。




