第26話 琴線
次の月曜日を迎えた。
課外が再開されるため、いつものようにマンションを出る。
いつもの場所でゴミ出しをしている優花さんがいる。
「おはようございます」
いつものように挨拶をするオレ。でも、過去の出会いを断片的ではあるが、思い出したオレには、いつものと違う感情が挨拶に含まれていた。
「おはようございます!」
「あら、奏多君おはよう!奏多くんも高校生かぁ。大きくなったねー」
「そういう優花さんも、女子大生になっちゃったじゃないですか」
「うふふ、そうね。あ、遅刻しちゃったら悪いからこのくらいにしとくね。元気に学校がんばっておいで。奏多くん、いってらっしゃい」
「いってきます。優花お姉ちゃん」
オレは無意識で返し、振り返りもせず通学路を進んだ。
「えっ?」
後に残された優花さんの戸惑いに、オレは気付かなかった。
――――――――――
22時過ぎ、いつものエントランス。
「優花さん、こんばんは」
「奏多くん、今朝ぶりね。こんばんは。こんな所で待ちぼうけ?」
いつもと同じやり取りだ。
「……うん、優花さんを待ってた」
だが、ここから違った。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。私も奏多くんと話したいことがあるの」
「えっ?」
オレは驚き、優花さんを見る。
『11』
これまで何回話しても現れなかった数字がそこにはあった。
「あら、どうしたの?私が話したいなんて、意外だった?」
「う、うん。まぁ」
オレは頭の中が整理できないでいる。
優花さんは、話し続ける。
「今朝の別れ際、奏多くん『優花お姉ちゃん』って、言ったでしょ?」
「え?言ったかな?」
「言ったよ!奏多くん、言った」
優花さんにしては珍しく、少しムキになる。
「な、なら、言ったんだと思う」
「私はね、嬉しかったの。奏多くんが覚えていてくれたんだって」
優花さんは本当に嬉しそうに笑顔で話す。
「奏多くん、時間あるなら近くの公園行かない?ここで立ち話もなんだし」
新しい会話、新しい展開。
「うん、もちろんいいよ、マンション裏の公園でいいかな?」
「うん。行こ行こ!」
優花さんはなんだか楽しそうだ。
―――――――――
マンションの裏にある小さな公園。すべり台とブランコとベンチが一つずつある。
ベンチに二人で座る。
ベンチの前にある灯りには虫が集まって飛び回っている。
「夜だと少しは涼しいね」
「それでも暑いけどね」
「うん、まだ8月だものね」
「そうだね」
オレは、優花さんの言葉を待つ。
「ねぇ、奏多くん。奏多くんはどこまで覚えてる?私たちが出会った日のこと」
「覚えてるっていうか……思い出したんだ」
「思い出した?」
「そう、思い出した……先週夏祭りに行って。その時、迷子の子がいて……『大丈夫だよ』って声をかけた瞬間、ああ、そう言えば……って感じに」
「そうなんだ。どこまで思い出したの?」
「このマンションに引っ越して来て初めての夏祭りでオレは家族とはぐれて、迷子になって……泣いてた」
「うん」
「そしたら、優花さんがオレを見つけてくれて、手を握って、『お姉ちゃんがついてるから、大丈夫だよ』って言ってくれた。とても心強かった」
「そっかそっか」
「あの時は、ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
「やっとお礼を言えた」
オレは、少し照れ笑いをする。
「あの時ね、ほんとは私も泣きたいぐらいだったの」
優花さんは遠くを見ながら、語り始める。
「近所のお祭りで、泣いてる男の子を見つけた。その子の顔には見覚えがあった。同じマンションに引っ越してきたばかりの男の子だって、すぐに気づいた」
優花さんは続ける
「私は、何も考えず、その子の手を握った。すぐ大人を呼びに行けば良かったのに、そんなこと思いつかず、『大丈夫だよ』って励ますしかなかった。でも、奏多くんの親もなかなか見つからなくて、私まで泣きそうになってた……奏多くんに『大丈夫だよ』って言いながら、自分自身も励ましてた」
「そうだったんだ……」
「そんなことがあってから、奏多くんのことが気になるようになって……あの子大丈夫かな?また、迷子にならないかな?って目で追うようになって。マンションですれ違う時、『おはよう』って言ってみたら、奏多くん、『おはようございます』って丁寧に返してくれて……うふふ、同じ小学生同士なのに、敬語を使ってくれて。この子、礼儀正しいなって思った」
「あはは、その時の名残なのかな。今も『おはようございます』って言っちゃうのは」
「奏多くんの『おはようございます』も、成長したなぁ。今朝の『おはようございます』を聞いて、お姉ちゃんは感動しちゃって、『もう高校生かぁ』って、頭に浮かんだことをそのまま言っちゃった」
今朝だけじゃない。本当は、何回も何十回も、『月曜日のおはよう』を繰り返してる。でも、その事実を優花さんは覚えていない。
「優花さん、なんか近所のおばちゃんみたい」
「あ、こら!おばちゃんって言ったな」
優花さんは、笑いながら拳を振り上げた。
その後もしばらく二人は思い出話に花を咲かせた。
別れ際、親愛度は『35』に上がっていた。
優花さんは、帰り際までどこか嬉しそうだった。
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