第20話 納得できない選択
カランカラン。
『ドゥ・アメール』の扉を開け、彩芽と二人で店に入る。
いつもと同じように落ち着いたジャズが流れていた。
お客さんは数組いるが、いつも凛と座る一番奥の席は空いている。
オレたちはそこに向かい、向かい合って座った。
彩芽は、落ち着かない様子できょろきょろと店内を見回す。
「ちょっと、このお店静か過ぎない?」
小声でそう言う。
「この店でいいんだよ。うちの学校の生徒来ないし、ここならゆっくり話せる。オレたちの隠れ家だから」
「……オレたち?」
「まぁ、それは追い追い……とりあえず、あやちゃんが聞きたいこと聞いて」
「あ、うん。昨日、記憶が戻って。今朝もちゃんと覚えてて、かなたんとの会話も前に進んだ」
「うん」
「それは、どうして?」
「それは、彩芽ちゃんのオレへの『親愛度』が100になったから」
「親愛度?」
「オレにだけ見える数字がある」
「数字?」
「オレに対する好感度みたいなやつ……オレにだけ見えてる」
「は?」
彩芽は眉をひそめる。
「ゲームみたいな話、してない?」
「してる。でも事実なんだ」
少し間を置く。
「その数字が、一定まで上がると……記憶が戻る」
彩芽は黙る。
テーブルに落としていた視線を上げると、恐る恐る聞いてきた。
「今も見えてるの?」
「見えてるよ。あやちゃんの頭上で『100』って数字が虹色に輝いてるよ」
「きゃー、やめてよそれ!」
頬を染めて、顔を逸らす。
「それ、恥ず過ぎる!ずっとかなたんに、好きですって言ってるようなものじゃん」
「……まぁ、そうなるね」
「うわ……無理」
そう言いながらも、少しだけ笑う。
そのあと、彩芽は少し考えてはっとした表情をする。
「かなたん?『攻略対象の女性』って、つまりは……何人かいるの?」
「いる」
「え?何人?」
「5人」
「ご、5人も!?」
「今発見してるのは、たぶん4人だけど」
「……あたしより、先に攻略した子は……いるの?」
彩芽が戸惑いがちに質問したその瞬間。
隣の席でパーカーのフードをかぶっていた女性が、声を発した。
「……普通は、そう思うよ、ね」
突然の言葉に彩芽は振り向く。
「私の出番が来た、ね」
女性はそう言うと、かぶっていたフードを外す。
「り、凛ちゃん!?」
「彩芽ちゃん、久しぶり、だね」
「えー!てことは……一人目のカノジョは凛ちゃんってこと?」
「そういうことに、なる、ね」
「は?」
間が空く。
「え、ちょっと待って」
「待って待って待って」
「整理させて」
両手で頭を抱える。
「凛ちゃんが一人目で……あたしが二人目?」
「……うん」
「え、じゃあ、彼女が二人いるってこと?」
「……そうだね」
「……無理なんですけど」
低く、はっきりと言う。
「普通に無理なんですけど」
「だよね……でも、今の状況がそれなんだ」
「いやいやいや、ちょ、ちょっとあり得ないんですけど!」
「ま、まぁ、そうなるよね」
彩芽は言葉を失う。
その横で、コーヒーを一口飲んだ後、凛が静かに口を開く。
「普通じゃないよ、ね。でも、時間がない」
「時間?」
彩芽が顔を上げる。
「このままだと、終わる……全部なかったことになる、よ」
「どういうこと?」
「来年の3月31日までに終わらせないと……この世界は無かったことになる、から」
「はぁ?……なに、それ」
「簡単に受け入れられない気持ち、わかる、よ。私もそうだった、から。でも……奏多との出会いが無かったことになるのは……嫌」
「なに、その究極の選択……全然納得行かないんだけど!」
「あやちゃん、ちょ、ちょっと落ち着こうか」
「落ち着けるかーー!」
「でも、状況はわかった……納得は行かない……そんなの選べるわけないじゃん」
少しだけ声が震える。
「……無くなるの、嫌だな……やっと見つけた、あたしの……居場所」
その言葉に、少し間が空く。
オレは深く息を吸う。
「……一人じゃ、無理なんだ」
二人を見る。
「この世界が無かったことにならないように……力を貸してほしい」
「……」
「ちゃんと大事にする」
言葉を選びながら続ける。
「凛のことも、あやちゃんのことも……二人とも本気で大切にしたい」
少しの沈黙。
先に口を開いたのは凛だった。
「……奏多を信じる、よ」
小さく、でもはっきりと。
彩芽は視線を逸らして、
「……はぁ」
大きく息を吐く。
「ほんとめちゃくちゃだなぁ」
「納得できない」
「……でも」
オレの方をまっすぐ向いて言う。
「かなたんと過ごした時間が全部消えるのはもっと嫌だよ……だから、付き合ってあげる」
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