第31話 秋祭り(後編)
繋いだ手は、汗ばんでいる。
暑さのせいだけでは、ないだろう。
どちらの汗かもわからない。
先に沈黙を破ったのは、優花さんだった。
「……ごめんね」
ぽつりと呟く。
「こういうの、うまく断れなくて」
視線は、下を向いたまま。
さっきまでの『守る側』だった人の顔じゃなかった。
「オレは大丈夫だよ……優花さんは、もう大丈夫?」
「……え?」
小さく驚く。
「大丈夫なら、行こう。お腹空いたし、おいしいもの探そっ?」
オレが手を引くと、優花さんは遅れてついてくる。
『あの時』とは、逆だった。
「大丈夫、オレがついてるから」
一歩前を歩きながら、振り返らずに言う。
握っていた手が重くなる。
優花さんが立ち止まったのだ。
「さっきのは、たまたまだから……」
「たまたま?」
「そう、たまたま苦手な人に遭遇して、苦手な場面になっただけ……」
「そう……なの?」
オレは優花さんが言いたいことがまだ掴めないでいた。
優花さんは握っていた手を解く。
「奏多くん、さっきはありがとう。私を守ってくれて……」
優花さんは微笑んで言う。
「でも、今回だけだから……これからも……これまでと同じように私が奏多くんを守るから……」
「何……それ?」
オレは本音を漏らす。
「さっき、明らかに困ってたじゃん。そういう時は、オレが優花さんを守るよ」
「ううん、そういうのはいいの」
「いいって……何?」
「だから……私は奏多くんのお姉ちゃんでいたいの。これからも、これまでと同じように」
「何、それ?」
オレはさっきと同じ言葉を繰り返す。
「何って、そのままだよ。私はこれからもずっと、奏多くんを助けるお姉ちゃんだよ」
「……」
「……さぁ、食べるもの探すんだったね!あっちからいい匂いがするよ」
優花さんがオレの手を引こうとする。
だが、今度はオレが動かない。
「ちょっと、待ってよ」
「なーーに?」
わざとらしく明るい声で優花さんが尋ねる。
「ちょっと待ってよ。オレはいつまでも小さな子どもじゃない」
「子ども扱いしたのが、嫌だったかな?」
「そうじゃない!」
オレは少し語気を強めた。
「……どうしたの、奏多くん?」
「オレは、進みたいんだ。前に……進みたい」
「ん?」
「優花さんと前に進みたい。お姉さんと弟みたいな関係じゃなくて……」
「……」
今度は優花さんが沈黙する。
「ねぇ、オレと前に進んでくれない?」
優花さんは、もうしばらく沈黙を続ける。
賑やかなはずの祭り会場の音も声も入ってこない。
やがて、優花さんは重い口を開いた。
「……私は、このままでいたいの……1週間、奏多くんと思い出話に花を咲かせて楽しかった……どれだけ奏多くんを見て来たか、やっと伝えられて嬉しかった……」
優花さんは優しく微笑みかける。
「オレは今の関係のままは……嫌だ」
「困ったなぁ……今のままでいたら、壊れること……ないでしょ?……これからもずっと、奏多くんを近くで見ていられる……それだけで私は幸せだよ……あは、またおばちゃんみたいなこと言っちゃった」
「それ……逃げてるだけじゃない?」
「え?」
「そりゃ、うまくいかなかったら、壊れるかもしれない。でも、オレは絶対に壊さない。だから、逃げないでほしい……」
「もう……そこまでにしよ?」
優花さんは続ける。
「今日はおいしいもの食べて、最後の総踊り見て、二人の楽しい思い出を増やして……帰ろう?」
「嫌だ」
オレは、もう一度言う。
「オレは、嫌だ。ただの思い出を作りたいわけじゃない」
「そんなこと言わないの。困ったなぁ」
「オレ、帰る」
「え……まだ、何も食べてないし、縁日、楽しんでもいないし……」
「それでもいい……帰る」
今度はオレから手をほどく。
優花さんは、もう何も言えず、その場に立ち尽くしている。
何度ループしても、一度きりしかない秋祭り。
本当は優花さんとオレにとって特別な思い出にしたかった。
でも、ただ思い出を増やしたいわけじゃない。
優花さんと前に進みたい。
「……ねぇ、奏多くん。今のままでずっと居よっ」
振り絞るように、優花さんが言う。
オレは……優花さんの思いを……受け入れ……ない。
受け入れるわけにはいかない。
オレは、優花さんを置き去りにして、会場を後にした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
33話まで毎日夜9時に投稿します。引き続き、お読みいただければ嬉しいです。
ブックマーク、リアクション、評価、感想等、とても励みになります。いただけたら有難いです。




