第30話 秋祭り(前編)
次の周。
『月曜日のおはよう』から順に、優花さんとの会話を重ねて親愛度を上げていく。
火曜日、秋祭りの会話は少し緊張した。
「そー言えば、夏祭りっていつの間にかなくなったよね?」
「今もあるよ?」
「そうなの?」
「うん、あるよ。でも、今は9月になって、名前も秋祭りに変わったよ」
「そうなんだね。今月なんだね」
「うん、しかも今週末だよ」
「そうなんだね。久しぶりに行ってみようかな」
「お、いいね。私は高校生までは毎年行ってたよ。去年はバイトで行けなかったけど」
「良かったら、優花お姉ちゃんと一緒に行きたいな……なんてね」
「あ、さっきは子ども扱い嫌がったクセに!」
優花さんはくすくすと笑ったあと、笑顔のまま答える。
「いいよ、その日バイト入ってないし」
「いいの?やったー!」
「喜び方が子どもなのよ」
優花さんはくすくすと笑った。
オレは無事に秋祭りの約束を取り付けることができてホッとした。
水曜日以降も優花さんとの夜の公園タイムを楽しみ、親愛度はいつも通り『50』まで上がっている。
金曜日の夜、
「じゃあ、明日、4時50分にエントランス集合ね」
「うん、奏多くんとのデート楽しみだな」
「ほんとにデートって思ってくれてるの?」
「そりゃあ、もちろん。だって、年頃の男の子とお祭りに行くんだから、立派なデートだよ。お姉さん、気合い入れなきゃ」
「なーーんか、言い方が引っかかるんだよなぁ。まぁ、一緒にお祭りいけるからいいか」
「そうそう、細かいことは気にしないの。明日はお姉さんがついてるから大丈夫よ」
「ちぇっ、また子ども扱いして」
優花さんはまたくすくすと小さく笑う。
――――――――――
土曜日を迎え、オレは夏祭りの時に買った甚平を着て、マンションのエントランスへ向かう。
そこには浴衣姿の優花さんが待っていた。
浴衣の生地は紺色で、上品で存在感のある牡丹の花が描かれている。
髪は後ろで纏められ、美しいうなじが見える。
花柄の髪飾りに、花とパールのイヤリングも身につけている。
そして、何より目を引くのがいつもと違うメイクだ。
アイラインを引いて強調された目元、ほんのり赤みのあるチーク、艶やかな唇。
「き、きれい」
その言葉しか出なかった。
「お、奏多くん、甚平姿かっこいいね!身長高いからさまになるねー」
「いやいや、オレは甚平着てるだけだけど、優花さんは、髪もイヤリングもメイクも……その、とても素敵です」
言葉を探して、今度は「素敵」としか言えなかった。
「うふふ。お姉さん、本気出しちゃった!」
「めちゃきれい!ほんときれいで素敵」
「奏多くん、褒め過ぎだよぉ。オープニング、始まっちゃうから会場に行こう!」
優花さんと並んで、祭り会場へ向かった。
並んで歩くといい香りがした。
本当に美しくて、ドキドキしながら祭り会場へ向かった。
10分ほど歩くと会場に着いた。
メイン広場では、中学生によるオープニングの演奏が始まろうとしている。
オレと優花さん、そしてひかりの母校の吹奏楽部だ。
並べられたパイプ椅子に並んで座る。
入り口でもらったうちわで仰ぐ。9月後半とはいえ、まだ暑い。
まもなく、吹奏楽部の演奏が始まった。
演奏の合間、優花さんが声を掛けて来る。
「ね、昔のままでしょ?」
「うん、ほんと変わらないね」
吹奏楽部の演奏の次は、近所の幼稚園児の踊りがあり、その後、地元商店街の有志による太鼓演舞が披露された。
催し物はまだ続くが、会場に来て一時間が経過しており、お腹も空いてきたので、商店街に出されている露店に向かうことにした。
辺りは暗くなり始め、人の波が少し濃くなってきた。
提灯の明かりが揺れて、屋台の呼び声が重なる。
夏祭りとは違う、どこか落ち着いた空気が広がっている。
「迷子にならないようにね」
そう言って、優花さんが手を引いてきた。
温かく、柔らかい。
――ああ、これ。
一瞬でわかった。
『あの時』と同じ優しさだ。
迷子のオレに向けた、そのままの優しさ。
「……大丈夫だって」
そう言いながらも、振りほどくことはせず、握り返す。
そして、そのまま歩き出す。
「――あれ、優花?」
横から不意に声がかかる。
振り向いた先にいたのは、見覚えのない男だった。年齢は優花さんより少し上だろうか。
ラフな服装で、優花さんへの距離感がやけに近い。
「久しぶりじゃん。こんなとこで会うとか、運命?」
軽い調子で笑いながら、一歩踏み込んで来る。
優花さんが握る手の力が少しだけ強くなる。
「……あ、えっと……お久しぶりです」
曖昧な笑顔。
隠しきれない動揺。
否定も肯定もしない。
ただ、空気を壊さないようにするための声。
「相変わらずだなぁ。優花のその感じ。優しいよな、ほんと」
男はそう言って、さらに距離を詰めた。
「相変わらずきれいだな。ねぇ、ちょっとだけ付き合えよ、昔みたいにさーー」
その手が、優花さんに触れかけた瞬間。
「その手、離してください」
気付けば、言葉が出ていた。
男の動きが止まる。
オレは、一歩前に出ていた。
「……は?お前、誰?」
「困ってるんで」
自分でも驚くぐらい、声は落ち着いていた。
オレは、もう一度繰り返す。
「優花さん、困ってるんで」
男は一瞬だけこちらを見て、舌打ちした。
「……なんだよ、彼氏?」
「違います」
「なら、お前には関係……」
「でも、これ以上はやめてください」
男の言葉を遮って、静かに、でも芯を込めてオレは言った。
しばらくの沈黙のあと、男は肩をすくめる。
「はいはい、わかったよ。悪かったな。優花、また運命的な再会しような」
男は軽く手をあげて、そのまま人ごみに消えていった。
男の姿が見えなくなっても、優花さんはしばらく何も言わなかった。
ただ、繋いだ手だけが、少し強く握られていた。
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